24話 ツーマンセル
構えをとったロディを見て、隠れていても意味がないと悟ったのだろう。潜んでいた者たちは草木をかき分け、ガサガサと音を立てながら前に進み出る。だが、その姿が明瞭に見える前に、
「ふむふむ。ともすれば、ボクも友人として力を貸そうじゃない――かッ」
ナディアは素早く身をかがめて、地面に落ちていた小石を拾い上げ、投げ放つ。
風を切る音が響き、その後に固いものに石がぶつかった音と甲高い悲鳴が上がる。
「……ゴブリン、だな」
汚らしい汚れの付着した薄緑色の体表、人の腰ほどの背丈、猫背な姿勢。
そして、こちらを睨め付ける薄気味の悪い黄色の瞳。
その小さな怪物――ゴブリンは、元居た世界でも見たことがある。『大進行』の後、世界中に現れた彼らは数多の集落を焼き払い、人々を襲っていった。
その姿は醜悪で行いは悪辣、個々の力こそ弱いが、彼らの手にかかった人間は少なくなかった。
「俺が前に出る。ナディア、援護を頼んだ!」
「アイアイサー。任せてよ!」
こちらの掛け声に呼応するかのように、目前の怪物たちもまた、キンキンと耳に鳴り響く嫌な奇声を上げた。
ロディに向かい走り出すものが三匹、その後ろに二匹、さらに奥に弓を持ったゴブリンが四匹。
先ほどのナディアの投石を受けた一匹は頭を押さえて倒れ伏している。そしてもう一匹、いまだ草木の奥に隠れている。
(ゴブリンの恐ろしさはその数だ。もし近辺に巣があるなら、長引けば増援が来るかもしれない)
「すぐに片をつける!」
下段に構えた片手剣を振り抜き、こん棒を振りかざすゴブリンの首を刎ねる。――残り十匹。
その場で身をひねり、突き出される石槍を避けて穂先を切り落とした。
「ギャギャ!? ギャァ――!」
槍を失ったゴブリンが叫んで飛び退くが、走りながら剣を突き出し、その胸を穿つ。
勢いを殺しながら、ゴブリンの死体を足蹴にして木に押し付け、刺さった剣を引き抜いた。
「ギャァァ!」
その隙を狙い、ナイフを持った一匹がロディに向かって跳びかかった。
「とおっ!」
間の抜けた掛け声とともに放たれた石がゴブリンの脳天をとらえ、空中で大きく体勢が崩れる。
「助かるッ!!」
横に一閃、白刃が怪物の胸元を深く切り裂き、緑色の血液が噴出した。――残り八匹。
「危ないっ!」
直後、風を切る音がひょうと響き、矢が四本ロディに向かって降り注ぐ。
「はぁっ――!」
一瞬魔眼の出力を上げて、力強く剣を振り、矢を二本を叩き落し、二本切り落とす。
後方の射手が二の矢を番える隙を埋めるためか、二匹のゴブリンが守るように間に立った。
ロディは右の一匹に向けて剣を振り下ろす。脳天が割れ、血が噴き出すが、最後を見届けず即座にロディは飛び退いた。
「ギャア!」
鉄剣が先ほどまでロディがいた場所に突き出されるが、音を立てて空を切る。
渾身の一撃を外し、隙をさらすゴブリンに反撃を試みようとする。だが、
「ギャアアァァ――!」
投石を受け、先ほどまで地面で蹲っていた一匹が勢いよく立ち上がり、自分に当てられた石を持ってロディに殴りかかった。
「くっ――」
間一髪で気づいたため、剣を引き戻して受け止めることに何とか成功した。
「お、らッ!」
石を持ったゴブリンを蹴り上げる。人間の子供ほどの体格しかないゴブリンは、そのまま体が浮き上がり、木に叩きつけられた。――残り六匹。
力強く地を踏みしめ、振り返りざまに剣を薙ぐ。
背後に迫っていたゴブリンは、鉄のショートソードを両手で握り、ロディの攻撃をガードしようとしたが、
「そらッ!」
横合いから投げられた石が刀身に命中、防御の狙いがずれ、ロディの剣を防ぐこと叶わずに討ち取られた。――残り五匹。
ロディは後方に走って木の陰に隠れる。直後、木に矢が三本突き刺さった。
地を強く蹴って飛び出し、射手のゴブリンを追い詰めようとする。
「ギャギャギャア!」
そこを見計らっていたのか、タイミングをずらして矢が一本放たれた。
ゴブリンは知恵比べに勝ってやった、とでも言うように声を上げてが笑うが、
「笑わせるな。所詮は猿知恵だ」
蹴り飛ばされて地に伏し、再び立ち上がる期を静かに待っていたゴブリンを拾い上げて盾にする。
矢が心臓を貫き、死んだふりをしていた個体は絶命した。
「お返しだ!」
手に持ったゴブリンを放り投げ、矢を番えようとするゴブリンにぶつける。
「「ギャ!?」」
飛んできた死体に二匹が巻き込まれ、地に崩れ落ちた。
「とうッ!」 「はっ!」
その間に一匹をロディが討ち取り、もう一匹を音もなく迫っていたナディアが、ナイフで背後から首を切り裂いた。
残りは、倒れ伏す二匹と――
「そこだッ!」
この戦闘をずっと隠れて見守り、分が悪くなったと見るや逃走を試みたゴブリンに向けて、ナディアは持っていたナイフを投擲する。直後に悲鳴と倒れるような音が聞こえた。
ロディは仲間の死体をどかして立ち上がろうとする二匹のゴブリンを踏みつけ、逆手に持った剣を二度振り下ろした。耳ざわりな断末魔が森に響き、ロディたちを襲ったゴブリンたちは、これですべて沈黙した。
周囲を見回して他に敵がいないことを確かめ、一つ息を吐く。
「ふぅ。これで一段落だな。助かったよ、ナディア」
「あはは、ボクの助けなんて無くても、君なら勝てていただろう?」
「ヒヤッとした場面はあったし、助けられたのは事実だよ。ありがとう」
魔眼ほどではないだろうが、ナディアもいい目を持っている。隠れていたゴブリンを見つけていただけではなく、最良のタイミングで、狙いを誤らずに投擲を命中させていた。
(才能の件は、俺の杞憂だったみたいだな)
ナディアは照れくさそうに頬をかき、
「そうかい? うん、それならよかった。……そうだ、ナイフを拾ってこなきゃ」
少し赤くなった頬を隠すように、ナディアは駆け出す。
「まだ、あんまり俺から――ナディア!!」
「え?」
戦闘が終わったことで集中が途切れ、注意が疎かになっていたのだろう。ナディアは倒れているゴブリンの指が、ピクリと動いたことに気づかない。
――ナディアのナイフは心臓から僅か上の辺りに刺さっていた。
「ギャァァ――!!!」
ゴブリンは大声を上げ、近くに落ちていた槍を拾い上げて突き出す。
「うわっ!」
間一髪、ナディアはそれを避ける。しかし、
「あっ……」
無理な態勢での回避が災いし、ナディアは木の根に足を掛けて転倒した。その隙を、ゴブリンが見逃すはずもなく――
「間に合えッ!」
ロディは祈るようにして剣を投げる。とっさのことで、まともに狙いなどつけられていなかったが、剣は今まさに振り下ろされようとする槍を捉え、弾き飛ばした。
「ナディア!」
声を掛けられてナディアはとっさに我に返り、ゴブリンに刺さったままのナイフを両手で握りこみ、
「やぁーー!」
そのまま握ったナイフに下向きの力を掛け、一気に切り裂いた。森の中に血が飛び散る音と断末魔の叫びが響きわたる。
「ギャ……」
最後にゴブリンは小さく呻き、何度か痙攣した後、動かなくなった。
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