10話 ウェルカム

 膠着状態だったアランと真竜の戦いが、再び幕を開ける。


 ドラゴンはその翼を広げて飛び立つ。羽ばたきで風が吹き荒れ、その風圧は離れた場所にいるロディまで届いた。

 空は、翼あるものの独壇場。天に人の剣が届くはずもないのだ。

 ――それが、ただの人間であったなら。


「飛んで、いる……?」


 アランは地面を強く蹴り、跳躍する。当然、それだけで翼を持つドラゴンに追いつけるはずもない。

 だが、そのまま落下するかに見えた彼は、何もない空間を蹴り上げて、見る見るうちに空へ登っていく。

 ――否、何もないわけではない。魔法で透明な魔力の板を作り出し、空中に固定することで、それを足場としているのだ。


 ドラゴンが放つ巨大な炎の球をアランは足を止めることもなく斬り裂きながら、上へ、上へと昇り、天にその身を届かせた。


 追走してきた存在に対し、ドラゴンはその鉤爪を真っ直ぐに振り下ろす。――小細工など不要。竜にとって、力こそが権威であるが故に。

 最強の種との呼び声も高い竜種、その頂点に君臨する真竜の、人など容易に消し飛ばす威力の一撃。それをアランは、両手で握った太刀で真っ向から受け切った。

 地上から場所を変え、空中で、人と竜が、白兵戦を繰り広げる。


「ウソ、だろ……」


 次いで二合、流れるように三合と、刃と爪が打ち合い、火花を散らせる。

 そして四合目、アランは足場にしていた魔力の板を消失させて、自ら落下することで、竜の攻撃を逸らす。

 大振りの攻撃が空を切り、隙を見せた竜の腹目掛け、アランは再び跳躍して突きを繰り出す。

 対するドラゴンは、空中で体を捻り、腹部に比べて堅固な背中の鱗でアランの刺突を防御した。刃は竜鱗の上を滑るように流れ、アランにとっての好期は、一瞬にして窮地へと変化する。


 竜はさらに、空中で回転するかのように体を大きく捻った。――人とドラゴン、その体積差は火を見るよりも明らかであり、身じろぎ一つが体に掠るだけで、致命傷になりかねない。

 アランは刀での防御を放棄し、空中で大量の魔法の板を作り出した。

 その透明な板は、竜にとっては障壁、アランにとっては足場となり、竜が障壁を破壊する合間にそれを蹴って加速し、離脱する。

 ある程度の距離を放したところで、すかさずに転換。アランは刀を上段に構え、竜の頭部目掛けて斬り下ろすも、躱される。


 その後も、魔眼を持つロディでさえ目で追うのがやっとの攻防が絶えず繰り広げられ、アランの握る太刀と竜の巨大な爪が大きくぶつかり合い、力と力の押し合いになる。


 刀と爪、人と竜、本来起こりえない鍔迫り合いの後、両者は弾かれるように後方に飛び退き、その間に距離が生まれた。

 ――白兵戦の後に起こったのは、魔法戦であった。


 ドラゴンは空中に土の礫を大量に作り出し、口から吐いた炎とともに放射する。

 対するアランもまた、巨大な炎弾を射出して竜の炎を相殺し、魔法の障壁で土の礫を防ぐ。


 攻撃を凌ぎ切ったアランは、左手を刀から放して上に掲げ、再び炎弾を生み出した。しかし、そのまま放たず、再度魔力を流し込む。

 炎はアランの手から発生した風によってその形を変え、渦を巻いていき、まるで燃え盛る竜巻のようになっていく。


 炎渦が竜の背丈以上に巨大になった頃、アランは左腕を竜の方に向け、その巨大な炎の渦を竜目掛けて放った。

 吹き荒れる炎渦をドラゴンは避けようともせず、正面から火炎の息吹で掻き消す。その勢いのまま空中で加速し、アラン目掛けて突進する。


 そして、アランは――


「笑った……?」


 ロディには、彼が笑みを浮かべているように見えた。


 アランは腰に下げた魔法の袋から球状の何かを取り出す。そして、突進する竜を限界まで引きつけ、跳躍して躱し、球を放り投げた。


 竜の眼前でその球は膨張し――


「――――ッ」


 甲高い音とともに強く発光する。

 その巨大な光は一瞬とはいえ、まるで第二の太陽のように強く輝いた。防御していたアランはともかく、超至近距離でその音と光を浴びた竜は一溜りもない。


 大きく減速し、空中で悶える竜の背にアランは降り立ち、


「落ちな」


 その場で竜の背を蹴って跳び、落下の勢いを載せて蹴りを放った。

 大きく体勢を崩し、飛ぶことがやっとであった竜には、その攻撃に為す術はなく、上空から地上へとその体が一気に叩き落される。


 蹴り落された真竜は、先ほどまでアランと睨み合いをしていた場所、つまりはロディたちの目前に落下した。

 地上には巨大なクレーターが作り出され、衝撃波が爆風のように吹き荒れた。


 これには然しもの竜も無傷とはいかないようで、大きく呻き声をあげている。

 そして、アランは――


「ここだぜ」


 ドラゴンが倒れ伏す広場、そこに面した二階建ての民家の屋根の上に、アランは立っていた。

 見下ろすものと見下されるもの、その立場が逆転していた。


 真竜はその首をもたげ、咆哮する。それに応えてアランは屋根を飛び出し、竜目掛けて駆けだした。

 飛来する炎弾を潜り抜けるように避けて、竜の頭上へと迫る。そして、空中に作り出した足場を蹴って加速し――、


「桜華――」


 手の中の太刀を竜の首目掛けて、振り抜いた。

 閃光のように煌めいた白刃は、竜の首へと吸い込まれるように迫り――、


「一閃ッ!!」


 一刀のもとに、真竜の首を斬り落とした。


 それは終極を告げる一撃。頭部を失ったドラゴンは、ゆっくりと崩れ落ちる。

 


 ロディは、無意識のうちに膝を着いていた。


 ――頂に、手をかけたと思っていた。

 強者達と斬り結んできた過去が、英雄と呼ばれた過去が、それを肯定していた。

 そして、『大進行』の日、その驕りは打ち砕かれたのだ。

 だが、


(頂点とは、こうも遠いものなのか)


 自分たちは、井の中の蛙でしかなかったのか。死に物狂いで戦い続けたあの日々に、意味はなかったのか。


「おお! ロディ、来てたのか」


 太刀を鞘に納めたアランが、片手を上げながら声をかけてくる。

 その瞳の色は、輝く黄金。――彼もまた、ロディと同じ、魔眼の持ち主だ。


 ――どうしようもない敗北感があった。醜い嫉妬の心があった。

 だが、


(心のうちで燃える、この想いは、なんだ)


「ちょっと待ってろ、消える前にさっさと剥ぎ取ってから――」


「アラン」


 アランの言葉を遮って、語り掛ける。


「俺も――俺も、冒険者になれば、君のように強くなれるのか。強くなれば、俺はもう一度、アイリを守れるのか」


 溢れ出る言葉が、止められなかった。


「あの猫耳の女を倒す力が手に入るのか。死んでいった者たちに、意味を与えられるのか。俺は――」


「知らねぇよ」


 逆に言葉を遮られる。


「俺はお前の姫様なんて知らん。お前が何に負けたかなんて知らねぇ。お前が強くなるかなんて、知るわけねぇだろ」


 アランはロディに向けて、真っ直ぐに指をさし、


「決めるのはお前だよ、ロディ。ここで膝を着いたまま立ち止まるか、まだ足掻き続けるのか――選べ」


(俺は――)


 腰に下げた剣の柄を強く握りこむ。それだけで、力が湧いてきた気がした。


「足掻くよ。……足掻くとも。こんなところで、立ち止まるわけにはいかないんだ。俺の刃はまだ、砕けてなんていないんだから」


 アランに差し出された手を握り、立ち上がる


「ようこそ、冒険の世界へ。歓迎するぜ、この俺様がな」

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