29話 二日目が終わる

 老夫婦の諍いを鎮めた後、ほかにも何人か冒険者をあたってみたが、成果は芳しくなかった。

 時間も時間ということで、ロディとナディアは酒場で円形のテーブルを囲み、話し合いながら夕飯を食べていた。


「やっぱり、良さそうな人はもう他のパーティに加入してるようだね」


「どうしたもんかな……」


 はっきり言ってしまえば、他のパーティのメンバーになるのは簡単だ。ロディはこの酒場の中で一度自身の実力を証明しており、実際に仲間探しの最中に何組かから誘いが来た。

 それ自体はありがたい話なのだが、もし加入したとして、問題はその後だ。


「ロディくんの目的は二つ。一つは強くこと。もう一つは元居た世界に帰ること――だったよね?」


「ああ。その通りだ」


 抜けるために仲間になる者など、誰が歓迎するものか。今、ロディに声をかけている者たちは、ロディの強さを求めているのだ。それを手放したいなどと望むはずもない。

 仲間の中に不和を呼びこむことは、結果として不利益に繋がりかねない。故に、自分からメンバーを集めようとした。


「ナディア、君は本当にいいのか? 俺は、いつか居なくなるかもしれないんだぞ」


 ロディの目的は元居た世界に残してきた姫を救うことであり、最後までナディアと冒険を続けることは、きっとできない。

 だが、ナディアはくすりと笑い、座っている椅子(おそらく子供用)を軋ませて、背を伸ばし、胸を張る。


「もちろんだとも。言っただろう? 君の助けになりたいんだよ、ボクは」


「……ありがとな」


 ――本当は一分一秒ですら惜しいのだ。だが、逸る気持ちを抑え、冷静に立ち回らねばならない。

 あの猫耳の女にとって、姫に価値がない場合、守り手がいなくなった彼女は即座に殺されただろう。

 アランたちの様子から察するに、目覚めた時点でこの世界に来てから数時間は経過していた。つまり、初めから焦るだけ無駄なのだ。


 それでも、救う方法はあるはずだ。亡骸が残っていて、往復する手段があれば、ウルリカが蘇生できる。時間を戻す魔法があるかもしれない。そもそも、死んでいない可能性もある。

 方法は、あるはずなのだ。

 だからこそ、まずは帰る方法を探さねばならない。そのためにも、今は仲間を集め、人脈を増やし、そして強くなる。


(この選択は、正しいはずだ。どれだけ時間をかけようとも、必ず――)


「もしもーし、ロディくーん? 難しい顔をしているけど、食べないのかい?」


「ん――あぁ、食べるよ」


 テーブルに並ぶのは、ケチャップで可愛らしい絵が描かれたオムレツ、甘辛いソースをかけた蒸した鶏肉、キノコと葉野菜のサラダだ。

 だが、試しにサラダをフォークで突いてみれば、先端に刺さったキノコは、ロディが今まで一度も見たことのない、異世界のそれだ。

 クリーム色のそのキノコは、ロディが知るそれとは違い、カサや柄といった部分が存在しない。名をカラダダケというらしい。

 他にも、サラダを彩る緑や赤の細長い葉野菜は、フォマニー。生育環境で葉の色を変えるらしい。

 そしてオムレツに使われている卵や蒸した鶏肉は、ろくろ鳥という名前だそうだ。

 オムレツにケチャップで描かれた、首が長く、胴が太い鳥は、そのろくろ鳥の姿だとウェイトレスが語っていた。


 初めて食べるものにはどうしても少し躊躇してしまうが、意を決して口に入れれば、感じるのは見知った味だ。

 多少見た目や味に違いはあれど、やはりキノコはキノコで、肉は肉だ。


「うん。美味いな」


「だよね、だよね! こうやって色んな種類のおいしい料理を食べると、都会に来てよかったと思うよ!」


 自分たちが金欠だということを理解しているのか、いないのか。ナディアはこのままお代わりでも要求しそうな様子だ。

 だが、楽しそうに料理を口にするナディアを止める気にはなれず、ならばせめて自分も食事を楽しんでやろうと、負けじとロディも料理を頬張った。


◇◆◇


「いい人、見つからなかったねー」


「そうだなぁ」


 二人はギルドを出て、帰りの夜道を歩いていた。時間も遅いので今日は帰って休むことになり、ナディアを宿まで送っていくことにしたのだ。


「結局、明日はボク一人かぁ」


 手伝いたい気持ちは山々だが、アランとの約束がある。


「すまん。今日中にアランに会えれば良かったんだが」


 と口に出した、ちょうどその時、


「お? よぉ、ロディ。どうした? こんなとこで」


「アラン!」


 道の曲がり角から出てきたアランとバッタリ出くわした。

 森に倒れていたところを見つけてくれた時といい、真竜との戦いのときといい、酒場での決闘の時といい、相変わらずのタイミングの良さだ。


「こんばんは。ロディさん。そちらの方は?」


 ウルリカとリーリアも一緒だ。リーリアは黙ってアランの一歩後ろ、ウルリカはその逆で前に進み出てくる。


「こんばんは、ウルリカ、リーリア。彼女はナディア。俺と同じ日に冒険者になった人だ。――ナディア、この人達が朝話した、俺を助けてくれた人達だ」


「は、初めまして! ボクはナディア。見ての通りのハーフリングで、ロディくんの仲間です」


 若干緊張しながらも、ナディアは元気よく応える。


「あら、ロディさんの……。お初にお目にかかりますわ。わたくしはウルリカ。こちらの赤髪がアラン、あちらのエルフがリーリアですわ」


「……初めまして」 「よろしくなー」


◇◆◇


 二人で依頼を請けたこと、仲間探しをしたことなど、今日あったことをアランたちに一通り話した。


「にしてもよぉ、やるじゃねぇかよ。ロディくん。一日で女の子をスカウトしちまうとは、硬派なフリして、なかなか隅に置けないねぇ」


 ロディの肩に手を置き、愉快そうに笑うのはアランだ。


「あんまりからかうなよ、アラン」


「昨日のあの子といい、その子といい……、もしかして、ロディ、そういう趣味?」


 と半目を開け、ロディを訝しげに見つめるのはリーリア。

 あの子とはミーコのことだろう。


「だから違うって」


 本人がいる前でそういうことを言うのは、なかなか失礼ではなかろうか。


「でも、出会ってすぐの相手にお金を貸すのは……詐欺とか、気を付けた方がいいと思いますわよ? ロディさん」


 そう本気で心配そうに語るのはウルリカだ。


「それは……はい、気を付けます……」


 ロディなりの考えがあったにせよ、事実は事実だ。本気で心配そうにされている分、忠告が心に来る。


「仲間にしてくれたのも、信頼してくれてたのも、ボクは嬉しかったよ。うん」


 とフォロー(?)を入れるのはナディア。


「ならよかったよ」


 本気で照れ臭そうにされると、こちらも少しむずがゆい。


「そんで――明日の話だったか? 仲間が出来たんならむしろ丁度いい。明日は、お前に金稼ぎと腕試しでもさせようと思ってな」


「そうなんですか? 良かったぁ」


 やはり一人で依頼を請けることには、まだ不安があったのだろう。ひとまず明日も二人で行動できると知り、ナディアは安心したように息をつく。


「金稼ぎに腕試し? ……また決闘とか、剣闘か?」


 そう言われて思いだすのは昨夜の決闘のことだ。


「いや、違うぜ。明日お前たちにやってもらうのは、ダンジョン攻略だ」

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