3話 道中、馬車にて

 馬車に揺られながら窓の外を眺める。見渡す限りの広大な草原で、草花が風に揺られているのが見えた。大小さまざまな動物が時折顔を出し、各々違った動きを見せている。

 元居た世界では見たことのない彼らの姿に、若干の興奮を覚える自分がいることに、ロディは気づいた。


(残してきた主を一瞬でも忘れて、何をやっているんだ、俺は……)


 踏み均された土道の上を行くこの馬車の動きは遅い。

 それは同乗している彼らもまた、ゆっくりと変わる景色を楽しんでいるからか、あるいはロディとの会話を楽しむためかもしれない。もしくは――そもそもこの馬車を引いているのが馬ではないからだろうか。

 白銀の体毛に爛々と輝く赤い瞳をもつ巨大な狼、『ホワイトファング』。凶暴かつ強力、その上めったに人前に姿を現さないという希少なこの生物(と聞いた)は、飼い主であるらしいアランの命ずるがままに馬車を引いている。


 森を抜けた先に、自分より一回りも二回りも巨大なこの生物がいた時にはとても驚いた。

 ちなみに名前はイーファンというそうだ。

 そして、その馬車(犬車? 狼車?)の上で手綱を握るのは金髪の少女だ。ロディが彼女と言葉を交わしたのはお互いの自己紹介の時、


「リーリア。よろしく」


 という一度だけだ。これはアランによると、他人と話すのが好きではないからだそうだ。そんな彼女の種族はエルフらしい。その大半が森で暮らし、自然を愛する長寿な種族だと聞いた。


「わたくしたちが向かっているパールザールは、ファーゼル王国の王都ですわ。大陸の中間部に位置していて、沢山の人々で賑わういい街ですのよ」


 そう語るのは薄紫の髪の女性だ。彼女は教会の司教で、名前はウルリカ・シーメア。エルフの少女と対照的に人と話すのが好きなようで、先ほどからも馬車の外に見える動物の名前などを教えてくれていた。

 ロディの傷を癒した治療魔法や装備を修復した修繕魔法は彼女が行ったらしい。


「パールザールの飯は王都なだけあってメッチャうまいぜ。夕暮れの三日月亭のジューシーサンドは手ごろな値段なのに美味くておススメだな。あの街の難点を挙げるなら魚はあんまりなとこかなぁ」


 というのは赤髪の男、アランの言だ。彼は「大半の生物は食べたことがある!」と豪語しており、先ほどからウルリカの動物解説に、味の所感やおいしい食べ方の補足をしていた。


「あなたは食べること以外に考えるものがありませんの?」


「食って飲んでは冒険者の華だろ?」


「それは……むぅ、否定できませんわね……」


 彼ら三人は冒険者で、一緒に旅をする仲間だとか。その関係は傍から見ても良好なようで、羨ましい限りだ。


「じゃあ、そろそろロディの話を聞かせてくれよ。なんで森の中で倒れてたんだ?」


「それはわたくしも気になりますわね。随分深い傷でしたし、火傷もしていましたもの。強力な魔物にでも襲われましたの? それにどうやってこの大陸に?」


 話題が変わり、今度はロディの話になった。


「私の話は、あまり面白いものでもないと思います。アランさんやウルリカさんに不快な思いをさせてしまうかも――」


「さっきから気になってたんだけどよ……ロディ、敬語使うのやめろ。めんどくせえ」

 

 そう言って、アランはロディの話を遮った。


「ですが、私はあなた方に恩が――」


「だから、もっと気楽に話せよ。私とか無理して使ってんのが見え見えなんだよ。それに『さん』とか付けんな気持ち悪い」


 ウルリカも彼に同意見のようで、


「わたくしも楽に話せばいいと思いますわよ? 冒険者同士なんて大半がため口ですし。わたくしのはただのクセですわ」


 少し、悩んでしまう。恩人であり、高い身分であろう彼らに、本当に砕けた口調で話してもいいものだろうか。

 だが、その表情を見る限り、彼らは本気で敬語を止めさせたがっているようだ。


「……わかったよ。アラン、ウルリカ。でも、俺の話がおもしろくないと思うのは本心なんだよ」


◇◆◇


 ――俺のいた世界には、もともと魔法なんて無かったんだ。


 今から大体二年前、後に『大進行』と呼ばれる現象が起こった。

 ゴブリン、オーク、ガーゴイル、ドラゴン。そんな空想の産物でしかなかった者たちが、世界各地に出現した『裂け目』と呼ばれる穴を通って現れた。

 奴らは思うがままに世界を荒らしまわり、多くの血が流れ、幾つもの国が潰えた。

 それまで戦争は人と人が争うものだった。ところが"ファンタジー"の登場で、殺しあっていた人々は、手を取り合って戦うようになったんだ。


 それでも、人の力は化け物共には及ばなかった。

 当然だ。俺たちに翼なんてない。手から炎を出すなんてできない。兵の数も有限だ。

 空を飛び、火を噴き、殺しても殺しても無尽蔵に湧き上がる奴ら相手に、勝機なんてあるわけがなかった。


 ――はずだった。

 前線で戦い続けるうちに、ある騎士が気づいた。敵を倒すごとに力が湧き上がる、と。

 そう、彼らは強くなっていた。それは剣術がうまくなったとか、敵の動きに対応できるようになったとか、そんなものではなかった。

 あるものは自分の何倍もの大きさの大岩を投げ飛ばした。あるものは剣風で遠くの敵を切り裂いた。あるものは百に迫る裂傷を受けても死ぬことはなかった。


 いつしか彼らは、生物としてのレベルが上がって、怪物に近づいていたんだ。

 

 そのうちに段々と魔法を使えるものまで現れ始めた。俺の主でアルセイム王国の姫、アイリーン・アルセイムもその一人だった。

 癒しの力に目覚めた彼女は、王国に無くてはならない存在になった。民や兵を癒す奇跡の力、王国に聖女あり、アイリーン姫万歳、とな。


 そうして人は、化け物共と戦う力を手に入れた。戦いで出る死者の数は減り、こちらから攻め入る余裕までできた。

 だから、慢心していたのだろう。


 その日は、普段前線で戦っている戦士たちが、こちらから攻撃を仕掛けるために王都を出払っている最中だった。

 これは俺が直接見たわけじゃないが、王都の目と鼻の先に『裂け目』が現れて、そこから化け物が溢れ出したそうだ。

 そのあと起こったのは蹂躙だったよ。化け物と戦える奴らはほぼ不在で、残っている兵は戦闘経験の少ない新兵ばかり。そのうえ護るべき民もいた。俺たち王城の兵が知らせを聞くころには、既に門が破られ、街に化け物共がなだれ込んでいた。

 家々は焼かれ、街道には血の川が流れ、広場には死体が積み重ねられていた。以前は人々の往来で活気立っていた王都は、怪物の跋扈する死の都になったんだ。

 

 俺たちは王都を捨てることを余儀なくされた。王家の血を絶やさぬために。いまだ戦い続ける兵を、逃げ惑う民を置いて。

 ……王都を脱出した時点で、生き残りは俺を含めた近衛の騎士十数名とアイリーン姫だけだった。


 ひとまず俺たちは、大進行の以前からの同盟国だった国へ逃げ延びようとした。だが、その道中で魔法を使う獣人の少女と戦闘になり――、


◇◆◇


「騎士は俺以外全滅。残った俺も敵の魔法で別世界へ飛ばされ、今に至るわけだ」


 車内に若干重い空気が流れる。


「……あー、てことは姫様は……」


 最初に口を開いたのはアランだった。


「そう、敵と一緒に向こうの世界に取り残されたんだ」


「それが早く元の世界に帰りたい理由ですのね……」


 ウルリカとアランはしばらく顔を見合わせてから頷き合うと、


「よし分かった! ここで会ったのも何かの縁だ。俺たちが力になってやる」


「あまり時間はありませんが、この街にいる間は協力させていただきますわ」


 なんと気持ちのいい人たちだろうか。この世界に来て初めて出会うのが彼らだったことは、とてつもない幸運だったといえる。胸にこみあげるものを感じて、少し顔をそらしてしまう。


「ありがとう。君たちに出会えて本当に良かった」

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