25話 依頼達成

「ロディくん。ありがとう、助けてくれて」


 ナディアは、自分が斬ったゴブリンが事切れているか念入りに確かめてから、ロディに向き直った。

 彼女の衣服は返り血で汚れているが、けがを負ったわけでは無いようだ。


「……なぁ、ナディア」


「ごめんよ。次は気をつけ――」


「ナディア」


 ロディはしゃがみ込んでナディアに目線を合わせ、両肩に手を置いた。


「ロディくん……?」


「なんで、諦めたんだ?」


 避けられない死を前にした時、人は多くの場合、諦める。それは仕方がない事だと思うし、ロディにもその経験はある。

 たが、避けられる死を前に諦めることは、別だ。


「俺は、君と二人で戦っているときに、変な話だが安心してたんだ。ほんの一日二日の付き合いだが、ナディアになら背中を任せられると、思った。……君の運動能力なら、倒れた後も何か抵抗が出来たはずだ」


 ロディは自分の力量を正しく理解していると思っている。確かに、ナディアが言うようにゴブリンが十匹程度集った程度で負けはしないだろう。

 だが、彼女の援護のお陰で戦いを優位に進められたのは事実なのだ。即席のペアだとは考えられないほどに、ロディとナディアの息はあっていた。

 そんな相手とチームを組めたことに、喜びや安心感のような気持ちがあった。


 だからこそ、あの時、勝手な話だが、裏切られたように感じたのだ。

 ロディが投げた剣が槍を弾き飛ばすその瞬間まで、ナディアは眼を閉じて、死を受け入れていた。


「そう、かな。迷惑かけちゃったよね、ごめんね……」


 ナディアは俯いてしまっている。プレッシャーを与えすぎたかもしれない。


「ごめん。君を責めたい訳じゃないんだ……。だけど、一つ聞かせて欲しい」


 きっと、彼女がこうなってしまった原因は――


「君は今までに何度、死んだことがあるんだ?」


 問われたナディアは、小首をかしげ、しばし考えこんで、


「二、三十回くらい、かな?」


 ――この世界の歪さを突きつけた。


◇◆◇


「よーし、こんなものかな。おつかれさま、ロディくん」


 葉に青い線の入った薬草(マピロピ草)を集めて革袋に詰め、ナディアは立ち上がる。


「ん……もういいのか? 思ったより早く終わったな」


「うーん、そうだね」


 時は昼下がり、街に返って昼食にするには遅く、依頼完了でハイさよなら、とナディアと別れるには早い時間だ。


「じゃあさじゃあさ、いっしょに街を探検しようよ! 君もパールザールに来たのは初めてだろう?」


「いいね。あの街のどこにどんな店があるのか、知っておくべきだろうし」


 パールザールの街の中で、今ロディが知っている場所と言えば、宿と冒険者ギルドとアラン邸、そして教会といった程度だろうか。

 武器や防具の修理を頼む武具店の位置は知っておくべきだろう。病気や怪我を負ったとき、それを治療してくれる施設も知っておきたい。


「そういえば、怪我の治療って教会でいいのか?」


 帰路につきながらナディアと会話を交わす。


「うーん、確かにしてもらえるね。ほとんど教会の人しか回復魔法を使えないんだ。でも……ポーションの方が安上がりだよ。やっぱり」


「ポーションって薬だよな? 多少値が張っても、魔法の方がいいんじゃないか?」


 魔法に値をつけるということは、それだけに価値があるということだろう。

 ウルリカやアイリーン――姫が、使っている様子を見た限り、魔法には即効性があるはずだ。


「魔法の方が効果が高いのは確かだよ。でも、安価なポーションだって、軽いケガならすぐに治せるんだ」


「怪我がすぐに治るのか? もはやそれは魔法なんじゃないか?」


 値次第で非常に便利な品だろう。ポーションを一つ持っていくだけで生存率が大幅に変わりそうだ。


「実際、それに近いだろうね。ポーションには魔力を混ぜて作るんだ。高価なポーション作成には、結局教会の協力が必要だし……」


「じゃあ、大けがをしたら教会、そうじゃなければ薬で治療するんだな」


 高度な回復術は教会が独占している、ということだろう。

 そう考えたのだが、ナディアは微妙な表情を浮かべている。


「ん……? 違うのか?」


「……教会での治療にはお金がかかるんだ。庶民だと簡単には手が出せないくらいに。故に、大けがをしたら別の解決法をとるのさ」


 ナディアの様子、先ほどの会話、墓場で見た人が復活した瞬間の様子を鑑みるに――


「まさか、自殺するのか!? 怪我を治すために?」


 ロディの言葉に、ナディアはゆっくりと頷き、


「お察しの通り、だよ。死ねば神様の祝福で怪我が治るから、わざと死ぬんだ。この世界では大怪我を負うことを『死に損ね』っていうのさ。さっくりと死ねた方が楽って意味だよ」


「――――」


 ドラゴンとの戦いに敗れ、死んだときに感じた、あの魂を削られるような痛み。この世界に生きる人は、あれを何度も味わっているのだ。

 ナディアのように、死を前にして諦めてしまうほどに。


◇◆◇


「はい。おつかれさまでした。これにて依頼は達成です」


 ロディとナディアはギルドの中で報告を行っていた。薬草の品質チェックの後、依頼中に何があったのかを訊ねられ、ゴブリンの襲撃を退けたときの話を伝えた。

 ちなみに、カウンター越しにロディたちの対応をしているのは昨夜、登録の折に会ったミーコのお姉さんだ。


「こちらが報酬になります。お確かめください」


 そういって差し出された硬貨は銀貨が二枚と銅貨が六枚。ちなみに、先ほど食べたジューシーサンドは銅貨三枚だった。


「とりあえず、半々でいいかな?」


「ああ。約束通りそれでいこう」


 依頼を受けたときに報酬は山分けと決めていた。つまりロディの儲けは銀貨一枚と銅貨三枚だ。


「宿代が食事抜きで一泊銀貨一枚、朝ジューシーサンドを三つ買ったから……赤字だね」


「やっぱり、ゴブリンの武器を拾っておくべきだったかもな、すまない」


 ゴブリンが所持していた鉄の槍や剣を売れるのではないか、というナディアの提案に対して「きっと二束三文にしかならない上に、かさばるから止めておこう」と答えたのだ。


「ううん、それはキミが正しかったと思うよ。刃こぼれもひどかったし、ボクだと重くて運びにくいから、護衛も運搬もキミに任せなきゃいけなかったしね」


 もう一度依頼を請けて再度森へ赴くには微妙な時間だ。夜は強い魔物が出ると聞いた。


「依頼を一度に二つ請けるのもいいかもしれません。ゴブリンを安定して討伐できるなら、ゴブリン退治とか」


「うぐっ」


 受付の女性の言葉にナディアが小さく呻いた。最後の最後、油断して失敗したのが悔しいのかもしれない。


「ゴブリンねぇ……」


 遭遇戦ではなく、明確に退治となれば巣を襲うことになるかもしれない。その場にまともに防具を着けていないナディアを連れて行くのは気が引ける。


「なんにせよ、今日のところは一度武具店へ行ってみるべきだな。ナディア、一緒に行こう」


「もちろんだとも。お供するよ」

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