第7話(3/3) なんで告白してくれないの?

◆   ◇   ◆   ◇


 昼すぎまで公園で時間を過ごした陽大ようだい亜月あづきが家の近くまで戻ってきたのは日が暮れようとしているころだった。

「ちょっと寄っていいか?」と陽大が亜月を誘って近所の公園に来ていた。

 子どものころによく遊んだブランコに並んで座る2人の頭上をムクドリの群れが飛ぶ。


「朝から一緒に過ごしてて今さらって感じだけど、亜月、誕生日おめでとう」


 ムクドリを見上げていた亜月は視線を落とし、陽大に向き直る。


「ありがと」

「別にお祝いの言葉ぐらい毎年言ってるだろ」

「うん、そうだね。でもこんな風に朝からずっと一緒に過ごしてくれたことってないよね?」

「そうだったか? 子どものころは誕生パーティーとかあっただろ?」

「だってパーティーにはほかの子たちもいたし、それにやっぱり家の中にいるのとは違うじゃない?」

「それはそうかもしれないな」


 鼻の頭をかく陽大に亜月は目を細める。

 ブランコのチェーンをそっと撫でて言葉を継ぐ。


「子どものころって言うと、この公園でもずっと遊んできたよね」

「まぁ家から近いからな」

「もうっ、陽大は風情が分からないかな?」

「なんだよ、風情って?」

「だからっ! この公園には私たちの思い出がいっぱい詰まってるってこと」

「例えば?」


 相変わらずピントの外れた答えを返す陽大。亜月は頬を膨らませジトっとにらむ。


「そんな大切なことも忘れたのって言われてもだな……」

「覚えてないなら、思い出させてあげる」


 亜月はブランコから立ち上がり、陽大の前に回る。


「小学校に入る前だったと思うんだけど、このブランコで遊んでた時。陽大が頭から落ちちゃって大泣きしたよね?」


 口の端をニッと上げる。


「……覚えてない」

「陽大は自分に都合の悪いことは忘れるんだね」

「そんな5歳か6歳のころのことを言われても思い出せねえよ」

「ふーん、そうやって誤魔化すんだ?」

「だから違うって言ってるのに……。じゃあ亜月は小学3年生のころのことを覚えてるか?」

「何かあったっけ?」

「鉄棒で逆上がりの練習をしてた時だよ」


 そこまで言われて亜月は「あっ」と声を上げる。


「覚えてるっ! 覚えてるから、それは言わないでっ!」

 逆に慌てる姿に陽大はニヤリと口角を釣り上げる。


「そうか。覚えててくれたか?」

「……うん」

「だよな。鉄棒から落ちて大泣きして俺に背負われて家まで連れ帰られたなんてことがあれば絶対に忘れないよな。しかもあの頃は俺の方が体が小さかったのに」

「もう、言わないでってお願いしたのに……。陽大は言ってほしいことは言わないくせに、余計なことは口に出すんだね」


 心を読むまでもなく、亜月の言ってほしいことが何なのか陽大には分かっている。

 ただこんな場面でどう返すのが適切なのか見当がつかず、口をつぐんでしまう。

 そんな陽大に亜月は


「別にいいけど」


 投げやりに告げると再びブランコに腰を下ろす。

 黙ったままブランコを揺らす亜月の横顔を陽大はそっと窺う。

 今朝、駅前で見かけた時に感じた胸の高まりは落ち着いてはいる。

 でもやっぱり変に意識してしまったせいか、見慣れたはずの幼馴染の顔がいつもよりかわいく見えてしまう。

 柔らかい夕焼けが長いまつ毛を照らし出し、整った目鼻立ちが強調されている。


「そういうことを口に出しなさいって言ってるんだけど」

「言ったら言ったで怒るんじゃないのか?」

「それはどうかな?」


 顔をこちらに向けて白い歯を覗かせる亜月に陽大は「ずるい」と抗議する。


「何がずるいの?」

 ニッコリ微笑む亜月。このままだといつものようにペースを握られてしまうと陽大は強引に会話の流れを断ち切る。


「これ。気に入ってもらえるといいんだけど」

 カバンの中から誕生日プレゼントの入った紙袋を取り出して亜月に手渡す。


「ありがと。開けていい?」

「今じゃないとダメか?」


 この期に及んでもまだ気に入ってもらえるのか不安げな陽大に亜月は静かに頷く。


「陽大が選んでくれたものなら何でもいいから。早く見てみたいの。いいでしょ?」

「分かった、いいぞ」

「うん、じゃあ開けるね」


 声を弾ませ紙袋を開く亜月。中に入っていた物を確かめると、目を見開く。


「これって……?」

「うん、エプロン」


 陽大の言葉を聞きながら亜月はエプロンを両手に持って広げる。

 ピンクの生地に白い水玉模様。肩紐は黒で、ポケットには同色のリボンがあしらわれている。


「エプロンってさ、もしかして……?」

「もしかして、どうしたんだ?」


 おうむ返しに訊ねる陽大に亜月がゴクリと唾をのんでから口を開く。


「これって毎朝、みそ汁を作ってくれってこと?」

「なんだよ、それっ! 昭和のプロポーズじゃあるまいし」

「だよね……。いや、陽大がヘタレだから言葉にできないことをこうしてプレゼントの形にして伝えてきたのかなって思って」

「しれっとヘタレとか言うなよ。これでも気にしてるんだよ」

「だったら、そう言われないようにすればいいじゃない」

「いや、俺はそうしてるつもりなんだけど」

「どこが?」


 亜月に見つめられ陽大は言葉を失う。


 亜月のことは好きだとはっきり自覚している。

 亜月にもその気持ちは伝わっているのは知っている。

 逆に亜月が自分の好きだと思ってくれていることも分かっている。

 けれど……、と考える陽大は口を開けない。

 そうして2人の間に横たわった沈黙を打ち破ったのは亜月だった。


「陽大は、なんで告白してくれないの?」


 小細工一つないストレートな言葉。

 その切れ味の鋭さに、陽大は「そんなこと言うなら亜月から告白しろよ」だなんて言い返せない雰囲気を感じる。


「俺は怖いんだよ」


 だから正直な気持ちを打ち明ける。

「俺と亜月は今でも十分に気持ちが通じ合ってると思ってる。でもというか、だからこそ、その気持ちをはっきりと言葉にした時に、どう変わってしまうのか分からないのが怖いんだよ」

「変わらないかもしれないじゃない?」

「けど変わるかもしれない」


 即答する陽大に亜月はため息が出るのを抑えられない。


「だったら今のままでもいいだろ?」

 陽大は言葉を重ねた。

「そうなのかもしれない。でも――」

 と、亜月が陽大の覚悟を試そうとした時。


「あれぇ、あーちゃんとようちゃんじゃない。こんな所で何してるのぉ?」

 2人が並んで座るブランコに彩香あやかが近付いてきた。

 手にはコンビニのビニール袋を手にしている。


「別に何でもない。それより姉ちゃんこそどうしたんだよ?」

「今日はようちゃんの帰りが遅くなると思ってたから、晩ご飯を買いに行ってきたんだよぉ」

 コンビニの袋を開いて陽大と亜月に見せた。

 話の腰を折られてしまい、不満そうだった亜月はその中身を見て声を上げる。


「彩香ちゃん、晩ご飯って、このビールのこと?」

「そうだよぉ。おつまみはまだ家に残ってるから、これだけでいいかなぁって思って」

「ご飯はちゃんと食べないとダメだよ」

「たまには食べなくても大丈夫だってばぁ」

「ダメなものはダメなのっ!」


 言って亜月は勢いよくブランコから立ち上がる。


「もうっ、じゃあ私がつくってあげるから。ちょっと待ってて」

「えっ、じゃあお姉ちゃんはどこかに行ってた方がいいかなぁ?」


 陽大に問う彩香に、亜月は

「彩香ちゃんもいていいからっ!」

「そう? 2人っきりじゃなくていいのかなぁ?」

「いいって」


 このままではらちが明かないと陽大も彩香にそう告げる。

 彩香はしばし首を傾げていたが、

「うん、じゃあ、あーちゃん、よろしくねぇ」

 亜月にそう声をかける。


 荷物を置くため、いったん自宅に戻ろうとしていた亜月は背中にその声を受けて立ち止まる。

「気にしないでいいよ」

 もらった誕生日プレゼントを早速使えるのは嬉しいから、という言葉は心の中に留めた。

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