6話 何がために命を賭すのか

 教会は王城からそう遠くない場所に位置していた。そして、リーリアは王城の周辺で大規模な戦闘が起こっていると言っていた。

 故に、教会に近づけば敵との遭遇が増えるのは必然であった。


 岩石のような体躯を持ち、黒い鱗に全身を覆われた四足の竜、ドレイクだ。

 地竜ランドドラゴンの一種として数えられるが、彼らは幼体であり、成体になれば空を飛ぶ翼を手に入れ、天と地を統べる本物のドラゴンとなる。


(どこに行っても竜ばかりだ。本当に勘弁してくれよ)


 心の内で不満を漏らすが、当然状況は変わらない。ロディと狐耳の女の子(改めて名前を聞いたところ、ミーコというらしい)はすでに敵に発見されていて、二度目の逃走劇に身を投じていた。

 今のところは相手の動きが愚鈍なこと、小回りの利かないことを利用して逃げ隠れができてはいるが、もし他の怪物に見つかれば一巻の終わりだ。


(一旦ミーコを隠して、俺が囮になって逃げるべきか?)


 だがこの辺りではドレイク以外の竜種|(走竜ランドラゴン翼竜ワイバーンなど)が闊歩している。一人にするのも怖い。

 そんな焦りが、手を繋いでいるミーコにも伝わったのだろうか。


「お兄ちゃん、ミーコ、死んだほうがいい? ミーコが死んだ方が、お兄ちゃんはうれしい?」


「……え?」


 何を思ったのか彼女はそんなことを口にしてきた。こちらを覗き込む青碧色の瞳と目が合う。その目に反射して映るロディはひどく面食らったような顔をしていた。

 違う。騎士が子供に見せるべき表情は、そんなものではないだろう。


「まさか! お兄ちゃんがミーコちゃんをお母さんのところに連れてってあげるから。だから大丈夫さ」


 虚勢を張れ。子供の前でくらい格好つけてみせろ。そう自分に言い聞かせて優しく笑いかける。


(やるしかないか……)


 ロディが剣の柄に手をかけた、そのときだった。


「そこまでよ」


 凛とした声が響き渡り、ロディが、ミーコが、そしてドレイクが、その方向に振り向いた。


 そこにいたのは、紅毛の髪を長く伸ばした少女だった。真っ直ぐとこちらを見つめるその目は、まるで宝石のような瑠璃色の瞳であった。

 一般的に見て美少女と呼べるであろう彼女の右手には、銀色に輝く直剣が握られ、体には金属の鎧を身にまとっている。その出で立ちは、もし女性の騎士がいたのなら、きっと彼女のような姿なのだろうと思わせた。


「こいつは私が引き受けるわ! さぁ、行って!」


「すまない。助かった!」


 言って、ミーコの手を取り即座に走り出す。


(想定外の出来事だったが、これでなんとか――)


 残った紅毛の少女のことが気になって、足を止めないまま振り返った。

 彼女は何事か呟いている。その全身からは魔力が流れ出ており、魔法を使ったのだと分かった。ひとつ息を吐き、両手で握った直剣で斬りかかる。その動作は風のように素早い。もしかすると、それが魔法の効果なのかもしれない。


 白銀の刃が弧を描き、漆黒の地竜に迫る。


 きっと彼女はここまで、努力を重ねてその剣を磨き上げてきたのだろう。それは無駄の少ない、綺麗な一撃であった。

 だが、その剣撃はロディから見て、悲しいほどに凡庸な一撃であった。

 天から才を与えられたわけでもなければ、多くの戦いを切り抜けてきた者の剣でもない。

 少し振りが速いだけの平凡なそれであった。


 少女の放った渾身の一撃は、無情にも竜の鱗に傷一つつけることなく、あっさりと弾かれて終わった。

 彼女は剣を引き戻し、体勢を立て直そうとする。だが、次の一撃を繰り出すことも、防御することも叶わず、ドレイクにその上半身を噛み砕かれ、絶命した。


「――――」


 手を貸してくれた存在の死に何も思わなかったわけではない。だが、彼女が死んだ今、ドレイクの次の獲物はロディとミーコなのだ。ここで立ち止まる訳にはいかなかった。

 しかし、ロディの懸念は杞憂となる。


「おいおい、アイツ先走って死んじまいやがったぞ」


「何してんだよ、ったく」


 ゾロゾロと五人の男女が現れる。


 黒いローブに木製の杖、革鎧にシミター、果ては上裸に無手と、格好も持っている獲物もバラバラな五人組は、一斉にドレイクに襲いかかる。


「ヒャッハー!! 竜の素材だぁ!」


「囲め囲め~!! 殺せば一攫千金よぉ〜!」


「鍛え抜いた我が拳を試すには絶好の相手! 竜よ! 受けてみよ!」


 炎や氷の魔法が、白刃が、拳が、ドレイクの体を捉える。

 しかし、どの攻撃も有効打にはならず、ドレイクはお返しとばかりに革鎧の男を食い千切る。


「馬鹿な……我が一撃を受けても倒れぬとは……」


 彼らは果敢に挑むも、一人、また一人と数を減らしていく。


「なんなんだよ、アイツら……自殺しにでも来たのかよ……」


 だが逃げ出すには好奇だ。その光景を見せぬように、ミーコの手を強く引いて早々にこの場を離脱した。


◇◆◇


「どうするべきかな……」


 ドレイクから逃げ出したロディたちは、教会にかなり近い位置にまで近づいていた。

 そして、教会に行くためには目の前の階段を上り、その先にある広場を抜けるのが一番の近道だ。(と、ミーコが言っていた)


(さっさと教会に行きたいが……)


 問題はその階段の前に居座る一匹のドレイクだった。

 先ほど見た黒い個体とは別のようで、その体表は緑の鱗に覆われており、体格は一回りほど小さい。

 

 その周辺では血だまりが出来ている。きっと自分たちと同じように、教会へ避難しようとした人々のものだろう。

 ……もしかすると、先ほど見たように、無謀にもドレイクに挑んだ者たちの慣れの果てかもしれない。


 幸いなことに、今のところは見つかっていない。選択のチャンスがある。

 つまり、迂回するべきか、押し通るかだ。

 迂回すれば安全、とも限らない。結局のところ他の怪物に見つかる危険はあるのだ。しかし、押し通るとなれば――、


(俺が、奴を倒さねばならない)


 相手は動きが愚鈍であり、上手く事が運べば横を通り抜けられるかもしれない。しかし、それではミーコを危険にさらすことになる。

 こちらが囮になるにしても、そもそも教会が絶対に安全とは言い切れないのだ。一人で先に進ませるのもやはり危険だ。

 ドレイクの話は、元居た世界でも聞いたことがある。怪物どもの進行が始まってから前線で戦い続けた猛者たちが、十数人の死者とそれ以上の怪我人を出してようやく討伐に成功したのだ。


 そんな相手に、たった独りで挑まねばならない。


(勝てるのか、俺が?)


 ふと気づくと、ミーコがロディの顔を覗き込んでいた。


「お兄ちゃん、ミーコは――」


 頭をなでて、続く言葉を止めさせる。


「お兄ちゃん?」


「大丈夫だよ。ミーコは何も心配しなくていいんだ。お兄ちゃんが、あの悪い奴をやっつけるから」


「本当に? ミーコ、死ななくてもいいの?」


 ロディはピースサインを作って、


「俺を信じろ! 言っただろ? お兄ちゃんはカッコいい騎士様なんだぜ」


 胸を張り、かっこいいポーズを決める。道化でもいい。目の前の少女を信用させられるなら。


「うん、しんじる!」


 ミーコは花のような笑顔を見せる。それはロディが彼女と出会って、初めて見る笑顔だった。

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