4話 重なる光景

「もうすぐ着く。準備して」


 御者台にいるエルフのリーリアから声がかかる。ロディがアランたちと話し込んでいる間に、馬車(?)は街に近づいていたようだ。それほど長く話し込んでいたのかと思ったが、


「走るスピードが速くなってたのか」


 窓の外の景色は、先程までのゆったりとした動きとは大きく異なり、その速さはまるで疾風の如く、窓から見える木々が一瞬の内に左から右へと流れていく。街に近づいたからだろうか。いつの間にやら下の地面も舗装された道になっていた。


「馬なんかとは比べ物にならねえだろ、うちのイーファンは」


 アランは自慢げにそう言った。


「ああ、驚いたよ。でも、こんなに速ければ車体はもっと揺れるものじゃないのか?」


 ロディが馬車の速度の上昇に気が付かなかった原因はそこにある。走る速さが変わっても、車内にいる自分はその影響を受けていなかった。


「それはこの馬車が魔道具だからですわ。あなたが身に着けている『翻訳機』やアランの持っている『魔法の袋』なんかと同じですの」

 

 ウルリカの解説が入る。『翻訳機』は先ほど渡されたチョーカーと耳栓のような物のことだ。

 チョーカーは着用者の思考を読み取り、声に乗せて魔力を送る。そして魔法の力で着用者と声を聴いた者の間にパスを作り、着用者の言葉を相手に解せる形で届ける。耳栓はその逆の働きで相手の声を着用者に伝える。

 それによって話す言語が違う相手とも会話が可能になるらしい。

 ちなみに『翻訳機』は感度を調整することも可能であり、感度を高めれば動物とも話せるんだとか。

 

 『魔法の袋』とはアランが『翻訳機』を取り出すときに使っていた革袋のことだ。片手で持ち運べる程度の大きさのそれは、見た目とは裏腹に大量の物を収納できるようで、入れたものを小型にして異空間に保存するのだとか。

 先ほどアランはその袋から、四人が乗っている馬車を取り出していた。事も無げに小さな袋から大きな馬車を取り出して、それを片手で持ち上げる彼には度肝を抜かされた。しかもその馬車を狼に引かせようとするのだからさらに驚きだ。住んでいる世界が違うとはこういうことを言うのだろう。

 ちなみに彼曰く馬車をあと百個は収納できるらしい。


 『翻訳機』と『魔法の袋』、そのどちらも超が付くほど便利そうな道具だ。そのうえ、この馬車まで魔道具となると、やはり彼らは只者ではないのだろう。もっとも、この世界に来てから比較できる対象と会った訳ではないのだが。


「つまり……この馬車はどんなに速く走っても揺れない、ってことか?」


「その認識でだいたい間違いありませんわ。あと、大きな衝撃を受けても基本壊れませんし、今はこのくらいの大きさですが、もっと大勢で乗ろうとすると馬車が勝手に大きくなりますのよ」


 今乗っているこの馬車は、車内に四人、御者台に二人乗れる程度の大きさだ。それが勝手に大きくなるらしい。

 ……頭が痛くなってきた。

 

「この世界の人は皆こんな物を持っているのか? もしそうなら恐ろしいんだが」


「んなわけねえだろ。一応、魔道具を作れる人間はそこそこ居るには居る。だが、俺たちが使ってるやつより有用なものは市場には出回らねえし、そもそも作れねぇ」


「私たちの持っているこれらはアーティファクト……つまりは古代の遺物ですわ」


 現代より古代の方が技術力が上だったのだろうか。『眼』を凝らして観察しようとすると、馬車から魔力が見えた。元いた世界でも『大進行』の後、魔法が発現した時に見えていたものだ。

 他にも、『魔法の袋』やウルリカの牧杖からも魔力が見える。そして、ひと際目立つのが、アランの持つ大振りの刀だ。他のものと比べて明らかに魔力の量が大きい。


「要するに、俺様達が超強くて、超凄い冒険者だから魔道具をたくさん持ってんだよ」


「じゃあ、その刀とか杖もアーティファクトなのか? 袋と同じように魔力が見えるんだが」


 それに対してウルリカは驚いたような様子を見せ、


「魔力が見える……? じゃあ、あなたは『魔眼』の――」


「待って」


 ウルリカが何事か言おうとしていたが、御者台のリーリアから再び声がかかる。


「王都についた。けど、何か変。多分、襲撃されてる」


 馬車がその速度を落としていく。だが、


「マジかよ! 聞いてた話と違えぞ!」


 アランは扉を蹴り開け、馬車が停止しないうちから外に飛び出した。ため息をついてから、ウルリカもそれに続く。状況についていけないロディはワンテンポ遅れてから、空いた扉から飛び降りた二人を捜した。

 普通なら怪我の一つでも負っていそうなものだが、彼らは事も無げに着地して、馬車を追い抜いて走っていく。


「……俺もやらないといけないのか? あれを?」


 落馬した時を思い出す。よし、止めよう。停車を待つことにしよう。


 そうこうしているうちに馬車は止まり、ロディも立て掛けていた剣を帯びて馬車の外へ出た。リーリアも既に二人の後を追ったようで、御者台から姿を消していた。


「これは……」


 パールザールは城郭都市だった。石造りの巨大な城壁が街の外と内を隔てている。だが、


「門が、破られてる……」


 巨大な力で外から内へと押し開けられたようだ。もはやその門は、外敵を阻むという目的を果たすことなく、無様をさらしている。

 急いで三人の後を追い、都市内に入った。一瞬馬車と狼を放置してもいいのか気になったが、こちらが考えていても仕方ない。


 壊れた門を抜け、都市に入ったロディが見たものは、まるで前日の出来事の焼き増しであった。巨体の生物に踏み荒らされた街道、焼える家々、飛び散った鮮血。

 崩壊した祖国と目の前の光景が重なる。


 後悔、喪失感、無力感、憤り、哀惜。

 姫を救わなければという使命感と未知の体験の高揚感で押さえつけていた感情が、溢れそうになり、次第に、呼吸が、荒く、なっていく。


「――い、おい! ロディ!」


 肩を揺り動かされ、意識が引き戻される。前を見れば、そこにはこちらの顔を覗き込むアランがいた。


「大丈夫かよ、おい。すげぇ青い顔してたぞ」


「……ああ。大丈夫だ。すまない」


 そう、大丈夫だ。心がどうなろうと体は動く。死なねば安い。今までと変わらない。


「本当に大丈夫ですか? 治療魔法が必要ですの?」


「いや、こんな惨状だ。それが必要な人はもっと他に――」


 言いかけて、気づいた。血痕こそあれ、敵や町民の死体が一つも見当たらない。生存者の姿も同様だ。まだ血は新しいものに見える。怪物に食べられたにしても、肉片の一片さえ見えないのは妙だった。


「もう西門周辺には人は残ってねえようだな」


「そうですわね……リーリア、今どこで戦闘が起こっているか分かりますかしら?」


 問われたリーリアはあたりを見回す。その長い耳が僅かにピクピクと動いているのが見えた。


「東と南の方。特に、東の王城のあたりが激しそう」


「んじゃあ取り敢えず東の方に向かうか。敵の親玉もそこにいるだろうしな。――ロディ、お前は隠れながら北東に向かえ。白くてデカい建物……教会がある。そこに匿ってもらえ。あそこなら持ち堪えるはずだ」


「俺に何か手伝えることはないか? アランたちは戦いに行くんだろ? 力になれることは……」


「ない。何より、今お前に死なれると面倒だ」


 はっきりと足手纏いを宣告される。反論しようとするが、言葉が続かない。彼らについて行っても、自分が役に立てるとは思えなかった。


「……わかった。」


「よし。東には近づきすぎるなよ。あとは……空には気をつけろ」


 そのとき、東から巨大な咆哮とそれに続いて衝撃音が聞こえた。


「……とっとと行かねえとヤバそうだ。じゃあロディ、あとでな」

 

 そう言って彼らは駆け出していく。見る見るうちに距離は離され、すぐにその背中はすぐに見えなくなった。

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