11話 死の安い世界
「……終わった?」
リーリアが声をかけてくる。ロディとアランが話し込んでいる間に、彼女はドラゴンの死体に近寄っており、ナイフで竜鱗や牙を剥ぎ取っていたようだ。
「おお、悪い悪い。あとは俺がやっとくから、ウルリカの方に行ってきてくれ」
リーリアはこくりと頷き、民家の屋根の上へジャンプして跳び乗った。そのまま屋根の上をまるで飛ぶように駆けていく。
(やっぱり、リーリアも相当だなぁ)
ぼんやりとそんなことを考える。二階建ての建物に助走なしで届くとは、一体どんな脚力なのか。
それはそれとして、
「アラン、そんなことをしていて良いのか? まだ街の中にドラゴンがいるかもしれないのに……」
「問題ねえよ」
アランは剥ぎ取りの手を止めずに応える。
「でけぇのは、こいつで最後だ。あとの奴なら教会の連中とか冒険者が勝手に倒すだろ」
「本当か? 冒険者らしい奴らがドレイク相手に全滅してたが……」
紅い髪の少女や五人組の男女のことだ。果敢に挑むも、あっさりと返り討ちになっていた。
「あー、まぁ冒険者ってのはピンキリだからなぁ。死んじまうか」
……なにか違和感がある。アランたちやミーコと話している時に何度も感じた、妙なズレだ。
「……なぁ、アラン。ここに来るまで何度も血だまりを見たんだが、人の死体も怪物の死体も見なかった。なんでだ?」
「そりゃあ食われたか、死んで、死体が消えたんだろ?」
――死体が消える。
「じゃあ、なんでそのドラゴンの死体は消えないんだ?」
アランはこちらに顔を向けることなく、剥ぎ取った戦利品を次々と魔法の袋に放り込んでいく。
「そりゃ必要とされてるからさ。死体が全部消えるなら、俺様が肉を食えねえじゃねえか」
――必要とされる死体。
「じゃあ――」
一番気になっていたことを訊ねる。
「死んだ奴らは、死んだあと、どうなるんだ?」
ここでようやく、アランはロディの方に振り返り、
「――そりゃあ、生き返るに決まってんだろ?」
と、あっさり言い放った。
◇◆◇
人は、死ねば終わりだ。
それが今までの人生で学んだ、ロディにとっての常識だった。
物心つくころには、すでに見知っていた常識。人は、病気になれば、何も食べられなければ、斬られれば、死ぬのだ。
死んだ者とは言葉も交わせない。死んだ者は何も必要としない。人は、死ねば蘇らない。
そして、ロディは騎士になるために、戦場で人を殺してきた。
命乞いをする者も、自分より若い者も、帰りを待つ家族がいる者だって、殺してきたのだ。
傭兵の中には、生きるために傭兵をしている者達が多くいた。だが、ロディは違った。
きっと、『魔眼』があれば、傭兵などやらなくても生きていけた。
それでも、自分の意志で殺してきたのだ。
なのに――
「……ああ、そうか。ロディのいた世界ではそうじゃないのか。この世界では、生物が死んでも蘇れるのさ」
どういう感情になればいいのだろう。
そんな馬鹿な、と驚けばいいのか。
何のために命を賭して戦ったのだ、と嘆けばいいのか。
あるいは死んでも蘇れるなんて最高! とでも喜べばいいのか。
(……今更だな。この世界で冒険者として戦うことになるんだ。きっと、喜ぶべきだ)
「イマイチ想像できないな。俺みたいに毎回魔法を使ってもらうわけでもないだろうし、ゾンビみたいに墓から這い上がって来るのか?」
あの魔法の行使でウルリカはかなり疲弊していたようだ。その上、普段ならお金をとっている、と話していた。
「おお、よく分かったな! その通りだぜ。墓から生き返るんだよ」
……冗談のつもりだったのだが。
「ん? この鱗の傷、俺がつけたもんじゃねえな。お前か?」
竜の後ろ足、ロディが剣で貫いた一枚だ。
「そうだ。……こんな傷しかつけられなかったな」
「へぇ。そうかい」
アランはその鱗を削り取り、ロディに投げ渡す。
「じゃあ持ってけ。御守りくらいにはなるだろ」
どうやら剥ぎ取りが終わったらしい。「よし」と言ってアランは立ち上がり、
「ついて来い。墓を作りに行くぞ。あれが無いと何処に復活すんのか分かったもんじゃねぇ」
「いや、待ってくれ。その前にやることがあるんだ」
◇◆◇
家族とはぐれてしまったらしいミーコを教会に送り届けるため、ロディはアランたちと共に教会に来ていた。
「ママ!」
「ミーコ! 良かった、無事だったのね」
ミーコは母と再会できたようで、獣人の女性と抱き合っている。
「あなた、今までどうしてたの? ケガはない?」
「ううん、大丈夫。あのお兄ちゃんが助けてくれたの!」
と言って、ミーコはロディを指さした。
「本当にありがとうございました。心優しい方なのですね」
こちらに向かってきたミーコの母親にお礼を言われる。
長い茶髪、狐のような耳、そして尻尾。顔立ちはどことなくミーコに似ている。きっとミーコは母親似だろう。
「いえ、私ではなく、彼が――」
結局ロディ一人ではミーコを守り切れなかったのだ。ドラゴンを倒したのもアランな訳で、称賛されるべきは彼の方だろう。
そう思いアランの方を向くが、アランはロディの肩を抱き、
「だろ? いやぁホントに良いやつなんだよコイツ! ドラゴンにまで立ち向かったんだぜ!」
困惑していると、ウルリカに耳打ちされる。
「素直に感謝されておきなさいな。あなたのしたことは、称賛されるべき行いですわ」
死んでも生き返れるなら、自分のしたことは意味のない行いだったのでは――
「確かに蘇ることはできますわよ。でも、あなたも感じたでしょう? 死ねば痛いし、魂が削れる感覚はとても辛いものですわ。あなたは、ミーコちゃんを助けましたのよ」
そうなのだろうか。こんな自分でも、誰かを助けられたのか。騎士らしい行いが、できたのだろうか。
「なんとお礼を言ったらいいか……」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
ならば、自信をもって胸を張ろう。人助けは、いいことなのだから。
◆◇◆
近衛となり、アイリーン姫の御付きとなったロディは、戦争が終わったことも相まって、戦場に出ることがめっきりと減った。
そんな中でロディがしていたことと言えば、人助けだった。
アルセイム王国の姫であるアイリーンは、はっきり言って変わっていた。
王城を抜け出し、街に繰り出しては近衛の騎士とともに人助けを繰り返していたのだ。ロディはそんなアイリーン直属の近衛で構成された、『人助け隊(アイリーン命名)』の一員となる。
人助けの一環として、ペット探し、揉め事の仲裁、時には悪漢や山賊退治まで行う日々。
普通に考えて、一国の王女がそんな行動をとることなど許されるはずもない。だが、心優しい彼女は愛されていた。国民に、騎士に、そして王にも。アイリーンには、人を引き付ける不思議な魅力があった。
当然、批判する者や国への不平不満を訴える者、心無い言葉をかける者もいた。
それでもなお、アイリーンは人助けを続けたのだ。危険を顧みずに積極的に人助けをする王女、それを見事に守り切る騎士たち。そんな姿は、国民から多大な支持を集めた。
ロディは、そんな日々を愛していた。
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