9話 初めて死んだ日
――暗い。月光が射さない新月の夜の様だ。
どこまでも深い闇の中、ただ一人きりで沈んでいく。
体は動かない。そもそも、体があるのかすら曖昧なのだ。何も感じないことを感じているような、不思議な感覚だった。
思い返せば碌でもない人生だった。与えられた力を振るい、戦場を駆け抜け、多くの骸を築き、剣に生きる益荒男を気取っていたのだ。そんな己が騎士など、名乗っていいはずがなかった。
結局のところ自分は、与えられた騎士の肩書が、師から託されたこの目が無ければ、子供一人守れないような人間だったのだろう。
否、それがあっても、守ることすらできなかったのだ。
名を捨てれば、弱い自分と決別できると思っていた。
――今こうして、借りた名前で汚名を重ねている。
復讐すれば、何かを取り戻せると思っていた。
――死んだ者に救いなど訪れるはずもないのだ。
戦い続ければ、友を守れると思っていた。
――守られたのは己だった。
その大きな背を追い続ければ、いつか超えられると信じていた。
――追いすがる前にその背は消え、託された願いも果たせなかった。
もう一度隣に立てば、それでいいと思っていた。
――それが彼女をさらに苦しめた。
もう、いいじゃないか。
英雄気取りの道化は消え、真の主人公が皆を救ってくれるのだ。
意識はさらに深くへ沈み、自分が、次第に、散らばっていく。
寒いとも熱いともわからない。くらいばしょは怖い。でも、きっとこうしていれば、みんなにまた、あえる。
だから、このまま――
「いや、だ……」
消えたくない。
「いやだ」
死にたくない。
「いやだ、いやだぁっ!」
道化のままで、終わりたくはない。
アイリにまた会いたい。
踏み越えてきた者たちに、ただ死んだわけではなく、その生に意味はあったのだと、そう教えたい。
頭上に、一筋の光が見えた。這い上がろうと藻掻くが、動けない。
探さなければ。なにか、ここから這い上がるだけの力を――
『――――』
――声が、聞こえた。
『――《
闇一色だった世界に光が満ちていく。
『――《
体が再構成され、散らばっていた自分が戻る。
『――《
頭上の光を目指し、泳ぐように這い上がる。
『――《
光に向かって手を伸ばせば、白い手が、ロディの手をつかみ――
『――《
引き上げられ、意識が覚醒する。
◇◆◇
目を開けて初めて見えたものは、茶色の髪、青碧色の眼、そして狐のような耳をした女の子、ミーコだった。
石畳の地面に座り込み、こちらを覗き込んでいたらしい彼女は、ロディと目が合うとその顔を輝かせ、
「ねぇねぇ! きしのお兄ちゃん、目を開けたよ!」
と隣の女性に声をかける。
そこにいたのは紫の髪のシスター、アランの仲間のウルリカだ。
彼女は跪いて両手を合わせ、瞑目して祈りをささげていたようだが、ミーコの声を聴いて目を開き、
「あら、ロディさん、目を覚ましまして?」
と言った。その表情からは若干疲れが見える。
「あなたは死んでいましたのよ。お墓も建てていないのに無茶しますわねー。わたくしが居なければどうなっていたか」
死んでいたとなれば、やはり先ほど見た光景は死後の世界か何かだろうか。
そして、先ほど聞いた声はウルリカのものだった。だが、
(あの腕はウルリカのものじゃない……?)
目を覚ます直前、おぼろげにだが、手を掴んで自分を引き上げてくれた存在がいたことを覚えている。はっきりとはしないが、ウルリカの手ではなかったように思える。
体を起こして状態を確かめれば、ドラゴンに引きちぎられた左腕は元に戻っており、見る限り体に傷は残っていない。おそらく服の下も同様だろう。
「墓を建てる」の意味はよく分からないが、この世界のジョークの一種だろうか。
「ありがとう、ウルリカ。二度も命を救われたみたいだ」
「別に気にするほどのことではありませんわよ。教会のお勤めならお金をいただいていましたが、わたくしが勝手に助けただけですわ」
あっけらかんとウルリカはそう言い放った。死者蘇生などロディが元居た世界でやればとんでもない偉業だろうが、それを随分と簡単に言うものだ。
(しかし、死んでも蘇る魔法があるとはなぁ)
アランたちに出会ってから驚かされてばかりだ。
「そういえばアランたちはどうしたんだ?」
アランとエルフのリーリアの姿が見えない。
先ほどアランに助けられたことは覚えているが、その直後に意識を失った(というか死んだ)ため、その後のことを覚えていない。
「アランなら――」
とウルリカが言いかけた瞬間、爆音が鳴り響いた。
その音に驚いたのか「きゃぅ!」とミーコが変な叫び声をあげて、隣にいるウルリカに抱きついた。
「まだ戦ってるのか!」
傍らに置かれていた剣を拾い、音のする方に向かって駆けだした。
「ちょ、ちょっと、ロディさん!?」
ミーコはウルリカが居れば、きっと守ってくれるはずだ。
しばらく走っていると、アランがドラゴンと対峙しているのが見えた。
「止まって」
近寄ろうとするが、素早い動きで間に割って入られ、止められる。
短く切られた金髪、白い肌、そして長い耳、エルフのリーリアだ。
「あなたが行っても、邪魔」
「それは……だけど、一人でドラゴンと戦わせるわけには!」
そもそも、なぜ仲間のはずの彼女が加勢しないのか。いくらアランが強いとはいえ、ただの人間が一人で、あの強大なドラゴンを相手にできるとは――
「心配ない」
リーリアは断言する。そして、アランの方を見つめ、
「なぜなら彼は、
その目に疑いの色は、なかった。
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