第7話(2/3) なんで告白してくれないの?

◇   ◇   ◇


亜月あづき、もしかして――」


 駅前からバスに揺られること30分。たどり着いたカフェレストラン。

 そこからさらに1時間の列に並んでようやく私たちは席に案内された。

 ビュッフェから色とりどりのスイーツを皿にこんもり盛って向かい合って座る陽大ようだいと私。

 早速もぐもぐと口を動かしていた私に陽大がどこか不安げな表情を浮かべる。


「――体調でも悪いのか? それともバスに酔ったのか?」

「……別に体調は悪くない」

「じゃあどうして?」

「どうしてって?」

「なんて言うか、甘いものを食べてるのに、苦虫を嚙み潰したような顔してるから」

「うまいこと言ったつもりなの? 全然面白くないんだけど」

「そんなつもりはないんだけど……。それよりほんとにどうしたんだよ?」

「陽大のせいだよ」

「俺が何かしたか?」

「……気付いてないの?」


 そうたずねると陽大は頬をポリポリかく。


「嫌か?」

「嫌じゃないけど……」


 でも目の前でずっとかわいい、かわいいって言われるとせっかくのスイーツの甘さがよく分からなくなるんだけど。


「俺はそんなこと言ってないっ!」

「言ってなくても伝わってくるんだからしょうがないでしょっ!」

「ったく、ルールを守れよ」


 陽大はそう言って周りを見渡す。


「大丈夫よ。みんなスイーツに夢中で私たちの会話になんて興味はないから」

「それはそうかもしれないけど」

「でしょ? だったらいいじゃない」


 私は唇を尖らせてみせる。

 と、


》やっぱり怒った顔もかわいいな《


 ……っ!

 陽大の語彙にはかわいい以外の言葉はないんだろうか。


》いつもと違っていい匂いがする《

「香水着けてるからじゃないの」

「へえ、やっぱりそうなのか」

「そうなのかってね……。それに匂いじゃなくて香りとか言いなさいよ。あといつもと違うってどういうこと? いつもは変な匂いでもするの?」

「いやいつもの匂い、じゃなくて香りも好きだけど」


 はっ?

 陽大はついに堂々と声にして恥ずかしいことを言いだした。


》ごめん、今のは言うつもりじゃなかった《

「……別にいいけど」

》ん? さっきより香水の香りが強くなった気がする《


 これも陽大が悪い。

 さっきから恥ずかしいことばかり言ってくるせいで、体温が上がってる。そのせいできっと香水が蒸発してしまってる。


「重ね重ね申し訳ない」

 謝罪してくる陽大の顔を私はじっと見すえる。

 けれど、合わせようとした視線はすっと逸らされてしまう。


「ほんとに今日はどうしたの?」

「……セアラのせいだ」

「はぁ?」

「亜月は何も聞いてなさそうだな」

「どういうこと?」

「セアラが今日、俺と亜月が出掛けるのをデートだって言うんだよ。そのせいでどうしてもいつもと違って見える。その……亜月のことが」

「デート?」


 セアラはクラスマッチの時にふざけてデートとか言ってた気はするけど、私はこの外出をそんな風に思ってはいなかった。

 ただいつもみたく陽大とちょっと遊びに行くだけ。

 そう思っていた。

 のだけれど、ふと店内を見渡してみると、周りはカップルばかり。

 私たちと同じぐらいの高校生から大学生、大人のカップルもいる。

 みんな楽しそうに笑みを浮かべて、食べさせ合っている人たちだっている。

 そういえば、今日のスイーツ食べ放題はカップル限定ってセアラが言ってた。


「ほら、亜月だって」

「そっ、そうだね。デートって言われちゃうと変に意識するよね」

「それに……」

「それに?」

「ほら、今日は亜月の誕生日だし」

「それは関係ないでしょ」


 そうは言うものの、こういうことだったのかと納得がいった。

 やっぱりセアラは私たちのためにこの『デート』を仕組んでくれたらしい。

 私の誕生日のこの日に。

 つまりこの間、陽大が買ってきてくれたというプレゼントもこのあと渡されるのかな?


「まぁ、それは……楽しみにしててくれ。中身は亜月の期待に沿えるか分からないけど」

「うん、分かった」

 私はようやくこみ上げてきた恥ずかしさを誤魔化すように、ピンクのマカロンを頬張った。



 制限時間いっぱいまでスイーツの食べ放題を楽しんだ私たちは店を出ると近くの県立公園を訪れていた。

 途中からこれがデートだなんて意識してしまったせいでちょっと味わう余裕がなくなったけど、それでも満足できた。


「うまかったな」


 園内を散策しながらぽつり漏らす陽大の方に顔を向けると目が合った。

 中学生のころに背の高さが抜かれたのには気付いていたけど、あらためてこうして並んで歩くと大きくなったんだなって思う。

 登下校の時だって一緒だからそう気付くことはあったはずなのに、今日に限ってどうしてそんなことを考えてしまうんだろう。


「なんか違うな」

 一人考え込んでしまいそうになった私に陽大がそんな声をかけてきた。


「何の話?」

「俺と亜月との間でこんな雰囲気になることだよ」

「それはそうかもね」

「だろ? いつもはもっと違う感じだよな」

「うん、そうだね。いつもは陽大が無神経なことを言って、それを私がしかってばかりなのにね」


 からかうように口元を緩める私に陽大はポカンと口を開ける。


「それもそれで違うんじゃないか?」

「えーっ、いつもそんな感じでしょ? 私たちは」

「……まぁ亜月がそれがいいって言うなら、俺はいいけど」

「それだけでもないんだけどね」

「何が言いたいんだよ?」


 首を傾げる陽大。私はたたっと数歩駆けて前に出る。

 クルリ振り向いて、


「たまにはかっこいいところ見せてくれてもいいんだよ?」


 できる限りの、精いっぱいの、笑顔を見せて言ってやった。


 そんな私に陽大は手で口元を隠し、

「ちょっ、それはずるいだろ」

「ずるいって何が?」

「だから……」

「だからなに?」

「だから、その笑顔だよ」

》そんな笑顔を見せられたら、俺は亜月のためなら何でもしてやりたいって思うだろ《


 ――してやったりだ。

 でもまだ足りない。


「ちゃんと言ってほしいな?」

「ちゃんと伝わっただろ?」

「ルールは大事だよ」

「亜月がそれを言うのかよ」

「だって陽大が提案してきたルールでしょ?」

「そうじゃなくてだな……。まぁいいや」


「うん」と頷く私の目の前で陽大は大きく息を吸う。


「その、なんだ、俺は亜月の笑顔を見たら何でもしてやりたいって思う」

「言ったからねっ! 何でもしてもらうからねっ!」

「何でもっていっても、俺にできることに限るからなっ!」

「大丈夫。陽大にできないことなんてないから」

「勝手に決めつけるなよっ!」

「さて、まずは何をしてもらおうかな?」


 私が唇に指を当てると、

》ぐっ、やっぱりそんな表情を見せられると何も言えない……《

 うなる陽大に私は笑い声をあげてしまう。


「ったく、しょうがないな」


 そう言いながら陽大も一緒になって笑ってくれた。

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