第8話(3/3) いじっていいのは私だけなんだから
◆ ◆ ◆
俺たちの班のインターン先は印刷会社。
「どうせ工場を見学するぐらいだろうし、楽なんじゃねえの」という
けれど最近の印刷会社はただ印刷を請け負うだけではないらしい。
紙の需要が減るのをなんとか食い止めようと、自前のフリーペーパーを発行していて、俺たちは来月号に載せる特集のためのアンケート集計を手伝わされていた。
単純作業ではあるのだが、その分退屈な時間でもある。
同じ班である俺と悠斗は隣り合わせに座り、テーブルの向かい側では
「なんか話が違うな」
でも悠斗はその退屈さに我慢がならなかったようで、隣に座る俺にこそこそ話しかけてきた。
「違うっていうか、悠斗が適当に決めたからこうなったんだろ」
「俺のせいにするのかよ?」
「じゃあ誰のせいだよ? ここを選んだのは悠斗だろ?」
「それはそうだけど。こうなるって分かってたなら教えてくれても良かっただろ」
「俺はどこでも良かったからな」
「なんだよ、それ? 時たま思うんだけど、
「そうか?」
「そうだぞ。
「どの辺りにそう思うんだよ?」
「だって……」
悠斗がなおも俺に言葉を継ごうとすると、
「そこっ、まじめにやれ」
印刷会社の社員の人から叱られてしまった。
30代ぐらいの男の人なんだけど、どうやら機嫌が悪いらしい。
さっきから神経質に注意を繰り返してくる。
俺は肩をすくめる悠斗と目を合わせ、無言で作業に戻った。
目の前にうずたかく積まれたハガキを半分ほど仕分け終わったころ。
「けど良かったな」
タイミングを見計らって、悠斗が懲りずに話しかけてきた。
社員の人が背を向けているのを確認して俺は応える。
「良かったって何が?」
「だから亜月ちゃんたちの班もここに来てることだよ。班は違っても同じ会社に来てるんなら同じことだろ?」
悠斗は少し離れたテーブルに座る亜月やセアラの方に視線を送る。
「別に亜月と同じ班じゃなくてもいいって伝えたはずだけど」
「そうはいっても同じ部屋の空気を吸うってのは大事なことだ」
「悠斗が言ってるのは同じ釜の飯を食う的な意味なのか?」
「当たり前だろ。ほかにどんな意味があるんだよ?」
何が不満なのか悠斗は小声でささやきながら、俺のことを睨んでくる。
「そもそも、この状態じゃ話もできないわけだし、同じ場所にいても何もできないからな」
「しかしだな、考えてみろ?」
「何をだよ?」
「もし陽大と亜月ちゃん違う場所でインターンをしてるとするだろ」
「けどそうじゃないからな」
「だから、もしもの話だから。続きを聞けよ」
いい加減しつこい気もするけれど、悠斗の気は収まらないらしい。
ただ気掛かりなのはしつこく注意してくる社員の人。
俺はチラリと見やって、こちらに気付いていないことを確かめると、悠斗に頷いて続きを促す。
「もし、だぞ。陽大が見てない所で亜月ちゃんがほかの男子と仲良く話してたらどうするんだ?」
「それは……ちょっと複雑な気分になるかもな」
目の届く範囲に亜月がいれば、俺は亜月が何を考えているのかが分かる。
同じ教室にいる時なら、なれなれしく話しかけてくる男子に亜月は笑顔を浮かべながらも「そろそろうざいな」とか内心、悪態をついているのを知ることができる。
でも姿が見えなければ亜月が何を考えているのかは当然、分からない。
もし俺よりかっこいい奴に話しかけられて、「陽大よりいいかも」なんて思っていても、俺は知ることはできない。
実際、俺が告白しないことに対して最近の亜月は不満を募らせているようだし、そんなことを亜月が思ってしまうこともあるかもしれない。
だから「ちょっとだけなのか?」と問う悠斗に俺は、
「やっぱり亜月には俺のことだけ考えていてほしい、かもしれない」
正直な気持ちを打ち明けてしまう。
そんな言葉を口にしてから、俺は恥ずかしいことを言ってしまったと気付く。
「ちょっと今のなし」と悠斗に告げようとしたその時。
バサっ――
目の前のテーブルに積まれたハガキの山が大きな音を立てて崩れた。
「何をやっているんだっ!」
社員の人が顔をゆがめてこちらに向かってくる。
「その、ごめんなさい。すぐに戻します」
応えたのは種井さんだった。
立ち上がった拍子にハガキの山を崩してしまったらしい。
「ちゃんと集中しないからこんなことになるんだぞ! 遊び気分でやってもらったら困るんだよ」
「本当に申し訳ありません」
深々と種井さんは頭を下げる。
同じ高校生でこれほどまでに殊勝な態度が取れるのかと俺は感心するが、社員の人は容赦なく叱責し続ける。
「君たちの作業時間はあと1時間しかないのが分かってるのか? ただでさえ遅れ気味なのに余計な手間をかけさせるなよ」
怒鳴り声だけが響く部屋の中。種井さんは生徒たちの視線を集めながら、頭を下げながら「すいません」と繰り返す。
痛々しくて見ていられない。
そうして、俺は社員の人の方へ視線を戻す。
と、なおも種井さんに向かって何やら言おうと息を吸い込んでいるのが目に入った。
「いい加減にしろよっ!」
気付けば俺は立ちあがり、そう叫んでいた。
「なんだ、君は? 私はその女の子に話しているんだ。邪魔をしている暇があるならさっさと手を動かせ」
「時間がないんだよな?」
「はあ? 誰に向かって物を言っているんだ? 学校で目上の者に対する口の利き方を習ってないのか?」
こいつはいちいち癪に障る言い方をする。
でもそこは争うところではない。
「すいません、言葉は不適切でした。でも時間がないというのであれば、さっさと作業に戻った方がいいですよね? 違いますか?」
「それは、そうだな。でもな――」
社員の人はまだ何か言いたそうにしているが、俺はそれを強引に打ち切る。
「じゃあそうします。種井さん、俺も手伝うよ」
「え、ええ。中野くん、ありがとう」
「同じ班だからな。気にするな」
「私も手伝うよ」
「陽大ばっかりにかっこいい真似はさせられないからな」
そう言って橋田さんと悠斗も手を貸してくれた。
ハガキの山といっても4人で整理すれば大したことはない。
すぐにテーブルの上に戻し終えると、俺は席に戻った。
あれほど怒っていた社員の人がどうしているのかと視線を走らせるが、いつの間にか姿を消していた。
俺に反論されて、気まずくなったんだろう。
面倒な作業だけど、あれだけ言われたら意地でも済ませないと気分が悪い。
さっさと済ませようとテーブルの方に向き直ろうとした時、離れたテーブルに座る亜月と目が合った。
》かっこつけちゃって……《
別に俺はかっこつけようと思ったわけじゃない。
ついでに付け加えると種井さんが叱られてたから、かばったわけでもない。
あの状況に置かれたのが誰だったとしても、俺はきっと同じことをしてた。
とにかく、あんななめ腐った態度をとられたのが許せなかったから、俺は声を上げたんだ。
》…………《
そんな俺の心の声に亜月は何か言ってくるはずだと思っていた。
いつもなら間違いなくそうする。
少なくとも「ふーん」みたいな冷笑は浴びせてくる。
》…………《
でもいつまで待っても反応はなかった。
つい最近も似たような感覚になったような気がするけど、いつだっただろうか?
俺の視線の先、亜月もどこか腑に落ちないような表情を浮かべている。
「中野くん、どうかしたのかしら?」
黙り込む俺に種井さんが長い黒髪を耳にかけながら、上目遣いを向けてきていた。
「あっ、ごめん。ちょっと考えごとしてただけだ」
「そう。だったらいいのだけれど」
「すぐに作業に戻るから」
実際、今は亜月との間に何が起きたのかを考えている場合じゃない。
さっさと作業に戻らないと社員の人が戻ってきた時に何を言われるか分からない。
そうしてハガキの仕分けを再開した俺に、
「さっきはありがとう。本当に嬉しかったわ」
顔を俯けて俺にだけ聞こえる声で告げた種井さんは頬を赤く染めていた。
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