14話 勝負はこれから

「なあ兄ちゃん、俺と決闘してみねえか」


「……は?」


 彼の行動が理解できない。決闘を止めるために仲間を窘めたのではなかったのか。

 顔に傷のある男、ヴァイスはロディの当惑など無視して続ける。


「なんだいなんだい、決闘は初めてか?」


「いや、初めてじゃないが、そうじゃないだろ!? そもそも、何故俺とアンタが戦うことになるんだ!」


 ヴァイスは「あぁ」と呟き、


「アンタと戦ってみたくなったのさ。レベルはそう高くなさそうだが……ただのボンボンには見えねえしな」


 曲がりなりにも騙し騙されの貧民街を生き抜き、数多の戦場を駆け抜けて、ここに立っているのだ。

 正直なところ、何の不自由もなく生きてきたと思われるのは不快だった。

 だから、つい売られた喧嘩を買ってしまったのだが……、


「それは嬉しい話だな。だけど悪い、今はそういう気分じゃないんだ」


 適当な逃げの文句を返した。

 アランを待たせているし、早めに用事を済ませるべきだろう。

 

「オイオイ、今更それはナシだろ。それに――」


 彼はあたりを見回す。

 先ほどロディに足を掛けようとした山賊風の男が、あれだけ騒ぎ立てたのだ。

 当然だが、周囲の注目を集めていた。彼らの中には、この騒ぎに関わりたくなさそうな者もチラホラと居たが、その大半は、


「なんだなんだ決闘か?」

「襲撃があったのに元気よねぇ」

「お前どっちに賭ける? 俺はヴァイスだ」 「私、あの金髪のお兄さんかなー」


 と、好奇の視線でこちらを見ている。もはや決闘が始まるのは確定といった雰囲気だ。


「ここからのは、ナシだよなぁ?」


 こちらを煽るようにして彼は言う。

 ……ここで去れば、ロディには腰抜けのレッテルが張られることだろう。


(それは嫌だが、ここで決闘を受けるわけにも……)


 ロディが悩んでいる間に、ヴァイスはカウンターの方に近寄り、屈強な肉体を持つ店主に声をかける。


「旦那ァ、決闘やるからステージ貸してくれー」


「好きにしろ」


 店主はヴァイスに一瞥もせずに返事を返した。料理に集中しているのか、決闘など日常茶飯事なのか。

 ステージ上で唄っていた吟遊詩人は「俺はまだ歌い足りないんだ――!」と騒いでいるが、近くにいた二人の冒険者に両腕を掴まれ、そのまま引きずり降ろされた。

 ウェイトレスが冒険者たちから掛け金を回収し、硬貨がどんどんと積み上がっていく。


 こうして即座に決闘の態勢が整えられた。もはや穏便に立ち去ることは叶うまい。

 ロディも観念して壇上に上がる。


 ロディとヴァイスの二人がステージ上に立つと、ステージの中と外を隔てるように、半透明の薄い壁が現れた。軽く小突いてみれば、返ってくるのは固い感触。

 アランの使っていた防御魔法と似ている。外への影響を考えずに戦うための配慮だろう。


「決着は、どう決めるんだ?」


「片方が死んだら……って言いたいとこだが、寸止めにするか」


 蘇るとはいえ、流石に今は死ねないので助かった。

 観衆の様子は――、


「決闘の時間だァ! 賭けろ賭けろォ!」


「さすがにヴァイスだろ。新人がアイツに勝てるわけねー」


「俺は大穴で金髪の兄ちゃんに賭けるぜ! あの兄ちゃんはやってくれそうな気がすんだよな!」


「銅貨十枚でカッコつけんなよ」


 大方の予想はヴァイスの勝利のようだ。


(目に物見せてやる、と言いたいところだが……)


 目の前の男は、強い。

 山賊風の男を抑えた動きは、到底ロディには真似できないだろう。獲物は見えない。暗器を隠している様子もなさそうだ。格闘家か、はたまた魔法使いか。


 ちなみに件の悪漢のような風貌の男は、ステージに最も近い場所に張り付き、


「おいヴァイス! あの綺麗な顔をグチャグチャにしちまえ――!」


 とヤジを飛ばしている。――お前それでいいのか。


「じゃあ決闘やるかぁ、兄ちゃん」


(どうしてこうなった!)


 心の中で喚くが、もう遅い。事ここに至れば覚悟を決めて、目の前の男に立ち向かうしかあるまい。剣の柄に手を当て、神経を研ぎ澄ませ、魔眼を開放する。


「皆さん賭け終わりましたか~? いいですよね~? それでは――」


 ロディの臨戦態勢を見て、準備が整ったと判断したか、ウェイトレスが前に進み出て試合開始の合図をする、直前に――


「待った」


 酒場の戸を開けて赤毛の男が進み出る。先ほど別れたばかりのアランだ。


「そっちの金髪に金貨十枚」


 と言って、金貨をウェイトレスに手渡した。

 そしてアランは周囲に分からないように、こちらに目配せする。


(勝てよ、ってことか)

 

「マジかよ……」


「アランが賭けるってことは、あっちの方が強いのか……?」


 彼の参加を受けて観衆が騒ぎだすが、ウェイトレスは、


「すでに~賭けの対象を決めた方は~変更できませ~ん」


 と一蹴する。彼女は腕を振り上げ、


「それでは~試合開始~!」


 勢いよく振り下ろした。


 それと同時に、ロディは腰に下げた剣を抜き放ち、まずは相手の出方を見るために防御重視の構えをとる。

 対するヴァイスは――


「ナイフ……?」


 彼の両手には、いつの間にか二振りのナイフが握られていた。

 

(いつだ? そんな素振りは見せていなかったはず……)


「見てるだけでいいのかァ?」


 ヴァイスは二本のナイフをロディに向けて投擲する。


 風を斬り、鈍く光る刃がロディに迫る。――速い。だが、捌けないほどではない。

 一方のナイフを避け、もう一方のナイフを剣の腹で弾いた。


「くっ――」

 

 ナイフを弾いた瞬間、剣を握る手に強い衝撃が走った。手が痺れるほどに、重く力強い攻撃だ。何度も防ぐことは得策ではないだろう。

 

 だが、好機だ。今のヴァイスは無手。距離を詰め、剣を叩き込む。

 そう考え、一気に間合いを詰めた。だが、


「な――」

 

 ヴァイスの両手から魔力が迸り、何もない空間からナイフを引き抜く。そして手にした両の短剣を交差させ、ロディの剣を受け止める。


「おらよォ!」


 ロディはそのまま押し込もうと力をかけるが、上からの攻撃を下から受けているにも関わらず、力負けして一気に押し返される。押される勢いまま剣を引き戻し、一気に振り抜いて攻撃するが、ヴァイスは後方に飛び退いた。

 二人の間に再び距離が開く。


「オイオイ兄ちゃん、こんなもんかい? だったら期待外れだなぁ」


 煽るようにヴァイスは笑う。今の一合の間に、ロディとヴァイスの力の差は歴然となった。


「いや……勝負はこれからさ。来いよ」


 ――そう、力の差だけだ。それだけで勝負が決まるわけではない。そう簡単に負けてなるものか。

 剣の切っ先をヴァイスに向け、ロディは啖呵を切った。

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