15話 決着

「いや……勝負はこれからさ。来いよ」


 ロディの返答は対戦相手のお気に召したようだ。「くくっ」と楽しげに笑い、ヴァイスは二本のナイフを投擲する。


(飛ぶ速度は速いが、それだけだ。目線、筋肉の動き、ナイフの形状。軌道が分かれば、避けることは容易い!)


 その動きを見切り、今度は受け止めることなく回避した。だが、


「ほら、次だ次ィ!」

 

 ヴァイスは再度、何もない空間からナイフを取り出して放った。

 ナイフを手元に瞬間移動させているのか、あるいは異空間から取り出しているのか。どちらにせよ、おそらく非常に高度な魔法技術だ。

 今一度迫るナイフを避けるが、即座に次弾が飛んでくる。


 投げては虚空から取り出し、また投げては取り出す。ヴァイスはこの動きを繰り返し、次第にその動作の速度を上げていった。

 二本、四本、六本と、宙を舞うナイフが段々と数を増やしていき、そのたびに背後でナイフが障壁に激突して、カラカラと音を立てて地面に転がる。


「くっ――」


(これ以上は不味い! 次の攻撃を避けた瞬間接近して――)


「ナイフの落下音が、しない……?」


 いつの間にか、後ろで聞こえる音が止んでいた。そして、そのことに考えを巡らせることは叶わない。

 対峙するヴァイスが、その動きを止めている。その目に反射して映るロディの、さらに背後、鈍く光る閃光が、ロディに向かって――


「はぁ――!」


 背後に振り返り、剣を振る。飛来したナイフが、ロディが背を向けていた方向から迫っていた。

 その刀身に己が刃を合わせ、弾き落した。カランと音を立てて、短剣が地を転がる。

 その後即座に反転、前方からのナイフを掻い潜るようにして避けた。


「オイオイ兄ちゃん、すげえな! 背中に眼でもついてんのかよ!?」


「そりゃどうも、よく言われるさ!」


 地を強く蹴り、ヴァイスとの距離を詰める。

 対するヴァイスは一度に八本のナイフを取り出し、それをロディに向けて放つ。


(このまま止まらず、屈んで避ける!)


 そう考えて前傾姿勢になり、身を屈める準備をした。だが、


「じゃあ、これはどうだ?」


 投げられた八本のナイフ、そのうちの半数が突如消失する。否、消えたのではない。


(ようやく、!)


 ナイフが消失した地点に空間の揺らぎが見える。つまり、ロディがこの世界に来た時と同じ、『門』だ。

 門が空間と空間を繋げ、そこを通ってナイフが転移している。


 消失した地点が入り口とするなら、出口は――


(背後、いや、それだけじゃない)


 前方から四本、背後から二本、頭上から二本、そして左右に一本ずつ。

 このまま屈んでは、脳天にナイフが突き刺さることになる。


(前転、いや、姿勢を崩すのは危険だ。それなら――)


 前進、そのまま前方の四本のうち二本を斬り払い、頭上と左右からの四本を避ける。その勢いのまま半回転、残った二本が鎧を掠めて通り過ぎた。

 そして、残すは背後からの二本だ。


(回避は不可能、ならば!)


「はぁぁっ――!!」


 剣を振り下ろし、そのうちの一本を弾き落とす。

 もう一本は致命部位を避け、鎧で受け止めた。


「ぐっ――」


 強い衝撃、そして身が裂ける痛みが走る。ナイフが、鋼鉄の鎧を容易く貫いていた。


(やはり、ただの鉄ナイフじゃないな。俺の世界にはない鉱物か)


 だが、受け切った。体勢を立て直し、剣を構える。


「おい兄ちゃん、もしかして今、俺の眼を見て避けたのか?」


 それだけではない。ステージの下、防壁の向こう側にいる観衆をのだ。彼らは前しか見えないロディと違い、この戦いを客観的に見ている。

 彼らもまた、戦いに身を置く戦士だ。消えたナイフの先を無意識に追っている。


 その目を

 

「さあな。案外、俺の全身に目があるだけかも知れないぜ?」


「どっちにしても『魔眼』持ちだろ。いいねぇ、楽しくなってきた!」


 ヴァイスは再びナイフを握り、投げて放つが、数瞬も経たぬうちにナイフは転移する。

 またしても、前後左右、そして頭上からナイフがロディに向かって迫った。


「それは、もう視た!!」


 剣で弾き落とし、屈んで、飛んで、ステップを踏むように、雨のように振り注ぐナイフの群を避けていく。


「すげぇ……」

「アイツ本当にルーキーかよ!?」


 見守る観衆の興奮が高まっていく。初めのうちは静かに見守っていた彼らも今や、


「お兄さーん! あのスカした奴をやっちゃえ――!」

「ざけんじゃねえぞヴァイス――! 俺はお前に賭けてるんだよー!」


 とヤジを飛ばして騒ぎ立てている。


(やっちゃえとか、簡単に言ってくれるな!)


 事実、劣勢なのは変わらずロディだ。

 避けたナイフは、地に落ちる前に地面すれすれの位置に作られた門を通って、再びロディの周囲に出現する。

 弾き落とされて速度を失ったナイフも、即座にヴァイスの手元に回収されて、再度投擲される。


 ロディの周囲を飛び回るナイフの数は十六本、いくら避けても落としても、その本数は変わらない。このままだとジリ貧なのはロディの方なのだ。


(だから、結局勝負を決めるのは――)


 正面から迫ったナイフ、その刃を――


(磨き上げた、この技だ!)


 ――剣で叩き切った。


「は? オイオイ嘘だろ! ミスリル製だぞ!? 高いんだぞ――!!」


 ヴァイスが悲鳴を上げる。ナイフの素材はこの世界でも希少な金属らしい。だが、多少硬度が高かろうが値が張ろうが、元も弱い部分、つまり核を砕けば同じこと。

 そして幾度となく弾き落とされ、傷だらけになった刃を晒すナイフなど、魔眼の前では脆い小枝も同然だ。未知の鉱物と速度にも次第に対応し始め、遂にロディの『刃砕き』が真価を発揮した。


 ナイフの雨を潜り抜けながら、一つ、また一つと刃を砕き、ステージの上を駆ける。


「やべッ」


 ヴァイスが手の中で魔力を練るが――


「させるか!」


 鎧に突き刺さったままのナイフを引き抜き、投擲する。

 ヴァイスは咄嗟に手を引き、ロディの投げたナイフを避けたが、練り上げられた魔力が霧散した。


「しまっ――!」


「はあぁぁ――!!」


 先ほどと同様に、上段に構えた剣を勢いよく振り下ろす。だが、対するヴァイスは先ほどと違い、その手の中には何もない。そうして、白刃がヴァイスの首元へと吸い込まれるように迫り――


「俺の、勝ちだ」


 首に刃が食い込む寸前で手を止め、勝利を告げた。

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