第10話(2/3) そんなに大事な話なの?

◇   ◇   ◇


 陽大ようだいやセアラと話さないと1日がこんなに長く感じるなんて知らなかった。


 昨日からずっと2人とは口をきいていない。

 部室にも顔を出さなかったし、朝も早めに出て1人で学校に来た。

 昨日の昼休みに教室で陽大と紗羽さわちゃんがお昼ご飯を一緒に食べているのを見て、しかもそれがセアラの企みのせいだって聞いて。


 気持ちがずっと落ち着かない。


 陽大の心の声が聞こえれば、まだマシな気分になれるのかもしれない。

 もしかしたら陽大は「亜月あづきに心配かけて悪かったな」なんて思ってくれているのかもしれない。

 でも、やっぱり今日も陽大が何を考えているのかは分からなくて、だから私の心はフラフラ揺れたまま。


 キーンコーンカーンコーン


 いつもと変わらないのはチャイムの音だけ。

 午前中の授業が終わると私はそっと教室をあとにした。

 気持ちの整理がつかない今の状態では部室に行きたくない。

 だから入学して初めて学食に向かった。



 すぐに教室を出たのに学食はワイワイガヤガヤとにぎやかだった。

 定番らしい日替わり定食をカウンターで受け取ると、お盆を手にして隅っこのテーブルに1人ポツンと座る。


「いただきます」

 誰にも聞かれずにそう声に出すのはとても寂しかった。

 から揚げを食べても味がしない。ただもそもそと口を動かす。


「あれ、亜月ちゃん?」

 湧かない食欲を誤魔化そうとみそ汁をのむ私に声をかけてきたのはりんちゃん。

 総菜パンを手にして首を傾げている。


「珍しいね? いつも部室でお昼を食べてるんじゃないの?」

「……ちょっといろいろあって」

「あぁ、そっか」

 私から視線を逸らして凛ちゃんは頷く。

 陽大と紗羽ちゃんが昨日の昼に食事を一緒にとっていたのは、教室にいた人なら誰でも知ってる。

 あんなにど派手な重箱をつついていれば嫌でも目に入る。


「じゃあ私も今日はここで食べようかな」

 凛ちゃんは私の隣の席の椅子を引いて腰を下ろす。

「いいの? 教室で誰かと食べるんじゃなかったの?」

「いいよ。たまには私もここで食べてみたくて」

「……ありがと」

「ん? 何が?」

「私のことを気遣ってくれてるんでしょ?」

「あぁ、まぁ、ちょっとはそれもあるかな」

 声を落とす凛ちゃん。その様子からすると、今日も陽大は紗羽ちゃんと一緒なのかもしれない。

 訊きたくはないけど、知らないままというのもなんか落ち着かない。


「あのさ、今日も陽大は紗羽ちゃんとご飯食べてた?」

「えっと……うん」

「そっか。やっぱり今日もあのでかい重箱持ってきてたの?」

「ううん、今日はアフタヌーンティーみたいなのだった」

「アフタヌーンティーっ?」

 予想外の言葉に声を上げてしまった私に凛ちゃんは苦笑いする。


「そうだよ。なんて言うのかな、丸っこくて階段みたいになってる容器の上にいろんな料理が載ってたよ」

 身振り手振りを交えて説明してくれる凛ちゃんに、今度は私が苦笑してしまう。


「分かったかな?」

「うん、ありがと」

「けど亜月ちゃんは大丈夫?」

「大丈夫って何が?」

「その、中野くんが紗羽ちゃんと一緒にいることだよ。だって亜月ちゃんと中野くんは仲良しだから」

「仲良しっていってもただの幼馴染だからね。付き合ってるわけでもないし、いつかはこんな日が来るかもしれないとは思ってたし」

「こんな日って?」

「だから陽大が私じゃない女の子と仲良くなるってこと」

 凛ちゃんに心配してほしくなくて、さらっと口にしたはずの言葉。

 でも音になって耳にその声が届くと、私はずきりとした痛みを胸に感じてしまう。


「無理しないでね?」

 だから私を気遣ってくれる凛ちゃんには

「分かってる」

 としか返せなかった。



 結局そのあと、私たちはどちらも口を開くことはなく黙々とそれぞれの昼食を胃に収めた。

 静かな昼食はあっという間に終わってしまって時間を持て余した私は当てもなく校舎を歩き回っていた。

 まだ教室には戻りたくなくて無心で歩く私の耳に、校内放送で流れる音楽が届く。

 最近どこかで聞いたような気がすると思って記憶をたどるとすぐに思い当たった。


 私の誕生日プレゼントを買いに行く時、私に心を読まれたくなくて陽大が電車の中で聞いていた曲だった。

 曲に合わせて心の中で歌っていた陽大は音を外しまくっていた。

 あの時は、そんな下手だとこの曲が嫌いになるからやめてって言ったのに、今はそんな陽大の声が聞きたいと思ってしまう。


「あーっ、やっと見つけたー」

 声が聞こえてきたのは、ずぶずぶと思考の沼にはまってしまいそうだった私の背後から。

 振り向くとセアラが息を切らせていた。


「そんなに慌ててどうしたの?」

「どうしたのじゃないよー。あづっちがいないからずっと探してたんだよー」

「だったらスマホにメッセージでも送ってくれたら良かったのに」

「送ったのにー、あづっちが返信してくれないからー、あーしはずっと走り回ってたんだよー」

 セアラに言われて私はポケットからスマホを取り出す。

 そういえば、昨日の放課後からずっと電源を切っていた。


「ごめん、電源切ってた」

「だから既読も付かなかったんだねー」

「それでどうしたの? 正直言ってセアラとはまだあんまり話したくないんだけど」

「やっぱり怒ってるんだー?」

「怒ってるっていうか、自分でも自分の気持ちがよく分からないの。だからちょっと1人にしてほしいんだけど」

 私が淡々と応えると、セアラはギュッと唇をかむ。


「だよねー。うん、あーしが悪かった。あづっちの気のすむまで謝るよー」

「……別に謝ってほしいわけでもないんだけど。セアラがどうしてこんなことをしたのかは、なんとなく想像がつくし」

「ううん、それでもちゃんと謝りたいからー、あとでちゃんと謝らせて」

「あとで?」

「そうだよー、その前にあづっちにお願いしたいことがあるから」

「お願いって何?」

「今日の放課後、部室に来てほしいんだよねー」

 私の正面に立つセアラはすっと頭を下げた。

 自分で自分の気持ちが分かってない今の状況で、セアラとも話したくもないし、部室に行けば陽大にはどんな顔をすればいいのかもっと分からない。

 でもセアラがこんな風に真剣に頭を下げるのなんて見たことがない。


「どうしたの?」

「ここで詳しくは話せないんだけどー、ちょっと実験をしたくてー」

「実験か……。どうせ私と陽大をからかって、何もなかったことにでもしようとしてるんでしょ?」

「違うっ!」

 ガバっと頭を上げるセアラ。まっすぐ私を見つめる瞳は澄んでいた。


「……そんなに大事な話なの?」

「そうだよ」

 いつものように「そだよー」とは言わずセアラは私の反応をじっと待っている。

 そんなに真剣な顔をされたら困るのに。

 私だってこの状況をいつまでも放置することはできないのは分かってる。

 覚悟をしないといけないって思ってる。


「放課後でいいの?」

「うん、来てくれる?」

「セアラのわがままに付き合うのは今に始まったことじゃないしね」

「わがままなんてひどいなー」

 ようやくいつもみたくクシャっと笑うセアラにつられて私の頬も柔らかくなる。


「じゃあそういうことでー、よろしくねー」

「はいはい、分かりました」


 私が応えるタイミングを見計らったように午後の授業が始まる予鈴が響いて、私たちは慌てて教室へ戻った。

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