22話 初めての依頼

 背の高い椅子(おそらく子供用)に座ったナディアは、ロディの話を聞いて目を輝かせていた。


「じゃあ、キミは別の世界から来たのか! すごいなぁ」


 ロディはナディアに自身の大まかな来歴を話した。

 元居た場所で騎士をしていたこと、魔法でこの世界に飛ばされたこと、この街に来てからの話、といった程度だが、


「あっさり信じるんだな。もっと疑われるものだと思ってたよ」


 アラン曰く、別世界から来た人――迷い人は稀な存在であり、自分を迷い人だと宣う者の大半は、ホラ吹きや狂人らしい。

 故に、疑われて当然だと思っていた。


 だが、問われた彼女は首を振り、


「やれやれ、何を言い出すんだい。それは信じるとも! だって、友達だろう?」


「ああ、そうか。うん、ありがとう?」


 恥ずかしげもなく言い放つ彼女に、ロディは若干気圧される。

 ――会ってまだ一日なんですけど。


 アランといいナディアといい、ほぼ初対面のうちから距離感が近い人が多い気がする。


「それだけじゃあ納得できないなら……ほら、キミ、この世界の言葉を話せないって言ってたろ? 目の前で座って話していて、何か違和感があったんだ。口の動きと声があってないからさ」


「ああ、なるほど」


 この世界の人と対話ができるのは、首に着けた魔道具の力だ。

 そして、ナディアが語る違和感はロディにも覚えがあった。しかし、魔道具の力の影響だと気づいてから、早々に意識の外に追いやっていたのだ。


「じゃあさじゃあさ、その魔道具を外してみておくれよ! どんな言葉を話してるか、聞いてみたいんだ」


「いいよ。ちょっと待ってな……」


 チョーカーのような魔道具の留め具を外し、机の上に置く。

 その瞬間、世界の時が止まったかのように感じるほどの静寂が訪れる。

 だが、その時間は長く続かず、再び世界に音が戻った。


「こんな感じだが、俺が何を言っているか分かるか?」


 目の前に座るナディアの様子からして、言葉は通じていないだろう。

 そもそもロディの方も、店の中の客が話す言葉が、理解できない音の羅列に代わっていた。


「縺ク繝シ、 蜈ィ辟カ繧上°繧峨↑縺…… 繧ゅ@繧ゅ?縺」


「やっぱり、何言ってるか全然わからんな」


 なんとなく意味のある言葉だとは分かるが、それだけだ。


「繝懊け縺御ス戊ィ?縺」縺ヲ繧九°縲√o縺九i縺ェ縺?h縺ュ。 繝舌?繧ォ繝舌?繧ォ、 謔斐@縺九▲縺溘i險?縺」縺ヲ縺ソ繧阪?」


「ふむ」


 ロディはチョーカーのような魔道具を手に取り、首に装着した。

 一瞬周囲の音が聞こえなくなるが、再び他者の話す言語が理解できるようになる。


「お、もう終わり――」


 手を伸ばし、ナディアの額に弱くデコピンを打った。

 ナディアは額を手で押さえ、小さく唸る。


「うー、なにをするんだい、ロディくん」


「聞こえないからって好き放題言ってたろ。分かるぞ」


 先ほどの彼女の顔は、まるでイタズラをする子供のようだった。

 ロディの見立ては正解だったようだ。ナディアは少し眼をそらしながら、

 

「まさか! ボクがキミを侮辱するだなんて、そんなそんな」


「じゃあ、なんて言ってたんだ?」


「えーっと、騎士様ーカッコいいよーって……」


「やめんか」


 ロディは再度デコピンを放つ。

 いつまでそれでイジる気なのか。人目もあるので勘弁願いたかった。


「うぅ、ヒドイ……すぐ暴力に訴えるなんて、騎士失格じゃないかね!」


「今は騎士じゃなくて中級戦士だからな。そんなの知らん」


 ナディアはぐぬぬと唸り、顔をテーブルの下に沈める。


「このような非道、あってはならないぃ……ボクの友達が、か弱い女の子に暴力を振るう外道だったなんてぇ……」


「ハイハイ、ごめんなー、サンド一個分けるから許してなー」


 ジューシーサンドのことだ。揚げた肉をパンに挟んだもので、ロディとナディアが注文した料理だ。

 さすがに肉の味では、昨夜食べたステーキに軍配が上がるが、ドラゴンの肉と比べるのは酷だろう。これが何の肉か知らないが。


「わーい、さすがはボクの見込んだ友達だ! 先ほどのことは不問にするとしよう」


 ナディアはその小柄な見た目に反して大食らいだった。そこそこボリュームのあるジューシーサンドを既に三つ平らげている。

 そしてロディの渡したサンドもまた、見る見るうちに無くなっていった。


「まったく……君の言う友達は、メシを奢ってくれる都合のいい相手か何かなのか?」


「そうともいうね」


「いうなよ」


 ジューシーサンドを食べ切ったナディアは満足したのか、椅子から飛んで地面に降り立ち、


「いやぁ、美味しかったよ。キミの友達にもお礼を言っておいてくれ。――さてさて、ロディくん、この後の予定はあるかな?」


 今日一日は好きにしていいと言われているし、問題はあるまい。


「ないよ。なにをするんだ?」


 ナディアはにやりと笑い、首に下げた銅のプレートを持ち上げる。


「ふっふっふ、ボクたちは冒険者だよ? もちろん、依頼を受けに行くのさ。一緒にどうだい?」


◇◆◇


「「読めない……」」


 ロディとナディアは依頼を受けるため、共にギルドを訪れていた。

 依頼の内容は紙に記され、掲示板のような場所に張り出されるらしく、二人はそこに来ていた。しかし、


「そもそも俺、字が読めないんだった」


「ぐぬぬ、低い場所の依頼書しか見えないぃ……。もう少し、ボク達ハーフリングにも配慮したらどうかね!」


 そうして二人が立ち往生しているうちに、他の冒険者が横から依頼書を掻っ攫っていく。


「埒が明かないな……」


 ロディはギルドの職員に手を貸してもらおうと辺りを見ますが、動く前にナディアに手を引かれる。


「ナディア?」


「まあ待ちたまえ、ボクに名案があるんだ」


◇◆◇


「まだか?」


「もう少し……ボクが依頼を決めてもいいのかな?」


「なんでもいいから早くしてくれ……」


 ナディアの名案とは単純明快、肩車だった。ロディがナディアを背負い、ナディアが上から依頼書を読む作戦だ。

 ただ、一つ問題があった。


「どうかしたのかい? ロディくん。もしかしてボク、重いかな?」


「軽いよ。なんてことないさ。けど、そうじゃない」


 ナディアが依頼書を上から下へ読み進めるのに従って、腰を落とさねばならないのは少し辛いが、そのことでもない。


「恥ずかしいから早くしてくれ!」


 周囲からの好奇の視線を感じる。しかも、まだ朝なので人の数は昨夜よりも多い。

 はたから見ればロディの姿は、女の子を肩車する鎧の男なのだ。


(幼女性愛者か何かと勘違いされるかもな……)


「じゃあ、これにしようかな」


 ナディアは依頼書のうち一枚をつかみ取り、「とうっ」という掛け声とともにロディの背から飛び降りる。


「ホラ、これだよ」


 ナディアが差し出す紙には植物と思しき絵が描かれていた。


「それは? どんな依頼なんだ?」


「ボクたち新人冒険者の定番中の定番、薬草採取さ!」

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