2話 邂逅
目を覚ますと、そこは森の中だった。木々が青々と生い茂り、日差しが葉と葉の間を縫って降り注ぎ、影を作っている。
身体が暖かなものに包まれるような感覚に負け、再び目を閉じる。
「このまま……」
いつまでも微睡の中にいたいという怠慢と速く動かなければという使命感がせめぎあう。
しかし、その状態は長くは続かなかった。
「――――!」
鳥か何かの甲高い鳴き声が重い頭に痛いほど響き、意識が急に現実へと呼び起こされる。
「ここは?」
頭がうまく回らない。確か、先ほどまでは――、
「猫耳の女と戦って……黒い裂け目に飲み込まれて……そうだ、アイリ!」
体を起こして主の姿を探すが、見つからない。そもそも意識を失う前の森はこんな場所ではなかった。
「雨の痕跡が見当たらない。こんな木はアルセイムに生えていたか?いや、それどころか――」
使えなくなっていた腕が自由に動かせる。傷や火傷も癒えていた。誰かに介抱でもされていたのか、寝袋の上に寝かされていたようだ。
少し遠くに、身に着けていた装備が置いてあった。
手に取って確認するが、武器や鎧の損傷も消えていた。まるで最初からあの戦いが無かったかのように。
自分を助けてくれた誰かがいるはずだ。そう考えて、あたりを見渡し始めた、その時だった。
「縺翫▲縲∫岼縺瑚ヲ壹a縺溘°」
少し遠くの方から声がかかり、声のする方へ振り向くと、そこには三人の男女がいた。
声の主は、倒木に腰かけた赤毛の男だった。長身で刀身の長い刀を帯びたその男は、立ち上がるとこちらへ向かってくる。
残りの二人は女性だった。
一人は薄紫の髪を長く伸ばしたシスターだろうか。その豊満な体つきと身体のラインの出る白い修道服、そして長い牧杖が目に付く。
もう一人は短く切りそろえられた金色の髪の少女だ。意匠の凝った長弓、動きやすそうな軽装、腰から下げた短剣。そしてスレンダーな体系は隣にいる女性と対のように感じる。
全員がクラクラしそうなほどの美男美女、格好もバラバラで随分と珍妙な三人組だが、警戒せざるを得ない。
その値が張りそうな武具や被服の数々からは高い地位を、その足取りからは歴戦の猛者を思わせる。全員軽装なのは自信の表れだろうか。
「逶ョ縺瑚ヲ壹a縺滓ァ倥〒繧医°縺」縺溘h縺九▲縺」
「縺九↑繧翫?豺ア謇九r雋?縺」縺ヲ縺?∪縺励◆縺九i縺ュ」
「あのー……すみません。何を仰っているのか分かりません」
彼らの話す言語は聞き覚えがない。少なくともアルセイム周辺の人間ではないはずだ。
何より気になるのは金色の髪の少女だろう。その揺れる髪の間隙から、長くとがった耳が見える。
物語に出てくるエルフという奴だろうか。もしそうなら敵だろうが、対する彼女らからは敵意を感じない。
「險?闡峨′騾壹§縺ェ縺??√?縺……?」
対応を決めあぐねていると、話の通じない相手に困惑したのか話し合いを始めたようだ。
「遒コ縺九%縺薙↓……縺ゅ▲縺溘≠縺」縺」
赤毛の男が腰に下げた革袋から何かを取り出した。
小さく丸みを帯びた物体が二つ。丸く大きめのリングのような黒い物体が一つ。見たことがないものだが、例えるなら耳栓とチョーカーだろうか。
彼は耳栓を耳に、チョーカーを首にはめてこちらに向き直る。
「縺ー、あー、聞こえるか?」
赤毛の男がそれらの道具を身に着けてから、急に言葉が理解できるようになった。だが、口の動きから、同じ言語を話しているわけではないことは見て取れる。もし耳栓とチョーカーの効果なら、一体どのような仕組みなのか。
「ええ、聞こえます。……こちらの言葉も届いているのでしょうか?」
「聞こえるぞー。この魔道具も久しぶりに使ったが、動いてよかったぜ。俺の名前はアラン。
赤毛の男――アランはロディの全身を見つめてから、
「金髪で碧眼。背丈は170後半くらい。見たことねえ徽章に装飾の多い剣と鎧。ほとんど魔物も出ねぇ森で、ずぶ濡れの死にかけ。その上に言葉も通じねぇ……アンタ、何者なんだ?」
と尋ねてきた。
「これは失礼をいたしました。私の名前はロディ・ストラウド。アルセイム王国の騎士です。魔道具……というのですか、それは?」
「アルセイム? 聞いたことねぇ国だな。それに魔道具も知らないってなると……ロディ、やっぱアンタは迷い人だな?」
その口ぶりからは、半ば確信のようなものを思わせる。もっともこちらは迷い人と言われても、よくわからないのだが。
「迷い人?」
アランは腕を組んで少し考えてから、
「今俺たちがいる場所は『バルトリース大陸』って言うんだが、その外から来た奴らのことさ。海の向こうから来たって言う奴もいれば、空の向こうから来たって奴、こことは別の世界から来たって奴もいる。大抵の奴らは酔っ払いか法螺吹きの類だが――アンタは違いそうだな?」
(あの猫耳の女が言っていたことは本当だったか。もしそうなら……)
「はい。おそらく私は迷い人で間違いないと思います。それと、私の治療をしてくださったのはあなた方ですよね。見ず知らずの私などを助けていただいて、心より感謝いたします。本来ならば何らかの御礼をさせていただきたいのですが……」
掴めなかった手、意識が途絶える寸前に見た主人の顔が脳裏から消えない。
「訳あって、今すぐにでも元居た場所に帰らねばならないのです。その方法をご存じありませんか?」
アランたちは顔を見合わせて幾つか言葉を交わしていたが、頭を振って、
「悪い。俺達は知らねぇな。迷い人が来るのなんて稀だ。その上自分からこの大陸の外に出ようとする奴なんざ、そうはいねぇ」
「そう……ですか」
(猫耳の女はたしか『いつの何処につながるか』と言っていた。別世界に飛ばす魔法があるなら、帰る魔法もあるはずだ。だが――魔法の使い方はわからない。誰かに聞くにも言葉が通じない。本を読むにも字が読めない。そもそも、帰ったところであの女に勝てなければ意味がない)
「どうすれば……」
思い悩むこちらの姿を見かねてか、アランはため息をつき、
「しゃあねえなぁ。こいつを貸してやるよ」
革袋から、もう一セットのチョーカーと耳栓を取り出して、こちらに手渡してきた。
「お借りしてもよろしいのですか? お高いものなのでは……」
「絶対に必要になるものだろ。細かいこと気にせず借りときな。帰るときに返せばそれでいいからよ」
ぶっきらぼうな言葉使いの男だが、見ず知らずの相手を助けたことといい、あっさりと高価なものを貸し出すことといい、アランは人情に厚い人柄のようだ。
「ありがとうございます。ケガの治療から、こんなものまで。アランさん、この恩はいつか必ず」
「おう。期待しとくぜ、ロディ」
そう言って笑うアランにつられ、ロディからも自然と笑みがこぼれた。
アランは後方の仲間に一言二言何かを告げ、こちらに向き直る。
「俺たちは近くの街、パールザールに行く予定なんだ。一緒に来るか?」
渡りに船な申し出だった。右も左もわからない森の中、放り出されたらたまったものではない。もし彼らと出会わなければ、そのまま森の中で朽ちていたに違いない。
「是非ともご一緒させてください」
「よし来た! 取り敢えずこの魔道具の使い方を教えてやるから、そのあとはロディの話を聞かせてくれよ。アンタが居た場所の話とか、なんで傷だらけで倒れてたか、とかな」
こうして、ロディはアランたちと行動を共にすることになったのだった。
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