13話 決闘
すっかり辺りも暗くなり、夜空には星が輝いていた。
(案外、別世界でも星空は変わらないな)
煌めく星々の中でも一際大きく輝く月を眺めながら、ふと思う。
ロディは墓地を離れ、アランに連れられてパールザールの街を歩いていた。
血は洗い流され、火は消化されている。所々にあった襲撃の痕跡は最早見当たらない。
清掃員や魔法使いと思われる人があわただしく移動しているのを見るに、完全に復興を遂げたわけでもないようだが、それも時間の問題だろう。
昼頃に来たパールザールの街は出会う人よりモンスターの方が多い有様だったが、怪物の脅威は去ったのか、夜の街は人々の往来で賑わっている。
いったい何処にこれだけの人が隠れていたのか。怪物の脅威から身を隠す場所は、教会だけではないらしい。
きっと、この世界の人にとってはモンスターの襲撃など日常なのだろう。
ちなみに、アランがドラゴンを退治した、という話は道行く人々の耳にも届いているようで、
「さっすがアラン! 俺たちの希望だぜ!」
という風にアランは度々すれ違う人に声をかけられている。先ほどの青年の言動も鑑みるに、アランはかなりの人気者のようだ。
「さっきのルート君って誰なんだ? 知り合いなんだろ?」
墓地で会った冒険者と思わしき青年のことを聞いてみる。
「アイツなぁ……一言でいうなら俺のファン。二言いうなら行き過ぎててウザい。最近顔見なかったから忘れてたぜ」
「なかなか辛辣だな」
「いや、ルーキーにしては悪くない腕してると思うぜ? そこは評価してるんだがなぁ……」
アランの苦々しい顔からして、得意な相手ではないのだろう。
「それで……これからどうするんだ? 俺たちはどこに向かってる?」
ここまで説明を受けないまま連れまわされている。
「冒険者ギルドだ。お前にはさっさと冒険者になってもらう」
「組合……ってことは、名乗れば冒険者になれるってわけでもないんだな」
「そうだ。とはいえ登録自体は誰でもできる。だが、冒険者には等級ってものがあってな。相応の等級の者には相応の振る舞いが求められるわけだ」
「なるほどなぁ」
つまり、冒険者ギルドが冒険者の実力と人柄を保証する、ということだろう。
ただの流浪人など信用できないわけで、そこに等級という形で太鼓判を押すのがギルドというわけか。
「おっ、見えてきたな」
アランが指さした先には、石造りの巨大な建物があった。
トーチの明かりに照らされたその建物は、街の中で異様な存在感があった。
「じゃあロディ、行ってこい」
とアランに背中を叩かれる。痛い。
「俺一人で行くのか? 正直不安だぞ」
ロディは異世界人。つまり常識知らずだ。手続きなど一人でしたくない。
「俺がついてたらいろいろ面倒だろうが。いいのか? ここからお前が頑張って等級を上げても、S級冒険者に負んぶに抱っこってことにされるぜ」
「それは嫌だな」
アランは封筒を取り出し、
「受付にはこれを渡しとけ。お前が迷い人って書いといた。これで取り敢えず信じてもらえるだろ、多分」
「ありがとう、アラン。行ってくる」
アランと別れ、一人歩きだす。
(でも実際、負んぶに抱っこだよなぁ)
アランに恩を返せるくらいには大きくなってやろうと、心に決めた。
◇◆◇
……どうしてこうなった。
「決闘の時間だァ! 賭けろ賭けろォ!」
「おいヴァイス! あの綺麗な顔をグチャグチャにしちまえ――!」
冒険者ギルド付属の酒場の中、ステージの壇上で、ロディは顔に傷のある男と対峙していた。
「じゃあ
……どうしてこうなった!
時は数分前、ロディがギルドの建物に入った直後にまで遡る。
◇◆◇
戸を開ければ、そこは酒場だった。
円形のテーブルで今日の稼ぎについて語り合う男たち、バーカウンターで店主に愚痴を垂れる女性、奥に設置されたステージの壇上で唄う吟遊詩人。
どこか懐かしい喧騒に、心が押し動かされる。
一瞬入る建物を間違えたのかと思ったが、どうやら冒険者ギルドはいくつかの施設が複合された建物のようで、この酒場を抜けてギルドの本館に行けそうだ。
そう考えて、人の波を掻い潜るように歩く。
――結果から言えば、一度外に出て本館に直接入るべきだった。
「あの兄ちゃん、見ない顔だな。新入りか?」
「見ろよ、あの傷一つねえ高そうな鎧! きっとお貴族様のボンボンだぜ。護衛に守られて、前に出たこともないんだろうよ」
値踏みするかのような視線に気付くが、無視をした。
都度あんな連中を相手していても意味はあるまい。
ちなみに鎧に傷がないのはウルリカの修繕魔法だ。魔法によって、鎧はまるで新品同様に蘇った。
「ヘヘッ」
その中の一人が、足を掛けて転ばせようと足を伸ばす。
下卑た笑み、伸ばされた無精ひげ、太くたくましい腕、獲物は斧。まるで山賊のような風貌の男だ。
魔が差して、つい、伸ばされた足を力強く踏みつけてしまった。
「痛え! 何しやがるこの野郎!」
足を踏まれた男は激昂し、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。
「だっせえなぁ、やり返されてやんの~」
男の仲間が囃し立て、さらに山賊風の男の顔が、怒りと羞恥で赤く染まる。
「クソがぁ! おい、ガキ! こっちに来やがれ、決闘だ!」
「何故だ、嫌だ、断る」
なぜこんな相手と決闘などせねばならないのか。
だが、さらに相手を怒らせたようで、山賊風の男は己の獲物に手を伸ばし――
「まぁ待てよ」
仲間の一人がその男の肩に手を当てて押しとどめた。
「止めるなヴァイス!! コイツを一遍死なせて分からせてやる……」
制止を無視して、斧を手にした男はこちらににじり寄ってくる。
「だから――」
ヴァイスと呼ばれた背の高い男は、山賊風の男の頭を鷲掴みにして床にたたきつけた。
「待てって」
「ぐあッ……ヴァイス、何しやがる!」
藻掻く男の頭から手を放さないまま、ヴァイスは告げる。
「落ち着けよ。仕掛けたのはお前、負けたのはお前、つまり悪いのはお前だ。分かるか? 頭冷やせ」
「ぐぅっ…………分かった、分かったよ、ヴァイス。だから手ェ放せ!」
ヴァイスが手を放すと、山賊風の男は自分が蹴倒した椅子を立て直し、舌打ちして座り込む。
「悪かったな、兄ちゃん」
ヴァイスが話しかけてくる。その顔には大きな傷跡があった。
死ねば傷が治るような世界で、これほど目立つ傷跡が残るとなると、訳アリなのだろう。
「いや……こちらも悪かった。すまない」
こちらの謝罪を受けて、山賊風の男は「ケッ」と悪態をついた。
その姿を見てヴァイスは愉快そうに笑う。
これでどうにか丸く収まったかと、ロディは内心ほっとする。だが、そう上手く事は運ばなかった。
「なあ兄ちゃん、俺と決闘してみねえか」
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