第7話(1/3) なんで告白してくれないの?

◆   ◆   ◆


 とうとう日曜日になってしまった。

 カーテンの隙間から射し込む朝日に俺は起こされた。


 ――なんてことはなかった。


 なぜなら日が昇るずっと前に目が覚めてしまったから。

 正直言って、俺は緊張している。

 亜月あづきと2人で出掛けるのはもちろん初めてのことじゃない。

 けれどこの日の外出は特別なものになってしまった。

 そうしたのは、昨夜のうちにセアラから届いたメッセージ。


『明日のデート楽しんでねー』


 そう切り出してきたセアラに「デートじゃない」という俺の主張は聞き入れられなかった。

 さらに付け加えられた条件がいつもの亜月との外出とは状況を変えていた。


『駅前で待ち合わせをすることー。あづっちにはあーしから伝えとくからー』


 そうした方がデートっぽいから、という理由らしい。

 もちろん俺の「家に迎えに行く」という提案はスルーされた。



 そんなわけでどうやら今日、亜月とスイーツ食べ放題に行くことは、デートということになってしまった。

 だからとは思いたくないのだが、早々と目が覚めてしまった。

 ベッドの上でスマホをいじっていると、アラームが鳴る。

 本来、起きようと思った時間にセットしていたものだ。


「はぁ、そろそろ準備するか」


 体が重いのは睡眠不足のせい。

 亜月と出掛けることがおっくうだからってわけじゃない。

 余計な考えを振り払って俺は手早く着替えると、朝食をとるためリビングに向かった。



「あれ、こんな早い時間にどうしたの?」

 リビングのソファーに座っていた姉ちゃんが顔だけこちらに向けてきた。

「姉ちゃんこそどうしたんだよ? いつもなら日曜の朝は二日酔いだーとか言ってのたうち回ってるだろ」

「そんなことないんだけどなぁ」

「吹けない口笛を吹くなよ」

「ようちゃんはつれないなぁ」

「だからっ、ようちゃんはやめてくれよ。俺ももう高校生なんだけど」

「まっ、それもそうだねぇ。で、ようちゃんはなんで早起きしてるの?」


 俺の言うことなんて全く聞いてくれる気はないらしい。今に始まったことじゃないから、しょうがないけど。


「亜月と出掛けるんだよ」

「ほうほう、お姉ちゃんは詳しく聞きたいなぁ」

「亜月と遊びに行くなんて珍しいことじゃないだろ?」

「そうだけどぉ。いつもはこんなに早く出ないでしょぉ?」


 人の言葉は聞き流すくせに、こういうところは妙に勘が冴えている。

 でもセアラに言われたようにデートだなんて表現をしてしまうと面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。


「ちょっと離れた所に行くだけだよ」

「離れた所って?」

「丘の上のカフェレストラン。ちょっと事情があってスイーツ食べ放題に一緒に行くことになったんだよ」


 いちいち経緯を説明するのが面倒で、そんな風に答えた。

 けれど、それが間違いだった。


「事情ねぇ……」

 姉ちゃんはチラリとテレビの方へ目をやったかと思うと、パンと手を合わせて立ち上がる。


「分かったぁ。今日はあーちゃんの誕生日だねぇ。そっかぁ、あーちゃんの誕生日にデートに誘うなんてようちゃんも成長したねぇ」


「そんなんじゃないって」

 と俺は反論するのだが、

「うんうん、お姉ちゃんは嬉しいよぉ」

「だからこの日に出掛けることになったのは、たまたまだし、デートじゃないから」


 言ってから気付いたけど、もしかしてセアラはこうなることが分かってて仕組んだんじゃないのか?

 今週末限定のスイーツ食べ放題を見つけたみたいなことを言ってたけど、もともとこの日に俺と亜月が出掛ける用件を探してたんじゃないのか?

 そんな俺の思考を姉ちゃんの言葉が遮る。


「だけどこれで昨日お出かけしたのは無駄じゃなくなりそうだねぇ」

「そういえば、昨日出掛けてたけど、どこ行ってたんだよ?」

「えっとねぇ、あーちゃんのお母さんと式場の下見に行ってたんだぁ」

「……式場?」

「そうだよぉ。最近できた結婚式場。海沿いできれいな眺めだったよぉ」

「もしかして……?」

「もちろん。ようちゃんとあーちゃんのためだよぉ。料理もおいしかったし、2人の結婚式はあそこで決まりだねぇ」

「なっ……! 外堀だけじゃなくて内堀まで埋めてくるのはやめてくれよっ!」

「外堀ってなぁに?」

「いや、それはこっちの話だ。気にしないでくれ」

「ふぅん。何のことか分からないけど、よーちゃんとあーちゃんが幸せになるのはみんなが願ってるんだよぉ」

「余計なお世話だよ……」


 亜月と幸せになることを一番願ってるは俺だし。

 ……って、なんてことを俺は考えてるんだ。

 亜月がこの場にいなくて良かった。

 さすがにこんなことを考えてるなんて知られたら気持ち悪いって言われそうだ。


「ところでぇ、何時に出掛けるの?」

「9時だけど。ってもうこんな時間かよ」

「デートの時に女の子を待たせたらいけないんだよぉ」

「姉ちゃんが変なこと言うせいだろ?」


 とはいえ亜月を待たせるわけにはいかない。

 冷蔵庫から牛乳を取り出すとコップに注ぎ一息に飲み干す。


「じゃあ行ってくるから」

「はぁい、気を付けてね。遅くなってもいいからねぇ」


 余計な一言があった気がするが、相手にしている時間はもうない。

 玄関の扉を開けると、朝の新鮮な空気を吸い込んで俺は亜月と待ち合わせをしている駅へと急いだ。



 駅はいつも通学にも使っているからその道のりはすっかり慣れたもの。

 でもこの日はどこかいつもと違って見えた。

 普段は気付かない小鳥の鳴き声や、道端に咲くパステルカラーの花々。


 たぶん違うのは、道のりじゃなくて俺の心の持ちよう。


 そう気付いたのは、俺より先に駅前に着いていた亜月の姿を目にした時だった。

 亜月の装いは毎日見る制服とも、家に来る時に着る服とも違う。

 オレンジ色のチュニックにデニムのショートパンツ。スラリ伸びた白い脚が朝日をキラキラと反射させている。

 亜月は顔を俯けて亜麻色の髪の先を指でいじっていたけれど、目の前に立った俺に気付くとまん丸なブラウンの瞳を俺に向けてくる。

 これは――ヤバい。


「ヤバいって何よ?」

「マジでかわいい」

 思わずそんなことを考えてしまう。


陽大ようだいっ! 心の声が口から出てるんだけどっ!」

「へっ? えええっ!」


 失態に気付き俺は慌てて口を手でふさいだが、遅かった。


「高校生かな? いいなー、私もあんな彼氏ほしいな」

「そうだね。こんな人通りの多い所でかわいいって言ってもらえる彼女さんが羨ましいな」


 俺の背後を中学生の女の子がそんな会話をしながら通り過ぎていった。


「…………」

「…………」

「その……悪かった」

「……なんで謝るのよ?」

「恥ずかしい思いをさせてしまって」

「別にいいよ」

》それに嬉しかったしね《

「そうか。喜んでもらえて良かった」


 言葉を交わしてはいるが、俺と亜月の視線は合わない。

 恥ずかしくて亜月の顔が見られない。

 そんな俺たちを救ってくれたのはバスだった。


「ほら、バス来たよ。行こうっか?」

「そうだな」


 そうして俺たちは無言のままバスへ向かう。

 と思ったのだが一歩前を進む亜月が顔だけ振り返る。


「さっきはありがと」

「ん? 何がだ?」

「その……」

》かわいいって言ってくれて《


 すぐに顔を前に戻した亜月。耳たぶは真っ赤になっていた。

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