第10話(3/3) そんなに大事な話なの?

◆   ◇   ◆   ◇


「聞こえるな」

「うん、陽大ようだいが何を考えてるのか分かるよ」


 放課後のオカルト研究部の部室。

 隣り合って座る陽大と亜月あづきうなずき合う。

 向かい側でセアラはスティックの付いたキャンディーをなめながら2人を眺める。


「亜月、その……ごめん」

「ごめんってどうして?」

「だって不安にさせてしまっただろ?」

「それは……そうだけど」

 顔を下に向ける亜月に陽大は優しく語りかける。


「けど、何だ?」

「けどさ」と繰り返して、亜月はガバっと顔を上げる。


「『俺は悪くないけどとりあえず謝っておこう』って考えながらごめんとか言わないでほしいんだけどっ!」

「なっ、俺はそんなこと言ってないだろ? ルールを守れよ」

「そんなこと言って誤魔化そうとしないでよねっ!」

「誤魔化そうとしてるわけじゃないって」


 そんな2人に

「やっぱりー、あーしが思った通りだねー」

 セアラが両手を叩きながらアハハと笑う。


「これじゃ何の説明にもなってないだろ?」

「そうよっ! セアラが真剣な顔をして部室に来てって言うから来たのに、これじゃ何の解決にもならないでしょっ!」

「でもー、これで種井たねいがいない所ではテレパシーが通じるっていうのは分かったでしょー?」

「そうだけど、これだけじゃ種井さんがきっかけなのかは分からないままだぞ」

「そだねー。だからー、ちゃんと手は打ってるよー」

「手を打ってるってどういうことなの?」

 亜月がたずねるのと同時。


 コンコンっ――


 控えめに部室の扉がノックされた。

「中野っちが大事な話をしたいって言ってたから部室に来てって、種井には伝えてるからー」

「はっ!? そんなこと言ったらまた面倒なことになるだろっ!」

「大丈夫だってばー。……そうそう、種井は『そう中野くんが……』って顔を真っ赤にしてたよー」

 髪をかき上げる紗羽さわの真似までするセアラに陽大はジト目を向ける。


「中野くん、いるのかしら?」


 か細く揺れる紗羽の声が響き、陽大は立ち上がる。

「ほんとにこれでうまくいくのか?」

「たぶんねー」

「ったく」

 セアラに悪態をつきながらもこれ以上、紗羽を待たせるのは悪いと、陽大は扉を開いた。


「……っ!」


 開いた扉の隙間から中に陽大だけでなく、亜月とセアラがいるのをたしかめて紗羽は息をのむ。


「とりあえずー、入ってよー」

「けれど私は中野くんと話をするつもりで来たのだけれど。2人のいる所でできる話なのかしら?」

「種井さん、ごめん。セアラが変なことを言ったみたいだけど、ただの雑談だから」

「……雑談?」

「そうだよー、中野っちはヘタレだからー、安心していいよー」

 口を挟むセアラの耳元に亜月は顔を近付ける。


「ちょっと、陽大のことをヘタレとか言わないでよ」

「えー、でも、あづっちがいつも愚痴ってるじゃーん」

「陽大のことをヘタレって言っていいのは私だけなの」

「そっかー、じゃあしょうがないなー」


「その、私はどうすればいいのかしら?」

 話し込む亜月とセアラに紗羽は困惑を隠せない。

 陽大と話すつもりで部室に来たのに、そこには亜月とセアラもいて。

 しかもその2人が自分の目の前で話し込んでいる。


 亜月と陽大がいつもそばにいることは紗羽も知っている。

 2人の関係までは分からないけれど、もしかすると自分の陽大への気持ちが気付かれて、それに釘を刺そうと呼ばれたのではないのかと気後れしてしまう。


 引き返すべきなのか逡巡する紗羽に、セアラが小さく「チッ」と舌打ちする。

「だから、さっさと入ってって言ってるんだけど」

 初めて向けられるセアラの冷たい視線に紗羽の背筋が伸びる。


「セアラ、そんな言い方するなよ。俺は慣れてるからいいけど、種井さんはすっかりビビっちゃってるじゃねえかよ」

「だってー、時間がもったいないでしょー」


「その……」

 口ごもる紗羽に陽大が声をかける。


「大丈夫。すぐ終わるから、ちょっとだけ付き合ってくれないか?」

「……中野くんがそう言うのなら」

 ようやく紗羽は部室の中に足を踏み入れる。

 陽大がもといた場所に戻り、紗羽がセアラの隣の空いた椅子に腰かける。


「で、種井は中野っちのことが好きなの?」

 見計らったようにセアラが口火を切った。

「ちょっ、セアラ、いきなり何を言ってるんだよ?」

「そうだよっ! どういうつもりなのっ!」

 陽大と亜月が責め立てるセアラの横。


「……それは本人にだけ伝えるわ」

 紗羽が頬を真っ赤に染めてつぶやいた。


「そっかー」

 頷くセアラに陽大が声を上げる。

「そっかーじゃないだろっ! 種井さん、困ってるじゃねえかよ?」

「まー、それは置いといてー」

「勝手に話を進めるなよ」

「実験は始まってるんだよー」

「どういうことだ?」

「中野っちは、今、あづっちが何を考えてるか分かるー?」


 言われて陽大は耳を澄ます。

 亜月の目の前で紗羽をかばうようなことを口にして、亜月が何も思わないはずがない。

 けれど亜月の心の声は聞こえてこない。


「……聞こえないな」

「うんうん。あづっちはどう? 中野っちが考えてること分かるー?」

「……ううん、分からない」

「やっぱりねー」

 一人納得するセアラに紗羽が訝しげな目線を投げかける。


「中条さん、どういうことなのかしら?」

「種井には分かってるんじゃないの?」

「ごめんなさい、何のことなのかさっぱり分からないわ」

「そう……。簡単に言うと、中野っちとあづっちの間にはテレパシーみたいなのが通じてて、お互いの心が読めるんだけど、種井がそばにいるとダメみたいなんだよね」

「セアラっ、勝手にばらすなよっ!」

「そうだよっ! 気味悪がられたらどうするの?」

 自分たちの秘密をさらりと伝えたセアラに、陽大と亜月は慌てて口を挟んだ。


「……なるほど、そういうことだったのね」

 一方の紗羽は唇に指をやっている。


「種井は分かるんでしょ?」

「分かるというか、今分かったわ」

「分かったって?」

 訊ねる陽大に紗羽は一つ頷いてみせる。


「中野くんと花棚さんとの間に何かつながっている糸のようなものがあるのをずっと感じていたのよ。それがとても不快だったから、ある日、切れればいいと思ったら切れるようになったのよ。その糸のようなものが何なのか分からなかったけれど、ようやく分かったわ」

 一言一言たしかめるように言葉を継ぐ紗羽に、陽大と亜月は顔を見合わせる。


「なるほどねー。だってさー?」

 セアラの声を聞いて、呆然としていた亜月はすっと視線を移して紗羽の姿を捉える。


「それって紗羽ちゃんが願えば、いつでもできるの?」

「そうね。最近はできるようになったわね」

「最近っていつから?」

「……たしかインターンのあとからだと思うわ」

「やっぱり、そうなんだ」


 それは教室の中で陽大の心の声が聞こえなくなった時期と一致する。

 亜月は原因を突き止められたことに安堵する。

 けれど原因が分かったからといって、問題が解決したわけではない。

 だからこんなことを言うのはみっともない気もするのだけれど、それでも口から言葉が漏れるのを止められない。


「紗羽ちゃん、私と陽大との間のテレパシーを邪魔するのをやめてくれない?」


 すがるような亜月の思いを紗羽は黙って吟味する。

 じっと見つめる亜月の視線を正面から受け止め、


「いやよ」


 短く告げると立ち上がり部室の入り口へ向かう。


「どうしてなのっ?」

 亜月の声を背に受けながら扉に手をかける。


「だって……そんなのずるいじゃない」


 振り返らずにそう残すと、部室を出て行った。

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