26話 武具店にて

◆◇◆


 天幕の外、星空の下、わずかな肌寒さを感じながらも一人食事をとる。

 固いパンをちぎって口に放り込んだ。この『バージル傭兵団』に飛び入ってから、はや五ヶ月ほど時が過ぎただろうか。流石にこの味にも慣れてきた。

 飽きるを通り越して、飽きることに慣れたのだ。


「よぉガキンチョその二。食ってるかぁ?」


 ぼんやりと月を眺めていると、歩いてこちらに向かい来る影が一つ。

 背が高く、がっちりとした体つきをしたその男の名はバルド。優秀な戦士で、何かとこちらを気にかけてくるお節介な男だ。


「見ての通りだ」


「見ての通り、ひとりで寂しく飯食ってるガキンチョのところに、優しい優しいバルド様が話しに来てやったんだろぉ?」


 酒でも飲んでいたのだろう。顔が赤い。心なしか普段よりも絡み方が面倒だ。


「余計なお世話だよ。オッサン」


「つれないねぇ……。なぁ、おい、新しくした装備の調子はどうだ? オメエはまだまだチビだかんなぁ。着けてて違和感とかないか? 握りはどうだ?」


「……俺の武器や防具なんて、なんでも良いだろ。アンタには関係ない。それに、武器ならいくらでも転がってるから拾えば良い。防具なんて、殺される前に殺せばいいだけだろ」


 自分にはこの『眼』があるのだ。引き際を誤るようなヘマはしない。勝てる相手にだけ勝負を選んでいる。

 そもそも、この男は他人なのだ。心配される筋合いなどない。


「なーに言ってだ、このアホんだら」


 バルドの手が突然目の前に迫り、思わず目を閉じる。瞬間、額に痛みが走った。

 眼を開ければ、腕を組んで仁王立ちするバルドの姿があった。少しの間をおいて、額を指で弾かれたのだと気づく。


「何すんだよ、オッサン」


「クソガキがあまりにもクソガキだったもんで、デコピンをくれてやったのさ」


「だからって、暴力を振ることはねえだろ。痛ェ……クソッ」


 痛いと言わないように我慢していたが、ジンジンと後に引く痛みに耐えきれず、思わず口から言葉が漏れた。

 悔しさと恥ずかしさで顔をそらせば、バルドは陽気にガハハと笑う。


「ダチや家族からのデコピンは愛だ。覚えときなクソガキ」


「意味わかんねえ。第一、俺とアンタは友達でも家族でもないだろ」


 ――再度デコピンが放たれ、当時の俺は身悶えることになった。今思い返せば恥ずかしい、十二歳の思い出だ。


◆◇◆


「おぉ~。ね、ね、見たまえロディくん。ボクでも着られそうな鎧が置いてあるよ!」


 ロディとナディアは受付の女性に紹介された、『紅と蒼の炎炉』という武具店を訪れていた。店内には所狭しと武器や防具が並べられており、外観は広く見えた店内が狭いように感じられる。

 その中の一角に他とは明らかに大きさの違う防具が揃えられた場所があり、そこに飾られたプレートメイルを見てナディアは目を輝かせている。


 平人ばかりの街で、窮屈な思いもしていたことだろう。そんな中で、自分でも着られる鎧があったのは喜ばしいことだったのかもしれない。


(でも、あれ多分ドワーフ用の鎧だよなぁ)


 ギルドの中で髭が長い小人――ドワーフを見たのだが、彼らは短足で袖から覗く腕は筋肉質、ずんぐりとした体つきをしていた。

 対するナディア――ハーフリングは手足がすらりとした細身の体であり、彼女が見ている鎧はどちらかというとドワーフ向きの作りをしているように感じる。


「ボクもあれを着ればお揃いだよね。全身を鎧に包まれた冒険者コンビ――アリじゃないかな? どう思う!?」


 想像してみる。ナディアが鎧に身を包み、ロディと二人で草原をのっそりと練り歩いて薬草採りに赴く姿を。


(似合わねぇ――! ナシだろ!)


 だが、ナディアに向かって「その鎧はハーフリングのために作られてないし、お前筋力足りねえだろ」と言うことは避けたい。

 ナディアは楽しそうに瞳を輝かせている。その顔を曇らせたくはないからだ。


「えーっと、ナディアの職業って何なんだ? 君も冒険者ギルドで決めただろ?」


「うん? ボクの職業は《下級弓士/初級斥候スカウト》だけど、どうしたんだい?」


「斥候ってことは、動きやすい装備の方がいいんじゃないか。それに、隠密するなら音の出るプレートメイルは向かないと思うぞ」


 事実、彼女の隠密の才には目を見張るものがあった。その長所を潰すのは勿体ない。


「む、むむ、その通りだね。なら、防具じゃなくて武器を買うべきかなー」


「武器……そういえば、弓士っていう割には弓を持ってないよな? どうしたんだ?」


 ゴブリンとの戦いでは、腰に下げた短剣とその場に落ちていた石で応戦していた。


「宿に預けてきたんだよ。持ち運びにくいし……。あんなことになるなら、持っていけばよかったな」


「弓も自前のものがあるなら、やっぱり防具だな。さすがにその服で戦い続けるのは危険だ」


 ナディアが着ているのは動きやすそうな麻の服だ。防具としての効果はほぼ皆無だろう。


 そんな時、店の奥にある戸が開き、背の低い男が歩み寄ってくる。


「珍しいな。今時そんなこと考えるヤツは」


 茶色の頭髪、長く立派な口ひげ、鍛えられた手足。分厚いエプロンを着けたドワーフの男だ。


「あなたは?」


「この店の鍛冶師だ。お前、その鎧はどこで買った?」


 ロディの身に着けている板金鎧のことだ。

 なんと返答すべきか。迷い人で、騎士で、……と話せば長くなる。


「買ったわけじゃない。故郷で、然る方から貰ったものだ」


「ほぉ……魔術は付与されていなさそうだな。出来は悪くねえが、素材は大したものじゃねえ」


 魔法があり、竜鱗やミスリルなどで防具を作れる世界のそれと比較されてしまっては、王国の騎士鎧といえども型落ちだろう。


「それで、珍しいって何のことなんだ?」


 その言葉を聞いた瞬間、ドワーフの男は目を見開き、


「防具のことだ! ここに来る新人冒険者ときたら、やれカッコいい剣を寄越せだの、やれ可愛くないから鎧はいらないだの。逆に率先して鎧を買おうとするヤツは騎士に憧れただけのヒヨッコばかり! 終いには、殺される前に殺せばいい。死んでも蘇るから、鎧なんて動きの邪魔なだけときた!」


「うっ」


 ――正直なところ、耳が痛い話だ。かつてのロディに飛び火している。


「すまねえ。客に向かって当たっちまった」


 相当キていたらしい。一通り言い終わるとドワーフの鍛冶師は大きく息を吐き、ロディたちに向き直る。


「いや、気にしてないよ」


 彼は多分、真面目な性格なのだろう。ちらりと視線を店の奥の方に向ければ、やけに防護面積の少ない女性用の鎧や、派手な色の武具が見える。

 初めに見たときは、あんなもの誰が買うんだと思ったが、彼なりに冒険者の需要に応えようとした結果なのだ。――少し、いやかなりズレている気がしなくもないが。


「さて……商談に移るか。何が欲しい?」

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