第8話(2/3) いじっていいのは私だけなんだから
◆ ◇ ◆ ◇
「ねえ
「なんで俺なんだよ?
翌朝の通学路。
数メートル先を気だるそうに歩くセアラを見かけた亜月と陽大は互いに牽制し合う。
陽大に対してだけならまだしも、亜月にさえ怒っていた昨日のことを思うと気まずい。
ただこのまま教室に入ってしまうと、もっと面倒になりそうで軽くあいさつだけでもしたいというのは亜月と陽大に共通した思い。
「私が行ってダメだったら、関係が修復できなくなるでしょ。だから陽大が先」
「それ、俺が失敗するのを前提にして言ってるだろ?」
「もちろん」
「もちろんって何だよ?」
「つべこべ言わずさっさと行ってきて?」
小首を傾げて陽大を上目遣いで見る亜月。
かわいらしい表情に陽大は胸を弾ませる。
正座までさせられたセアラの機嫌が良くなっているとは考えにくい。
それだけにセアラに話しかけるハードルは高くて、簡単に亜月に妥協するつもりはない。
ただ、熱い視線を送ってくる幼馴染の姿を見ていると、
(そんな表情をされたら何でも言うこと聞きたくなるからやめてくれよ)
なんてことを思ってしまう。
当然、それは亜月に筒抜けで
「でしょ?」
「しかしだな、失敗するのが分かってる俺が行くより亜月が最初から話しかけた方がいいんじゃないか?」
「もうっ、ほんっとに陽大は男らしくないなぁ」
「あっ、またその話をするのか?」
思わず陽大は大声を上げてしまう。
と、向かい合う形になっていた陽大と亜月は、視界の端でセアラがゆっくりとこちらを振り返っているのを捉えた。
「気付かれちゃったぞ。どうするんだよ、亜月?」
「もうこうなれば、堂々とするしかないよ」
陽大と亜月がささやき合っているうちに、セアラの顔は完全に2人の方に向いていた。
2人は慌てて笑顔を張り付け、セアラに向き合う。
けれど心のうちでは、昨日の今日でどんな言葉をかけられるのだろうか、と身構える。
そんな2人にセアラはふわり表情を和らげる。
「おはよー」
昨日の放課後、部室で響かせた冷たい声でなく、いつもの間延びした口調であいさつしてきた。
そのギャップに陽大と亜月はあっけに取られ、言葉を返せない。
「あれー2人とも、どしたのー?」
「えっと……」
先に口を開いたのは亜月。戸惑いながらも
「セアラ、おはよう」
と返す。
「うん、おはよー。何かあったのー?」
「ううん、どうもしないよ」
せっかくセアラの機嫌が良くなっているのに自分から蒸し返すわけにはいかないと、亜月はセアラに駆け寄る。
「中野っちも来なよー」
「……そうだな」
やはり戸惑っていた陽大もそう声をかけられ、亜月に続く。
(どういうことなんだ?)
(さぁ? 一晩寝て機嫌が良くなったんじゃないの?)
(だったらいいけどな)
声に出さずに会話を交わした2人はセアラと並んで歩き出す。
それはいつも通りの登校風景。
違和感は拭いきれなかったけれど、亜月と陽大はとりあえず面倒は避けられたと胸を撫で下ろしていた。
しかし、セアラは機嫌を良くしていたわけではなかった。
そのことに2人が気付いたのは、その日のホームルームの時間だった。
「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」
ホームルームでは翌週のインターンシップの打ち合わせが行われていた。
その最中、神妙な表情の
「どっちから聞いても結果は変わらないんだろ?」
「つれないな。たしかに陽大にとっては悪いニュースの方が重要かもしれないからそうなっても仕方ないけど」
「どういうことだよ?」
インターンシップはいくつかの班に分かれて実施されることになっている。
男女2人ずつの班を決めるにあたり、「
「じゃあ悪いニュースからな。中条さんには断られた」
「はぁ?」
「なんか『なんであーしがあんたと一緒の班にならないといけないわけ?』って冷たい視線を浴びせられた。……まぁあんな風に蔑まれるのもありっちゃありだけどな」
どこか恍惚の表情を浮かべる悠斗。同じ班を組むことになっている陽大は続きを促す。
「悠斗の性癖はどうでもいい。けどセアラに断られたってことは亜月とも違う班ってことか」
「そうだな。悪い。中条さんは仲が良さそうな男子もいないし、断られるとは思ってなかった」
「別にいいけど」
「良くないだろっ!」
大声を出した悠斗に周りの生徒たちの視線が集まる。
悠斗は「ごほん」と咳ばらいをしてから陽大に小声で語りかける。
「せっかく幼馴染と同じクラスになれたんだから、学校行事でも一緒に過ごしたいだろ?」
「そこまでしなくていいぞ」
「なんでだよ? すべての男子が憧れるかわいい幼馴染を持っているのに、どうしてそんな態度でいられるんだ? あっ、逆に幼馴染がいるからそんなに余裕なのか?」
「悠斗、俺にはお前が何を言ってるのかさっぱりなんだが。お前の幼馴染への無駄な憧れはどこから来てるんだ?」
「無駄、だと? 前にも言ったけどな、幼馴染を持つ者は持たざる者の気持ちなんて分からねえんだよっ!」
悠斗は再び声を荒げてしまう。
今度は周りからの注目は集まらなかった。
どうせ悠斗がまたバカなことを言っているのだろうと、思われているらしい。
陽大はそんな周囲の様子を窺ってから悠斗に視線を戻す。
「ほんと、どうでもいいんだけど。……それよりさっき言ってたいいニュースってのは何のことだ?」
「どうでもよくはないけど……。まぁいい。いいニュースっていうのはだな。聞いて驚くなよ?」
「驚かないから、さっさと言えよ」
「分かった。俺たちは
「はぁっ!?」
思わず陽大は叫びながら立ち上がる。
教室のあちこちから視線を集めてしまったことに気付き、「悪い」と誰に言うでもなくつぶやいて椅子に腰を下ろす。
注目が引いたことを確認すると、悠斗にジト目を送る。
「なんでそんなことになったんだよ?」
「いや、中条さんに『でもー、キミたちはー、
「つまり種井さんもOKしたってことか?」
「そうみたいだな」
「みたいって、人ごとだな……」
そう言ってため息をつく陽大の背中から声が投げかけられる。
「私も同じ班になったからね。中野くん、よろしくね」
振り返ると
その隣には
「中野くん、よろしくお願いするわね。それとえっと、誰だったかしら?」
「……山中悠斗だよ。これを機会に覚えてもらえると嬉しいんだけど」
苦笑いの悠斗には「そうね。努力するわ」とだけ返し紗羽は陽大の反応を待つ。
「……おう、よろしくな」
紗羽に短く応え、陽大はやっと気付く。
「あたしにも考えがある」とセアラが言っていたことの意味はこういうことだったのかと。
自分と亜月との関係の間に第三者を入れてかき混ぜようとしているんだろう。
ただ――そんなことをされても亜月への思いは揺らがない。
入学式の日に初めて紗羽を見た時、ドキッとしたのはたしか。けれどそれは気の迷いのようなもの。
だから、こんなことをセアラがしても意味はない。
陽大は無邪気にそんなことを思っていた。
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