23話 薬草採取

 ロディとナディアは薬草採取の依頼を受け、王都パールザールの東門を抜けて街の外に出ていた。

 街を出てから約二十分ほどだろうか。左右に見える景色は緑一色、背の低い草に囲まれた草原を二人は歩いている。

 無論、やみくもに歩いてここまで来たわけではない。ロディを先導するナディアの右手に地図があった。


「まさか地図まで貰えるとはねー、冒険者ギルドは新人に厳しいみたいな話を聞いたけど、やはり噂は噂なんだね」


 薬草を採るにあたって、どこを探せばいいのかギルドの職員に聞いてみたところ、おすすめの場所を記したパールザールの周辺地図を渡されたのだ。

 ちなみに、一番良い場所は街の南側にあるらしいのだが、昨日の襲撃で竜種が進行してきたのは南西の方角であったため、そこは避けるべきだと言われた。


「逆も逆、忠告までしてくれて親切すぎるくらいじゃないか。むしろ、この街のほうが特殊なのかな?」


「いや……もしかすると、その噂は正しいかもしれない。多分、俺たちへの対応が特殊なんだ」


「ほうほう、つまり?」


 これは予想に過ぎないんだが、と前置きして、


「はっきり言ってしまうと、俺が期待されてるんだと思う。朝食を食べてるときにも話したけど、俺は一人でドレイクを討伐したんだ。聞くところによると、ドレイクはB級でも単独で倒せるかどうからしい。そして、国は怪物退治を冒険者に依存している。今回の襲撃の件も、国はアラン、――ランクの高い冒険者に、対処を依頼していたそうだ」


 街にも衛兵はいるようだし、街を囲う巨大な防壁を見ると国なりに対策はしているようだ。とはいえ、実際に侵入を許していたことから、少なくとも竜に対しては防衛力が足りていないことは明らかだ。


「なるほどね。早いこと薬草採りなんか卒業して、戦ってほしいってことかな」


「そう思う。まあ、この予想は外れで、俺が自意識過剰なだけかもしれないけどね」


 だが、そう考えると新人への当たりが強いとされている理由も想像がつく。

 つまり才能の問題だろう。才ある者を上手く舵取りをして成長させ、高ランクにして敵への防衛や殲滅に使い、才のない者や舵のきかない者を低ランクに留めて、半ば何でも屋のように扱き使うわけだ。


 そして、アランのように上り詰められる者は、全体の一部だ。


(この考えは、ナディアには話さないべきだろうな)


 寿命以外の終わりが存在しないこの世界で強くなるのは、才なき者には厳しすぎる。

 相性、調子、時の運。この世界では、そんな理由の死が問題にならない。強き者は滅びず、才ある者は止まることなく階段を上り続ける。


 ナディアは『冒険』というものに強い憧れを抱いているように見受けられる。彼女に才能があるなら、問題はないだろう。だが、もしそれが無いなら――


「おっ、ロディくん、見えてきたよ。あの森じゃないかな」


「ん、ああ……そうだな」


 ナディアが指さした先には、木々が鬱蒼と生い茂る森がある。地図に書かれた印の地点からしても間違いはないだろう。


「結構あっさり着いたな。街の外はもっと危険だと思ってたよ」


 道中あったことと言えば、角の生えたウサギ(?)に跳びかかられた程度だろうか。


(触ってみたかったんだがなぁ)


 こちらから触れようとしたら逃げられてしまった。


「街からそこまで離れてないし、見通しのいい場所だ。こんなものじゃないかな」


「なら、森の中は危険かもしれないと?」


「その通り。魔物が出るってギルドの人も言っていたからね。気を引き締めていこうじゃないか」


◇◆◇


「なぁ、ナディア。――どんな草を採ればいいんだ? 薬草って言っても色々あるよな?」


 大きく口を開け、ロディに噛みつこうとする二頭の蛇を斬り払いながら、ナディアに依頼の内容を確認する。

 ナディアはロディに背を向け、辺りの茂みを捜索しながら、


「そうだね。今回の依頼されたのは、ラピルピ草とマピロピ草、主にポーションの材料になる薬草だよ」


「ポーション……水薬か? ――よっと、見た目ッ、ちゃんと、見分けられるのか? 間違えて毒草を届けるなんて御免だぞ」


 背に翼の生えた狼の爪を後ろに一歩下がって避ける。続く二撃目を剣の腹で受け、がら空きの胴体を蹴り上げた。

 ここにたどり着くまでの道中が嘘のように、森に踏み入ってからは度々襲われていた。現在は、薬草を探すナディアの邪魔をしないように、ロディが警戒と対処を行っている。


「そこはボクを信じておくれよ。狩りから薬草採りまで万能なナディアちゃんとは、このボクのことさ。……ほら、これがラピルピ草だね」


 ナディアが指さした先は大きな木の根元だった。その草の高さは十数センチほどだろうか。青々とした丸い葉の一部分に、薄っすらと赤い線の様なものが見える。


「こんな風に、よく木の根元に生えてるんだよ。理由は知らないけど」


「これなら向こうの方でも見たな。もう通り過ぎたけど、戻るか?」


「ありゃりゃ、仕方ない、戻ろうか。今後もそれっぽいヤツを見かけたら教えてほしいな。依頼の品じゃなくても、買い取ってくれるかもしれないしね」


「俺には見るもの全てが珍しく見えるからな……」


 先の獣や蛇はもちろん、草原では馬より早く走る鳥や、やたら柔らかそうな毛玉状の羊(?)などを見かけた。元居た世界では見ることがなかった動物ばかりだ。


 植物にもそれが当てはまる。何かに絡まったり、垂れ下がったりするのではなく、空中に立ち上っているツタを見た。

 まだ動く木などには遭遇していないが、きっと時間の問題だろう。


「それにしても……」


 ナディアは隣に立つロディを見上げる。傷は受けていないはずだが、ナディアの様子を見るに返り血でも付着していたのだろう。


「キミに任せっきりでゴメンね。大丈夫?」


「このくらいは、な。役割だよ。だけど、さっきから俺ばかり襲われるよな? 願ったりではあるんだが」


 そのことに不平があるわけでは無いが、不思議だった。金属の鎧の音や臭いに惹かれているにしても、体格が明らかにロディより劣るナディアを先に襲わないのは何故なのか。


「うーん、それはボクたちハーフリングの特性、かな? ちょっとばかり、隠れるのが得意なのさ。本能みたいなものだよ」


 実際、地を踏むナディアの足元からは音がしない。狩りが得意と言っていたのは、そこが関係しているかもしれない。


「ふーん? ……おっと」


 まずロディが、それに続いてナディアが足を止める。

 前方の木々の間に何かが隠れ潜んでいるのが、視えた。その数はおよそ十匹ほどだろうか。


「いるね。どうする?」


「決まってるさ」


 ロディは鞘から剣を抜き放ち、構えた。


「戦う。俺は、強くなりたいんだ」

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