第10話(1/3) そんなに大事な話なの?

◆   ◆   ◆


「中野っちー、ごめん」


 午後の授業が終わり荷物をまとめる俺に声をかけてきたのはセアラ。

 机の中の教科書や筆記用具をカバンに詰めてから視線を向けると、青ざめた顔をしていた。


「どうしたんだ?」

「しくっちゃったー」

「しくったって、何を?」

 セアラがチラッと亜月あづきの方を見やる。

 亜月はこちらに顔を向けずに教室を出て行くところだった。


「ちょっとここじゃ話しにくいからー、部室に行ってからでいい?」

「まぁどうせ行くつもりだったからいいぞ。けど亜月は先に出て行ったけどいいのか?」

「たぶんあづっちは今日の部活には来ないと思うよー」

「どうしてだ?」

「それも含めてちゃんと話するからー」

 セアラは両手でスカートの裾をギュッと握っている。

 口調は普段通りだけど、何かおかしい。


「大丈夫か?」

「あーしは大丈夫なんだけど……」

「けど?」

「とにかくー、部室に行こ?」

 何でもかんでもあけすけに言うセアラがこんなに口ごもるってことはよっぽど話しづらいことなんだろう。

 互いの心が読めなくなったことについて、亜月と話せていないのは気がかりだけど、今はセアラの話を聞いてやろう。


「分かった。じゃあ行くか?」

「うん」

 小さく頷いたセアラと一緒に俺は部室へ向かった。



「はぁ!? 何やってんだよっ!」

 部室に着き、セアラからもろもろの事情を聞いた俺は声を荒げてしまった。

「ほんと、そのー、ごめん」

 セアラは両手を合わせて頭を下げている。


「俺と亜月の仲が前に進まないから、どうにかしたいと考えてくれたのはまだいい。けどそのために種井たねいさんを間に入れようだなんていうのはやりすぎなんじゃないのか?」

「だよねー」

「だよねー、じゃなくてだな」

「でもー、種井があそこまで積極的に中野っちに絡むようになるとは思わなかったんだよねー」

「それはたしかにそうだな」

「でしょー? それだけ中野っちがいい男だってことだよー」

「俺をほめても状況は変わらないからな」

「ちっ、バレたか」

「セアラ、お前いま舌打ちしただろ?」

「えー、してないよー」

 セアラは白々しく俺から目を逸らす。ちょっといい顔をするとすぐに調子にのる。

 もともとはセアラのせいでこんな面倒なことになってるというのに。

 ……けどどうして?


「なぁ、セアラはなんでこんなにおせっかいを焼くんだよ? 近くで俺たちのことを見てるからってだけじゃないだろ?」

「んーとねー、それは……」

「俺と亜月のことをかき混ぜといて自分の事情を話さないってのはなしだからな?」

 口ごもるセアラを牽制すると、セアラは「ぐぬぬ」と唸るが観念したように「はあ」とため息をついてから顔を上げる。


「えっとー、あーしが中学生のころに好きだった人がいるの知ってるー?」

「いや、知らんけど」

「あー、中野っちのその言い方は冷たすぎるよー。せっかくさっきおだててあげたのにー」

「やっぱりお世辞だったのか……。って、話を逸らそうとするな」

「ちぇー、まぁしゃーないかー。中野っちはあづっちのことしか見てないからねー」

「はいはいそうですねー。で?」

 俺が冷たくあしらうと、セアラはこちらを見る目に力を込めた。


「あっ、あづっちだけじゃなくて、種井のことも最近は見てるねー」

 やり返したいのか、ニヤリと口の端を上げている。

「どうでもいいけど、さっさと話を進めろよ」

「今日の中野っちは、なかなか手ごわいねー」

 なおも余計なことを言うが、もう面倒なので俺はただじっとセアラを見つめる。


「分かったってばー。ちゃんと話すからそんなににらまないでよー」

「別に睨んでるつもりはない」

「もうー。じゃあ話すけどー、中学の時にあーしには好きな先輩がいたわけー。その先輩もたぶんあーしのことを好きでいてくれてたと思うんだけどー。一緒に遊びに行ったりしてたしね」

「で?」

「でって、この話の流れでいい話題じゃないって分かるでしょー?」

 頬を膨らませるセアラ。ちょっとウザい。


「……先輩が進学を機にほかに彼女をつくったとかそんなところか?」

「すっごーい。中野っちってもしかしてあーしの心も読めるわけ?」

「そんなはずないだろ」

 思いを告げる前に好きな人と離れ離れになってしまって後悔しているだなんて、ありきたり過ぎる。そんなシチュエーションが導入のラブコメがあれば、俺は読まずにその本を閉じる。


 でもそのあとのセアラの言葉は、俺に今考えなければならないことを思い起こさせてくれた。

 そもそもこの問題がこんなに面倒になってしまったのは、俺と亜月が互いの心を読めなくなってしまったせいだ。

 それがどうしてなのかを考えなくちゃならない。


「亜月は心の声が聞こえなくなったってセアラに言ったんだよな?」

「うん、そのせいで中野っちが種井のことをどう思ってるか分からなくて不安だって言ってたよー」

「そっか。それは悪いことしたな」

「そうだよー。だからー、今度のことで悪いのは全部中野っちだよー」

「泣きそうな顔して『しくっちゃったー』って言ってたのは誰だよ?」

「すいません、あーしです……」


 申し訳なさそうに言うセアラはがっくりと肩を落とす。

 これもどれだけ本気かは分からないけど、まぁいい。

 問題はこじれてしまった俺と亜月との間をどう解決するかだ。

 そのためにも心の声が聞こえなくなったのを何とかしないといけない。


「そういえばセアラは俺と亜月のテレパシーを研究するとかなんとか言ってたけど、どうなってるんだ?」

「えっ、そんなこと言ったっけ?」

「言っただろっ!? オカルト研究部にうってつけのテーマだとかなんとか言ってなかったか?」

「どーだろー?」

 首を傾げるセアラ。表情を見る限り、ほんとに覚えてなさそうだ。


「じゃあ別にいいけど。でも今の俺と亜月の状況は何だと思う?」

「状況って言うと、心の声が聞こえなくなったってこと?」

「そう。なんでこうなったんだと思う?」

「そうだねー、分からないけどー、まずは状況を整理するよー」

 どうせ「そんなのあーしにかれても分かるわけないじゃーん」とか言われるのかと思っていたが、意外にも真剣に考えてくれる。


「今日を除くとー、同じ状況になったのはクラスマッチの時とインターンシップの時なんだよねー?」

「そうだな。教室で亜月の声が聞こえなかったことはなかった」

「うんうん。じゃあ教室のことは別にして考えるとー、共通してるのは中野っちとあづっちのそばに種井がいたってことだよねー?」

「そうだけど、教室には今日に限らず種井さんがいつもいたんだぞ? この前までは教室で何もなかったってことを考えると種井さんは関係ないんじゃないか?」

「だけどー、今のところほかに共通点がないんだからー、種井に原因があるんじゃないかって考えるのが自然じゃないかなー?」


 セアラはどうも種井さんと馬が合わないらしいというのはずっと感じている。

 今だってずっと呼び捨てにしてるし。

 けど妙なところで勘が冴えるセアラだから、まったく的外れということでもない気はする。


 そんなことを考えていると、

「とにかくー、実験してみようよー?」

 セアラは立ち上がると、ホワイトボードに何やら書き始める。


「この作戦でいこー」

 満足そうな笑みを浮かべるが、俺には何がなんだかさっぱりだ。

「えっ、中野っち、どしたのー?」

「セアラ、すまん」

「いきなり謝られても分からないんだけどー?」

「いや、先に謝っておこうと思って。……そこに何て書いてあるのか全然読めない」


 ホワイトボードを示す俺の指につられてセアラは背後に顔を向ける。

 たしかこのオカルト研究部ができて間もないころにこんな会話をした覚えがある。

 あの時も気を遣ったけど、隣に亜月がいてくれたから心強かった。

 でも今は頼りになる幼馴染はここにはいない。

 そんな状況で女の子に向かって字が汚いと告げるのは勇気がいる。


「アハハ」

 けれどセアラは軽快に笑い声を上げる。

「そんなに神妙な顔しなくていいのにー。あーしの字が汚いことは知ってるでしょー?」

「そうだったな」

「うん、じゃあ詳しいことはスマホにメッセージでも送っておくからー」

「助かる」

 そうして俺たちは部室をあとにした。


 隣に亜月がいない帰路はいつもより長く感じた。

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