18話 中級戦士
「では、次に
名前や年齢など簡単な事項の記入の後、受付の女性は突然そんなことを言い出した。
「職業? 職業って、冒険者じゃないんですか?」
あるいはロディの場合は騎士だろうか。とはいえ故郷から遠く離れたこの地で、職業は騎士だと声高らかに名乗れるものだろうか。
実質今のロディは無職だろう。そもそも国は滅んでいる。
「いえ、本来の意味の職業とは異なりまして……、その人の能力や経験を分かりやすくするものです。冒険者同士が仲間を探しやすくしたり、依頼主が必要な技能を持つ冒険者を選びやすくしたりするんです」
受付の女性は「そうですねー」と一呼吸置いた後、
「例えば、剣が使えるなら剣士、魔法が使えるなら魔法使いです。あとは、木こりをやっていたから職業に木こりと書く人もいますし、料理が好きだから料理人とする人もいます」
「つまり、自由に決めていいのですか? 私なら元居た世界で騎士をしていたので、騎士とか」
「いえ、基本的には自由なのですが、騎士はダメです」
受付の女性がそういった瞬間、再び奥の扉が開き、そこからミーコが顔を出した。
「なんでー! お兄ちゃんはカッコいいのに! きし様なのに!」
タイミングから見て、ミーコは盗み聞きでもしているのだろう。というか、
(やめて、お兄ちゃん恥ずかしくて死にそうだから!)
これ以上蒸し返してほしくない。このままだとロディは、この場にいる人に、『子供にカッコいい騎士様と呼ばせるイタい奴』として記憶されかねない。いや、結果でいえばそれは事実なのだが。
「ミーコ、これはルールなの。それに、盗み聞きなんてしちゃダメでしょ」
そう窘める受付の女性も口元が笑っている。
「何故ですか? そのルールというのは?」
「実際にその職種についている者に不利益がないようにするためです。乱暴者や憶病者、あるいは弱者に対して、国を守る騎士の称号を与える訳にはいかないのです」
言われてみれば当然だ。要は風評被害を起こしたくないのだろう。新人の冒険者が気軽に騎士などと名乗れるわけがない。
「別に騎士に限らず、例えば魔法も使えないのに魔法使いを名乗るとか、王族でもないのに王子を名乗るのも禁止です。虐殺者のような非常に悪い印象のある名称も、基本的には名乗れません。盗賊や怪盗などの例外はありますが、推奨はされません」
確かに自称盗賊に仕事を任せる気にはならないし、仲間になりたくはない。
そういう事態を避けるための制限だろう。
「だから仕方ないの、ミーコ。暇なのは分かるけど、ロディさんにも迷惑だから戻りなさい」
受付の女性に諭され、ミーコは渋々と言った様子だが、「わかった」と言った。
「お兄ちゃん、またねー」
バイバイと手を振るミーコに、こちらも手を振り返して見送る。
扉が音を立ててしまった後、受付の女性は、
「ごめんなさい、ロディさん。妹がご迷惑をおかけして……」
この迷惑は、話を中断したことというより、『カッコいい騎士様』の方に対しての謝罪だろう。
「いえいえ、気にしてませんから」
正直なところ後悔しかないが、先にそう名乗ったのはこちらなのだ。仕方あるまい。
「そういえば、アランは剣神や大魔導士と呼ばれていましたが、それも普通は名乗れない職業ですか?」
ふと思い出したことを聞いてみる。たしか墓地で会った青年がアランのことをそう語っていたはずだ。
「はい、その通りです。剣神や大魔導士は、剣士と魔導士の上級職です」
「つまり、剣の腕が良いから剣神、魔法の使い方が上手いから大魔導士ということですか?」
「その認識で問題ありません。その人のステータスや技量が良いほど上の職業につけます」
となれば、職業は自信のある分野のものにすべきだろう。ならばロディの場合は剣士だろうか。
「ちなみにロディさんは帯剣されていますが、剣以外に使える武器はありますか? 魔法は?」
「剣以外だと槍や弩ですね。あとは……、武器ではないですが、盾とか。魔法は使えません」
一番得意なのは剣だ。普段は盾も使うが、猫耳の女との戦いの最中に一撃で砕かれたので、今は手元にない。
「なら……」
◇◆◇
ロディは登録を終え、晴れて冒険者になった。
「これが冒険者証かぁ」
ギルド内に用意されたベンチに腰掛け、文字が彫られた銅のプレートを眺める。
このプレートは魔法で作られた物だそうで、登録が完了して十分も経たない内に渡された。
結果としてロディの職業は『中級戦士(剣、槍、弩)/魔眼使い』になった。
この世界では特殊な力を持つ眼を魔眼と呼ぶそうで、ロディやアランのように魔眼を持つ人間が稀にいるらしい。
職業にこれを入れておけば、まず仲間探しには困らないだろうと言われた。
また、中級戦士の中級とは、戦士としての能力の目安らしい。例えば剣士なら、
見習い→ 下級→ 中級→ 上級→ 剣豪→ 剣聖
という階級分けがされているようで、中級はそこそこの能力らしい。
ちなみにアランの剣神は剣聖の更に上で、現在はアランにのみ名乗ることが許される職業らしい。
(本当に、頂は遠いな)
かつては眼前に見えていた頂点が、今は手が届く気がしないほどに、遠い。
かつて英雄と呼ばれた己は、世界が変われば中級戦士だ。
どうしようもないほどに、遠い。
(やめだ、考えていても落ち込むだけだな)
顔を両手で挟み込むようにして叩き、立ち上がる。アランも待たせているのだ。急いで――
「やぁやぁ、そこ行く騎士くん。ちょっと良いかな?」
やけに陽気な声に呼び止められて振り返る。
そこにいたのはとても背の低い少女だ。
亜麻色の髪を肩のあたりまで伸ばし、腰に短剣を下げた彼女の首には、ロディと同じ銅のプレートが下がっている。
(子供って訳でも無さそうだな。まるで小人みたいだ)
「あんまりイジメないでくれ。俺はただの中級戦士だよ。それで何の用かな、お嬢さん?」
「これは失敬、失敬! ボクの名前はナディア、見ての通りのハーフリングさ」
そう言って小さな少女、ナディアは胸を張った。
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