16話 冒険者

「アッハハ、負けた負けたァ!」


 決着の後、ヴァイスはステージ上で寝転がり、腹を抱えながら笑い転げていた。

 そんなヴァイスに観衆は、


「ふざけんなぁ!」

「金返せ――!」


 と大ブーイングである。怒りの対象が全てヴァイスに向かっていて、ロディにはその怒りが及んでいないのは幸いと言うべきか。

 

「勝手に賭けたのはお前らだろうがー! 俺だって、ミスリルナイフを何本も折られてるんだぞー! はっはっは」


「負けて笑ってんじゃねえクソボケ――! 死んで詫びろ――!!」


「ワシの貯金がぁ……」

「だからあの若いのに賭ければいいと言ったんですよ、爺さんや」


「あのお兄さんホントに勝っちゃった! 私の眼に狂いはないわねー」

「お前はただの面食いだろうが!」


 怒鳴る観衆、笑い続けるヴァイス、状況が収まる様子はない。ちなみに、一番怒っているのは最初にロディへ決闘を持ち掛けた山賊風の男だ。彼は賭けにも参加していたようで、二重の意味で怒っている。


「まぁまぁ、落ち着けよお前ら」


 その空気を断ち切ったのはアランだ。


「ほら、今日は賭けで大勝した俺様が奢ってやる。好きなモン頼みな! せっかく有望な新人が来たんだ、血生臭ぇのはナシでいこうぜ」


「マジかよ!? さっすがアラン!」

「よっ、男の中の男ー! 俺たちのエースだぜぇ」


 喚き立てていた者どもの大半は、アランの一言で一瞬のうちに矛を収めた。賭けに勝ったアランに非難が飛ぶことはなく、その提案があっさり受け入れられるのは、アランの人徳ゆえか、彼らが単純なだけなのか。

 つい先ほどまで怒っていたとは思えないほどに、大笑いしながら宴をする彼らの姿には、心底呆れてしまう。だが、


(楽しそうだよなぁ)


 大声で笑い、大声で騒ぎ、酒を飲み、肉を頬張る。

 そんな彼らに、羨望を覚える自分がいた。


「なぁ兄ちゃん、アンタは混ざらないのかい?」


 立ち上がったヴァイスが声をかけてくる。


「いや……まだやることがあるんだ。それに、人も待たせてる」


 ――もっとも、当のアランは宴に混ざって飲み食いしているので、気にする必要は無いかもしれないが。

 今も奔走しているはずのウルリカやリーリアを放っておいて宴に興じるのは、些か問題なのではなかろうか。


「そいつは残念。それにしても、デキるだろうとは思ってたんだが、まさか負けるとはなぁ……。ナイフも折られちまって、大損だよ大損」


「俺の実力を高く買ってくれていたのは嬉しいが、本気じゃなかっただろ、ヴァイスさん。花を持たせてくれようとしたんじゃないのか?」


 刃を交えたとき、ロディはヴァイスに完全に力負けしていたのだ。接近戦に持ち込まれていたなら、『刃砕き』を考慮しても勝利は難しかっただろう。

 それだけではない。最初から転移魔法を駆使していれば、容易く勝利できたはずだ。

 ヴァイスはロディに対し、自ら少しずつ手の内を明かしながら戦っていた。


「俺が対応できるように、手加減しながら戦ってたんじゃないのか?」


「別に負けてやる気はなかったんだぜ? けど、俺の技は初めて見たやつ相手だと大概一瞬で勝負が決まるからな。俺は兄ちゃんが、どんくらい強えのか見たかったし、見せたかったんだよ。せっかく強いのに、舐められるなんて勿体ないだろ? まぁ、ナイフが折られちまうのは想定外だったけどな」


 そう言ってヴァイスはゲラゲラ笑う。


「そうだったのか。ありがとう。ヴァイスさん。それとナイフのこと、すまなかった」


「ヴァイスでいいさ。ナイフのことは気にすんな、ケンカ吹っ掛けたのはこっちだ。……そういや、名前聞いてなかったな」


 言われてみれば、決闘だというのに名前を名乗らずに進めてしまっていた。

 いくら遠く離れた異郷の地であったとしても、騎士の甲冑に身を包んでいるのだ。決闘の場で名乗りを上げないのは失態と言える。


「ロディだよ。ロディ・ストラウド。今日この街に来たばかりの新米冒険者だ」


「じゃあ俺の方も改めて……ヴァイスだ。B級の冒険者で、この街を中心に活動してる」


「「これからよろしく」」


 お互いにそう言って、ロディとヴァイスは握手を交わした。


◇◆◇


「ここが冒険者ギルドか……」


 ロディは酒場の喧騒を抜け出し、冒険者ギルドの本施設を訪れていた。

 そもそもロディは決闘しに来たのではなく、冒険者になるためにここに来たのだ。


 ちなみに、決闘の最中負った傷は、背の高い聖職者風の男性が魔法で治療してくれた。鎧にできた穴はそのままだが、ナイフで裂かれた怪我は完全に塞がっている。


「あの人にも今度ちゃんとお礼をしないとな。さて――」


 カウンター越しに何事か報告する冒険者とそれを聞くギルドの職員、ベンチに腰掛け誰かを待っている様子の女性、たくさんの紙が貼ってある掲示板の前で話し合う少年少女など、夜だというのに多少の賑わいを見せている。

 当初の目的通り受付の職員に話して、冒険者登録をしたいところだが、


「どの人に話しかければいいんだ?」


 ギルドの受付は多数あり、どこに話しかければいいのかわからない。カウンターの上部に文字が書いてあるのが見えるが、ロディには読めないのだ。

 立ち止まり、少しばかり悩んでいると、


「新人の方の受付はこちらですよー」


 と端の方に座る女性に声を掛けられる。彼女は大きく手を上げ、自分のいる場所をアピールしていた。彼女のいるカウンターへ向かい、初めに頭を下げる。


「ありがとうございます。ここに来るのは初めてでして」


「いえいえ、お気になさらずに、これも仕事のうちですから」


 穏やかな笑みを浮かべ、スーツに身を包んだ彼女は、ミーコと同じ獣人のようだ。

 狐の耳と尻尾が見える。もしかするとミーコの親戚かもしれない。


「冒険者になりたいのです。登録をしたいのですが、可能ですか」


「はい、登録ですね。では、こちらの紙にお名前、性別、年齢の方をご記入の上、この石板の上に手をかざしてください」


 そう言って受付の女性が取り出したのは長方形の黒い石板だ。

 白い線で手形のようなものが書かれていて、そこに手を置くようだ。だが、


「すみません、その前に、私の友人にこれを渡すようにと、手紙を預かっていまして」


 アランから渡された封筒を差し出す。


「拝見しますね。これは……」


 受付の女性は暫く手紙に目を通していたが、顔を上げて、


「えーと……あなたは別の世界から来た、迷い人なのですか?」


「はい、そうです」


 彼女は目に見えて困惑していたが、「少々お待ちください」と言って受付の向こうの戸を開け、その奥へ行ってしまった。

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