20話 死んだ、殺した

「帰ってくるのに結構時間がかかりましたわね。やっぱり、迷い人だと手続きに時間がかかりますの?」


 屋敷に招かれたロディは、アランたちと食事を共にすることになった。

 再会したウルリカは、先ほどまでの白いシスター服ではなく、ラフな私服に身を包んだ彼女は穏やかに微笑んでいる。

 ちなみに、ロディも先ほど客室に案内され、そこで鎧を脱いできていた。


「いや、登録も時間がかかったんだが、それだけじゃないんだ。いろいろあって決闘することになって……」


「決闘? なぜ? 誰とですの?」


「ヴァイスだよ。いつものアイツのお節介だ」


 答えたのはアランだ。その口ぶりからして、ヴァイスとも知己らしい。冒険者同士の繋がりは存外深いのかもしれない。


「ま、そんなことはいい。さっさと飯にしようぜ」


「そうですわね。ロディさん、どうぞ、お食べになって」


 屋敷の中で数人のメイドや執事と出会ったが、食卓に並ぶ料理を作ったのはウルリカらしい。


(理由を訊くのは野暮か)


 肉料理や野菜料理、スープなど、さまざまな料理が並んでいるが、その食材が何かわからない。

 住む世界が違うので当然と言えば当然だが。


「いただきます」


 美味しそうには見えるが、初めて食べるものだけあってほんの少し忌避感を感じる。

 意を決して、切り分けたステーキを口に運ぶと、


「美味しい……こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりだよ」


「あら、お口に合ったようで嬉しいですわ。別の世界の人に料理を振舞うなんて初めての経験ですもの」


「毎日こんなものが食べられるなんて、君が羨ましいよ、アラン」


 ロディに声をかけられたアランは、頬張っていたものを飲み込んでから大笑いして、


「だろ? これが勝ち組ってやつだな!」


 実際、こんな広い屋敷を所有していて、美人な仲間もいて、最強と呼ばれるほどの強さも名声も持ち合わせているのだ。冗談ではなく勝ち組だろう。


「そういえばこの肉、何の肉なんだ? 他も知らない食材ばっかりだ」


「ドラゴンの肉ですわ」


「ドラゴンって……」


 人生でそんなものを口にする機会があるとは思わなかった。今日のドラゴン退治の成果物ということか。もしかすると、自分を殺したあのドラゴンの肉かもしれないと思うと、なんとも不思議な気分だった。

 

「よく味わって食えよ。飯は強くなるうえで重要だからな」


「そうなのか?」


 体を鍛えたり、健康に過ごしたりするうえでの食事の重要性は理解しているつもりだが、アランの言う意味とは違う気がする。

 アランは「そうだなぁ」と呟いてから、


「レベルの話は聞いたな? 生物の命を奪い、魔素エーテルを取り込むことで強くなるってやつだ」


「たしか冒険者登録のとき、受付の人がそんなことを言ってたな」


 アランは一つ頷き、


「それと同じだ。世界に存在する、ありとあらゆるものは全て魔素エーテルで出来ている。生物も非生物も全てだ。つまり、食事もまた魔素エーテルを取り込むことなんだよ」


「そして、魔素を多く持つということは、それだけ強力ということですわ。例えば鉱物なら、魔素が多ければその硬度が高くなります」


「生物なら、身体能力や魔力が上がる。それがレベル。ドラゴンの肉は魔素が多い、強くなりたいなら、いっぱい食べるといい」


◇◆◇


 夕食の後、ロディはアランに連れられて屋敷の廊下を歩いていた。

 寝床を貸してもらうためだ。


「今日はこの部屋を使え」


 貸し出された客間は、二階の階段を上がってすぐの場所にあった。

 

「ありがとう。今日は本当に助けられた。アラン、また明日」


「いや……ちょっと待ってくれ、ロディ」


 寝室の扉を開け、中に入ろうとすると、アランに呼び止められる。


「なにかあるのか?」


 振り返れば、こちらを見るアランの瞳が黄金に輝いていた。

 それを見た瞬間、目に一瞬鋭い痛みが走り、ロディの魔眼が呼び起こされる。


「――ッ、なにを……」


「共鳴だ。この感覚を覚えとけ。魔眼を持つ奴らは、お互いにそれが分かる。……なぁ、ロディ。お前が元いた世界に、他に魔眼を持っている奴はいなかったのか?」


「前に言ったように、俺のいた世界では魔法は存在しなかった。魔眼もそうだ。俺ともう一人を除いては、だが」


「その一人ってのは?」


「俺の師匠、みたいな人だ。この魔眼はその人から貰った。その使い方もだ」


 アランの心が揺れ動いているのが、視えた。


「その人の、名前は?」


「知らない。聞いても、教えてくれなかった」


「そうか。……そうか」


 そのとき見せた表情が何か、ロディが読み取る前にアランは背を向けた。


「じゃあな、ロディ。また明日」


◆◇◆


 黒く、暗く、何もない世界をただ一人で進む。遠くに見える光に、たどり着くために。

 けれど、一歩、二歩と歩くうち、世界が赤く染まっていく。その理由は、分かっていた。


「ああ、そうか――俺は、ひとりじゃない」


 傍らには、死者がいた。


『■■■■、強くなろう! できるよ。僕と、君と、■■■の三人なら』


 幼き日の夢は血に染まり、約束は自ら歪めた。


『子供か? かわいそうに。……見逃してやるから、はやく――』


 多分、初めて殺した人は、いい人だったと思う。


『お前にとっては、迷惑な話かもしれないがな、■■■。俺は、お前のことも、■■■のことも、家族だと思ってんだ』

 ――死んだ。


『なんのつもりだ、ガキがぁ! 私は、■■■■■王国の騎士だぞ!』

 ――殺した。


 屍を積み上げ、歩いてきた。

 夢を取り戻すために。友を取り戻すために。


『誰がテメェに剣を教えてやったと思ってる!? 誰が馬の乗り方を教えてやったと、思ってやがるんだ!』

 ――殺した。


『お前に押し付けちまって、すまねぇ。でも、頼む。……守ってやってくれ』

 ――死んだ。


 この道に悔いはない。あっては、ならない。


『見つけたぞ、■■■■■! あなたを倒して、名を上げて、僕は騎士になる!』

 ――殺した。


『ねぇ、■■。最後に、あなたの……本当の■■を、教えて』

 ――死んだ。


 光に、手を伸ばす。


『君が、僕たちの死に顔なんて、覚えている必要はないんですよ』


『他に、誰もいない……から、アンタ、なんかに、任せることにします』


 一歩一歩、屍を踏みしめ、ここまで来たんだ。

 なのに――


『もういい、もういいよ。……もうキミ、消えてよ』


 屍で作り上げた道は、いとも容易く崩れ去って、


『キミは、自分の手の届かない場所で主が死ぬ絶望を味わえばいい。ボクと同じようにね』


 暗く、深い、穴の底に落ちていく。

 そこに、あったものは――


◆◇◆


「夢、か……」


 カーテンの間隙から差し込む陽光に照らされ、目が覚める。

 部屋に入ってすぐに寝てしまっていたらしい。


「夢なんて、見るのは久しぶりだな……」


 眠るのが嫌いだった。殺した敵の、死んだ仲間の顔を、思い出してしまうから。


「俺みたいな奴がたどり着いた場所が、こんな世界か」


 誰を斬っても、その死を背負わずに済む、世界。

 仲間や、家族や、友人と、別れなくて済む、世界。


「本当に……何を、思えばいいんだろうな……」

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