19話 フレンド

「これは失敬、失敬! ボクの名前はナディア、見ての通りのハーフリングさ」


 ハーフリングとは彼女の種族名だろうか。その低い背丈からして、やはり小人の一種か。


「騎士……じゃなくて中級戦士くん、まずは君の名前を聞こうじゃないか」


 こちらを騎士と呼ぶということは、ミーコの言葉を聞いていたのだろう。

 正直なところ恥ずかしくて、直ぐにでも立ち去りたい。


「さっきのは忘れてくれ……。名前はロディ・ストラウド、見ての通りの平人ヒラビトだよ」


 多分。アランは自分の事をヒラビトと呼んでいたし、きっとロディもそうなのだろう。


「ほうほう、ではロディくんと呼ぶとしよう。君は冒険者登録したばかりだろう? 何を隠そう、このボクもそうでね。ついさっき、このプレートを受け取ったところなのさ」


 そう言ってナディアは首から下げた銅のプレートを見せてくる。

 D級以下が銅、C級かB級で銀製になり、A級だと金のプレートが貰えるらしい。

 その上のS級には特殊なプレートが配られ、人によってその素材は異なるそうだ。


「そうなのか。じゃあ、俺と君は同期なわけだ」


 ロディがそう言うと、ナディアは目を輝かせ、


「そう、そうなんだよ! ボクと君は同じ日、同じ場所で冒険者になった仲間なわけだ! そこでだ、これも何かの縁だし、ボクと友達になってくれないかな」


 ――仲間、友達。


「いやぁ、居ても立っても居られなくなって故郷を飛び出したはいいものの、連れ立つ者も、食を共にする者もいないのは少々寂しくてね。もし君が良ければ、ぜひ一緒に夕食にでも、と思ったんだ」


「…………」


「だから、えーっと、その……ダメ、かな?」


 何も答えないロディを見て、不安になったのかもしれない。

 ナディアは最初ほどの勢いを失い、こちらをオドオドと見つめている。


「……いや、ダメじゃないよ。うん、ダメじゃない。俺も故郷を離れてこの場所に来て、少し不安だったんだ。友達になってくれるなら、すごく嬉しい」


 その返事を聞いた瞬間、ナディアの顔がパッと明るくなり、


「本当かい? 良かったぁ……。じゃあ、一緒に――」


「いや、この後予定があるんだ。遅くなるかもしれないから、一緒には行けない。すまない」


 ただでさえ登録の手続きでアランを待たせているのだ。これ以上待たせるわけにはいかないだろう。


「む、そうか。それなら仕方あるまい……」


 ナディアが残念そうに呟く。

 だが、折角友達になったのだ。ここでハイさよなら、というのは味気ない。


「今日は無理だが、明日はどうだ? 明日の朝食を一緒に食べるのはダメかな」


「! うん、いいとも! では明日の朝、またここで会おうじゃないか」


◇◆◇


 言葉を二言三言交わしてからナディアと別れ、ロディは冒険者ギルドを後にする。

 すっかり街は静かになり、通りを歩く者もまばらだ。


(いい加減、腹が減ったな)


 墓地への移動の前にアランに保存食のような物を渡され、それを食べたくらいで、この世界に来てからほぼ何も口にしていない。

 さらに言えば、この世界に来る前に燃える王都から脱出してから、まともな物を食べていない。

 当然お腹は減る。


(さっさとアランに合流してしまおう)


 アランは冒険者ギルドに入る前、手紙を渡された場所にいた。だが、


「……アラン、何してるんだ?」


「よ、よぉロディ、よく来たな。助けてくれ」


 アランは地面の上に正座させられている。傍らにはエルフのリーリアの姿があり、どうにも怒られている場面のようだ。

 リーリアはロディを一瞥すると頭を振って、


「……ロディ、ダメ。アラン、わかってるの? 私とウルリカは、二人と別れた後も、頑張ってたの」


「ハイ、わかってます」


 あのアランが、こうも縮こまる姿を見られるとは思わなかった。

 正座し、背を丸めて首を垂れるアランは、竜殺しをあっさりやってのけた男と同一だとは思えない。


「街に、残党が潜んでいないか、探してたの。ウルリカも、負傷した人を治療して、回ってたの」


「……ハイ」


「馬車の回収とか、王女への報告とか、街の修復の手伝いとかして、大変だったの」


「ハ、ハイ……」


「なのに」


 ウルリカは腰を落とし、正座するアランと目を合わせる。


「なんで、お酒飲んでるの?」


「そ、それには深いわけが……」


「なんで、一人で、ご飯食べてるの? なんで、宴に交じって、楽しそうにしてたの?」


「だから、それは……」


 実際、賭けの結果でヒートアップした場を鎮めるため、アランは宴を開いたわけで、責任の一端はロディにもあるわけだが……、


「疲れてるのに、ウルリカは、家でご飯、作ってくれてるの。私も、手伝ったの」


「…………」


(うん、有罪)


 これはリーリアの怒りも尤もだろう。


「ねぇ、アラン――」


「すいませんでしたぁ――――!」


 夜の街にアランの声が響き渡った。


◇◆◇


 ロディたち三人は、夜の街中を歩いていた。

 ロディの分の食事も準備しているとのことで、アランの家に向かっているわけだが、


「いってぇ……」


 アランは赤くなった左頬を押さえている。


「今は夜、叫ぶなんて、迷惑」


 アランの大声の謝罪の直後、リーリアは「うるさい」と言って平手打ちをかました。

 ビンタされたアランは、その勢いで数メートル吹き飛んだのだ。


 その直後に、あっさり立ち上がるアランもアランだが、ただのビンタで人を吹き飛ばすリーリアも相当だ。

 彼女が戦う姿を直接目にしたことはないが、やはり彼女もロディより数段レベルが上の冒険者なのだろう。


「にしても、アランの家がこの街にあるなんてな。いろんな場所を転々としているとばかり思ってたよ」


 話を逸らすため、少し気になっていたことを口に出す。


「ああ、実際いろいろな国や場所に行ってはいるが、本拠地はここだからな。一応、この国のS級冒険者なわけだし」


「なるほど」


 冒険者ギルドで、位の高い冒険者は、国や街のお抱えになることがあると聞いた。

 アランもその一人なわけだ。


「じゃあ、今日この街に来たのもその一環なのか?」


「ああ、そうだぜ。街の近くにドラゴンの出るダンジョンができて、衛兵や騎士でも手に負えねぇから、潰すのを手伝ってくれ、ってな」


「ダンジョン? なんだそれ?」


「あー、まぁ、その辺はまた後でな。まずは飯だ飯」


「もう着く」


 冒険者ギルドから歩くこと数分程度だろうか。

 アランとリーリアに促され、通りの角を曲がる。すると、そこにあったのは、


「ひっろいな、アレ」


「そう、アレこそがオレ様の家だ。存分に見て驚け」


 四方を塀に囲まれた広大な庭の広がる、巨大な白い屋敷だった。

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