27話 一人目

「商談と行こうか。何が欲しい?」


 武具店『紅と蒼の炎炉』にて、ロディとナディアは武具の調達に来ていた。


「彼女の防具だ。斥候をするから、あまり音が出なくて目立たないものがいい」


 ロディにも兜や盾など必要なものはあるが、まずはナディアからだ。

 彼女は懐から硬貨の詰まった袋を取り出して、


「予算は銀貨で四十枚。冒険者になるために貯金してたんだ。……貯まりきる前に出てきちゃったけど」


「ふん、となると皮鎧か布鎧だな。もう少し金があれば、アレも売れたんだが」


「アレって何だい?」


 ドワーフ鍛冶師が飾られた鎧のうちの一つを指し示す。そこにあったのは金属の輪が編まれた薄い鎧、鎖帷子だ。

 普通の鎖帷子と違うのは、それが平人ヒラビトでいえば子供サイズくらいの大きさしかないこと、そして魔力がわずかに漏れ出ていることだ。


「《消音》の魔法が付与された鎖帷子だ。小せえから平人には売れねえし、隠密役をやるドワーフは多くねえからな。さっさと売っ払いたかったんだが」


 《消音》とは音を消す魔法だろうか。音がしないなら一番の懸念が払拭される。隠密の際も服の下に仕込めばあまり目立たないだろう。


「なるほど。良さそうだな。値段は?」


「銀貨七十。いや、六十で売ってやる。それ以上はまけん」


「うーん、買えないなぁ。これ以上出せば、明日から宿無し生活だよ」


 食費が一食銅貨六枚、一泊食事なしで銀貨一枚、魔法の鎖帷子が銀貨七十枚。

 そして、半日ほどかけた薬草採取の報酬が銀貨二枚と銅貨少し。


(この鎧、安いよな?)


 この世界の物価はロディが元居た世界とは大幅に異なりそうだ。生物が蘇る世界なのだ。そもそも比べようもないのだろうが。

 食費が安いのは理解できる。野生の動植物や家畜、栽培した野菜が生き返るならば食糧問題など無いも同然だろう。さして裕福そうに見えないナディアが大食いなのも頷ける。

 多少危険な依頼の報酬が二日生活できるかできないか、といった価格なのも分かる。傷を治すために自害するほど命が安いのだから当然だ。

 

「ご主人、この鎧に魔法がかかっていなければ、いくらになる?」


「銀貨二十枚ってとこだな」


 つまり、魔法の付加価値は銀貨四十枚。


「これ以外に魔法の武具は無いか?」


「ここに置いてあるのは大半が俺の作った武具だ。魔法の武具なんて、せいぜい後数個しかねえ。ハーフリングが使えるのはあの鎖帷子だけだろうな」


(さて、どうすべきか。壊れた盾や兜の変わりが欲しかったが)


 やはり魔法の武具は希少らしい。もしここで逃せば、同じものが見つかる保証はない。


「……なぁ、ご主人、少し彼女と二人で相談させてくれないか」


◇◆◇


「どうしたんだい? 相談なんて」


 ナディアは不思議そうにロディの顔を見上げている。


「なぁ、ナディア。俺に雇われてみる気はないか」


「え?」


(気にしなくていいと言われたんだ。好きに使おう)


 ロディは今朝がたリーリアから渡された、硬貨の入った袋を取り出してナディアに見せる。


「あの鎧の足りない分を俺が出す。だから、明日からも俺と来てくれ」


 ナディアは尚も不思議そうにしている。落ち着かなげに髪をいじりながら、


「え、えっと、なぜだい? お金で雇うなら、ボク以外にも人はいるだろう? それに、ボクが持ち逃げしたら、とか、考えないのかい?」


 理由を問われれば、少し言葉に詰まってしまう。ナディアの斥候としての能力は高い。だが、それはロディでも問題はないのだ。

 隠れているゴブリンを見つけたのもロディが先だった。ナディア自身の隠密能力は高いが、それだけだ。

 将来性はあるかもしれないが、この世界において強いかと問われればそうでもないだろう。

 付き合いも、たった一日かそこらしかない。


 つまり、理屈ではないのだ。


「君と、一緒に行きたいと思った。君なら、信じられると思った。……それじゃあ、ダメか?」


「…………」


「あー、えーっと、ナディア?」


(やっぱり、唐突すぎたか)


「すまない。忘れて――」


「ふふっ」


「え?」


 ナディアは堪えきれなかった、といった様子で笑い出し、


「あはは、ね、ねぇ、ロディくん。そもそも、何でボクがあの鎧を買うことになってるの?」


 勝手に話を進めていたが、確かにナディアがあの鎖帷子を買いたい、とは言っていないのだ。


「あー、いや、あれを買えば戦いのときも安心だし、隠れる時も邪魔にならないし、だから、その――」


「ふふっ、ごめんごめん。さすがに今のは冗句だよ、ジョーク」


 ナディアは背伸びしてロディの胸当てをコンと叩き、


「こういう時はね、ロディくん。雇わせてくれじゃなくて、仲間になれ、でいいんだよ」


「な、かま……」


 今更、仲間など欲していいのだろうか。孤児院の仲間も、傭兵団の仲間も、騎士団の仲間も、主や国でさえも、ロディと関わったものは皆、不幸にしてきたのに。


「俺は、疫病神みたいなものだ。仲間になっても悪いことしかないかもしれない。君は――」


 小さく笑い、ナディアはロディの言葉を一笑に付す。


「いまさら何言ってるの? 今日一日一緒にいて、雇うとか言っておいてさ」


「それは……」


「それにね、ロディくん。ボクは今日、楽しかったよ? 確かに危ない思いはしたけど、キミと過ごすのは楽しかったんだ。キミの仲間になりたいと思うくらいに」


「…………」


「ロディくん。ボクを、キミの仲間にしてくれないかな。キミと一緒に冒険がしたい。キミが困っているなら、手助けがしたい。それとも――ボクみたいな奴が仲間じゃ、イヤかい?」


 この不思議な世界で、もう一度やり直せるなら、誰かとともに歩くことが、許されるなら――


「……嫌じゃない。嫌じゃないさ。ナディア、俺の仲間になってくれ」


 ロディの差し出した手を、ナディアの小さな手が握りこみ、二人はどちらからともなく笑いだす。


「もちろんさ。一緒に行こう」


◇◆◇


「あー、終わったか?」


「あぁ。待たせて申し訳ない」


 ドワーフの鍛冶師はその茶色い頭髪の頭をかき、


「若いっていいねェ」


「聞かれてたか……」


 この世界に来てから、恥ずかしい思いばかりしている気がする。


「まぁ、俺の店だしな。それで、アレを買うってことでいいんだな?」


「うん。お願いします」


 ナディアは一つ頷き、鎖帷子の代金を鍛冶師に渡す。


「あいよ。……オイ! 弟子二号ー!」


 ドワーフの鍛冶師が大声で叫ぶと、店の奥にある扉の向こうから、「あーい」と気のない返事がした。

 しばらく待つと戸が開き、人が進み出てくる。手入れを怠っているのか、ボサボサで赤みがかった茶髪をした平人の女性だ。

 中世的な顔立ちだが、その体形から女性だと分かった。


「なんスかー親方ー。今サボって昼寝してたんスけど」


 弟子二号と呼ばれた女性は眠たげに欠伸をしている。


「それを俺に言うとは根性据わってんな? オイ? ……客だ。採寸して合わせてやれ」


「あいあーい。じゃあ、そこのお嬢さんッスかね? ついてきて下せぇ」


 彼女はナディアに手招きをしている。

 ナディアはロディの方に振り返り、小さく手を挙げる。


「じゃあ行ってくるよ」


「おう。ここで待ってる」


 そうしてナディアと弟子二号は扉の奥に姿を消した。


(しかし……)


 随分とがさつそうな女性だった。さすがに仕事まで手を抜くとは思いたくないが、


「大丈夫かね、アレ」

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