28話 仲間探し

◆◇◆


 『バージル傭兵団』の野営地、その一角にある天幕の中で、俺は怪我の治療を受けていた。


「また無茶したの? バカなの?」


 そう言いながら俺の腕に包帯を巻いていくのは、同い年の女の子だ。束ねられた群青色の髪を揺らし、その菫色の瞳がもの言いたげにこちらを見つめている。

 彼女の名前はエリィ。

 この傭兵団の前団長の娘だとかで、炊事や怪我人の治療を担っている。

 戦場に出ることはないが、親が傭兵で、エリィ自身も一応傭兵団に身を置いているため、バルドなど前団長と親しかった者たちから護身術を習っているようだ。


(まぁ、模擬戦でコイツに負けたこと無いけど)


「無茶なんてしてない。致命傷は全部避けてる。この傷だって、大したものじゃないだろ」


 エリィは呆れたように大きくため息をついた。


「やっぱりあなた、バカでしょ。いい? どんなに浅い傷でも、そこから病気になるかもしれないの。それにバルドが、また危なっかしい戦い方してたって言ってた」


 バルドといいエリィといい、こちらを心配しているのかもしれないが、一々小うるさく口を挟まれるのは鬱陶しい。


「……じゃあ、どうしろと? 傷一つ負うなとでも言いたいのかよ」


「そう」


 エリィは俺から目をそらさずに、はっきりと告げた。その目は冗談ではなく、本気でそう言っているように見える。


「はぁ? そんなの、できるわけ――」


「さっき、『致命傷は避けてる』って言ってたでしょ。じゃあ、今よりもっと避けなさい」


 つまり、彼女が言いたいのはもっと慎重に戦えということか。


「ダメだ。それじゃあ、敵を倒せない」


 そう、ダメだ。多少危険でも前に出て、敵を一人でも多く殺さなければ。


「もっと多く手柄を上げて、俺の名前を広めなきゃいけないんだ」


「その途中で死んだら意味ないじゃない。見てられないから、やめてって言ってるの」


「けど……俺は、少しでも早く――」


 言い終わる前にテントの入り口に影ができ、俺は口を噤んだ。それと同時に、入り口から大男が中に入ってくる。


「オイオイ、また喧嘩してるのかよ、ガキども」


 バルドだ。彼はいつもの様にこちらを小ばかにした様な笑みを浮かべながら、両腕を伸ばして俺とエリィの肩を抱いて引き寄せる。三人の顔が一気に近くなり、俺とエリィが同時に顔をしかめた。


「何の用だ」 「暑苦しい」


 俺もエリィも抵抗しないのは、どうせ逃げても意味がないことを理解しているからだ。単純に身体能力は彼のほうが勝っている。


「お前らと年の近いやつらなんて、うちの傭兵団には居ないんだからよぉ、仲良くしろってんだ」


「うぜぇ」 「余計なお世話」


 バルドの言う通り、この傭兵団には俺たち二人以外で言えば若くても十六歳くらいの団員しかいない。

 バルドや現団長のバージル以外の団員に、よく思われていないのも知っている。だが、


「「なんでコイツと仲良くしなきゃいけないんだ」」


 俺とエリィの声が重なり、睨み合って火花を散らす。

 バルドはそんな俺たちを尻目に、


「素直じゃないねぇ」


 そう呟いた。


◆◇◆


 何故そんなことを思い出したかと言えば――、


「少し酷くはないかね!? 仲間になろうと語り合った直後に、明日は他の人と用事があるから、一人で頑張ってねって言うのはさぁ!」


 ――ナディアがお冠だからだ。


 武具店でナディアの防具を買った後、ロディとナディアはパールザールの街を二人で見て回っていた。

 そんな最中、明日はどうするか、という話をナディアが切り出したのだが、既にリーリアから明日は予定を空けておくように言われていたのだ。


「よし、ナディア。あそこの串焼きで手を打とう」


 街道の屋台でおじさんが肉を焼いており、香ばしい香りが少し離れた位置にいるロディにまで届いていた。売られているのは焼いた肉を木串に刺した料理だ。

 ナディアはそちらを見て一瞬目を輝かせるが、コホンと咳払いをして、


「ボクを食べ物さえあれば何でも許すような、安い女だと思ってないかね? キミ」


「うっ、すまん」


 ナディアは腕を組み、しばらく拗ねたようにそっぽを向いていたが、小さく息を吐いてからロディの顔を見上げる。


「まぁ、本当はそこまで怒っている訳じゃないよ。仕方ないことだしね。でも、明日はどうしようかなぁ」


 アランたちと連絡が取れれば一番なのだが、今日は出かけているようだし、それも不可能だ。


「今は金が少しでも必要だよな。何か簡単な依頼を受けるとか、どうだ?」


 今日の稼ぎは宿代と食事代だけで赤字なのだ。


「薬草採取は比較的簡単な仕事なんだ。それでもボク一人じゃ難しいし、討伐依頼は論外だし……ペット探しの依頼とかあればなぁ」


「ペット探しって、ホントに何でも屋みたいだな……。一人が厳しいなら、仲間を増やすのはどうだ? いつまでも二人じゃ厳しいだろうし、今か後かの違いだろ?」


「ふむ。パーティメンバーを募るわけか。アリだね。じゃあ、一度ギルドに戻ろうか」


◇◆◇


「――そこで俺は突進してきたマンティコアを組み伏せて、首元に刃を突き立ててこう言ったわけさ! 『お前なんかより、下水道の巨大鼠ジャイアント・ラットの方が手ごわいぜ』ってな!」


「へ、へぇー、ソウナノカー」


 ロディとナディアは仲間探しの為に、酒場で冒険者から話を聞いていた。相手の人となりと、この世界の冒険者がどんな生活を送っているのかを知りたいからだ。

 今話している彼はロディが昨夜決闘したときに、ロディに銅貨十枚を賭けていた男だ。ちなみに階級はD級らしい。


「それでそれで? その後どうなったんだい!?」


 ナディアは男の話に興味津々のようで、話に聞き入っている。だが、


(コイツ法螺吹いてるな。時間の無駄か)


 おそらく別の誰かから聞いた話を若干アレンジして話している。この男に、そんな化け物を倒せるような実力があるようには見えない。


「え、えーっと、その後な。その後は――」


「オハナシアリガトウゴザイマシター。サヨウナラー。よし行こうナディア」


「え? 待って待って、ロディくん! まだお話聞きたいのにー」


◇◆◇


「――そう、我々は神によって生かされているのです。蘇りとは即ち祝福、神にとって、あなたが救うに値する魂だという証なのです。そのことを努々忘れることの無いように」


 と語るのは背の高い男だ。彼は『ローレアン教』という、この世界で最も信仰されている宗教の神父らしい。彼は以前、ヴァイスとの決闘の後でロディの傷を魔法で癒してくれた。


(回復魔法が使えるのは良いんだが、信仰心が高すぎるのはなぁ)


 ファンタジーの存在を知った今、神を否定する気は起きないが、戦争屋をやっていた自分が宗教家と相性がいいとは思えない。


「ありがとうございました。それでは」


◇◆◇


「いま、なんと仰いましたかな? 近頃耳が遠くてのう」


「私たちの馴れ初めを聞きたいそうですよ、爺さんや」


 次に話を聞いたのは平人ヒラビトの老夫婦だ。銀のプレートを見る限り二人ともC級かB級だろう。

 仲間にしたいかはともかくとして、なぜそんな年になっても冒険者を続けているのか興味があった。


「いや、そうじゃなくて――」


「馴れ初めか。そう、あれは七十年前のある日、わしは精霊が出ると噂の泉に立ち寄ったんじゃ。じゃが、そこに居ったのは精霊などではなく――山姥じゃった」


「泉の底に沈めて差し上げましょうか、クソジジイ」


「恐ろしいのぉ。流石は山姥、これほど凶暴な魔物は退治せねばなるまいて」


 お爺さんは槍を、お婆さんは杖を持って席を立つ。このままでは決闘でも始めそうな雰囲気だ。


(年寄りも喧嘩っ早いのかよ! この世界!)


「わわ、お爺さんもお婆さんも落ち着いておくれー」


 何とかその場を宥め、老夫婦の戦いを阻止することに苦心することになった。

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