第5話(3/3) それ言っちゃダメなやつでしょっ!
◆ ◇ ◆ ◇
「とりあえずー、このお店から見てみよー」
「おう。……って、セアラっ! ここって!?」
「ここならいいものがあるよー」と言うセアラに従いカラフルなテナントに足を踏み入れようとした陽大は慌てて声を上げた。
「うん、ランジェリーショップだねー」
「待て待て待てっ! 亜月は俺が選んだものならたぶん、何でも喜んでくれるとは思うんだが、さすがにこの店は俺にはハードルが高すぎる」
「そかなー?」
「だっていきなり男から下着を贈られたらびっくりするだろ?」
「うーん、でもあづっちと中野っちの仲なら大丈夫じゃないかなー」
「大丈夫じゃないっ!」
「えーっ、面白くないなー」
「面白いとか面白くないとかいう問題じゃなくてだな。それにほらあれを見てみろ?」
陽大は店先に掲げられたポスターを指差す。
「『大きいサイズのブラのラインナップも豊富です』かー。あっ、そっかー。あづっちの胸は小さいもんねー」
ニヤニヤ笑うセアラに陽大は余計なことを言ってしまったと後悔するが、時すでに遅し。
「さすが中野っち。あづっちのいろんな所をよーく見てるねー」
「……俺が悪かったから、そんなにからかわないでくれ」
「からかってるわけじゃないよー。仲がいいなーって言ってるだけじゃーん」
「とにかく違う店に行かないか?」
「中野っちがブラをプレゼントしてあげたら、あづっちは喜ぶと思うよー。これでいつでも陽大と一緒だってー」
「いや、ほんと勘弁してくれ……」
「もうしょうがないなー。でもあーしはちょっと見たいのがあるから一緒についてきてくれるー?」
「……そこで待ってていいか?」
頬を膨らませるセアラに、陽大はテナントとテナントの間にあるベンチを指し示す。
「そんなんだからー、あづっちにヘタレって言われるんだよー」
「なっ、亜月はセアラにもそんな話をしてるのか?」
「もっちろん。いっつも言ってるよー」
「まじか……」
「ほんとほんとー。けどあんまり中野っちをいじめると、あづっちに怒られるからこの辺にしとくよー。ちゃちゃっと済ませちゃうから待っててねー」
肩を落とす陽大にひらひらと手を振ると、セアラは鼻歌を歌いながら店内へ入る。
「まったく亜月のやつは、なんてことを言ってるんだ……」
陽大はしばらく顔を
ベンチに向かおうと動かした視線が見知った顔を捉える。
「あら、中野くん。こんにちは」
鈴を転がすような声を響かせたのは
陽大たちより早めに帰宅してから商業施設を訪れていた紗羽は私服姿だった。
胸元にリボン、スカートの先にフリルのついた赤いロリータワンピースに身を包み、たおやかに微笑む。
「あっ、あぁ、こんにちは……」
学校で見る清楚な姿とはまた違う魅力に陽大は気圧されてしまう。
「どうしたのかしら?」
「いや、なんでもない」
「そう。ところで中野くんもお買い物なの?」
チラリとランジェリーショップに視線を走らせる紗羽。変な勘違いだけは避けなければならないと、陽大は必死で口を動かす。
「そうだけど、そうじゃない」
「どういうことなのかしら?」
人差し指を口元に当てて首を傾ける紗羽に、陽大は大慌てで言葉を継ぐ。
「亜月の誕生日プレゼントを買いに来たんだよ。セアラと一緒に。そしたら、セアラがこの店で買ったらどうかって提案してきたんだけど、俺はさすがにそれはできないって言って。でもセアラはこの店で買いたいものがあるから待っててくれってことで外で俺は待ってたところなんだよ」
焦るあまり自分でも何を口走っているのか分からないほど、陽大は早口にまくしたてた。
「要するに、中野くんは
「そう、そうなんだよ。でもっ、この店では買わない」
息を切らせながら告げる陽大に、紗羽は「フフっ」と小さく笑みを漏らす。
「……いいわね」
「いいって何が?」
「花棚さんのことよ。中野くんの様子を見たら彼女のために一生懸命プレゼントを選びたいという気持ちが伝わってくるもの」
「彼女って……。違うぞ、亜月と俺は幼馴染だけど、別に付き合ってるわけじゃないっ!」
陽大は必死になって紗羽の言葉を否定した。
けれど紗羽は再び首を傾げる。
「私が彼女と言ったのは、そういう意味ではないのだけれど。その女の人という意味での代名詞として彼女と言ったつもりだったのよ」
「なっ……」
ようやく陽大は自分の反応が間違いだったと気付く。
なんと言ってこの場を取り繕うべきなのかと頭を巡らせる。
そうして「あー」とか「えーっと」とか口ごもる陽大を見て、紗羽はクスクスと口元を手で隠しながら笑う。
「それほど慌てなくてもいいじゃない?」
「……まぁそれはそうかもしれないけど。とにかく俺と亜月は付き合ってるってわけじゃないんだ。それさえ分かってくれたらいい」
「ええ、分かったわ。けれど、やっぱり誕生日プレゼントを贈るというのは素敵なことね」
「
陽大は落ち着きを取り戻して軽い口調で
学校で紗羽はいつも友人たちに囲まれている。本人も周りの友人もいつも楽しそうに話している姿を目にする。
だから本当に軽い気持ちで陽大は言ったのだが、
「……そうね」
紗羽は瞳に悲しげな色を宿していた。
「どうしたんだ?」
「いいえ、大したことじゃないわ。気にしないで」
「でも……」
「いいのよ」
これ以上話すつもりはないという意思が伝わってきて陽大も何も言えなくなる。
「中野っちー、お待たせー。……って、種井? 何してんの?」
沈黙を破ったのはセアラ。紗羽を
「たまたま会ったから話していただけよ。私はもう行くわ。また学校で」
紗羽は長い黒髪をかき上げると、陽大たちのもとから去ってゆく。
「セアラ、そんな険しい顔してどうしたんだよ?」
「……分かんない」
「分からないってどういうことだよ?」
「分かんないけど、なんかあの娘、苦手なんだよねー」
紗羽の後ろ姿が見えなくなってセアラはいつもの口ぶりを取り戻す。
「たしかに学校で話してるのも見ないけど、苦手って?」
「うーん、なんて言えばいいのか分からないけどー、なんか冷たい感じがするみたいなー?」
「いや、俺に訊かれても分からんけど」
「だよねー、あーしも変な感じとしか言いようがないんだよねー」
「そっか。まぁ女の社会は大変だって亜月も言ってたしな」
「まっ、そんなとこだねー」
セアラは小さく応えると、手元のショッピングバッグに目をやる。
「買い物は済んだのか?」
「おかげさまでー。見たい? なんなら今着けてみせようかー?」
「ばっ、セアラっ、変なこと言うなよっ!」
「あーぁ、ここにあづっちがいればなー。今、中野っちが何考えてたのか分かるのになー」
「……いなくて良かった」
「まぁこのまま中野っちをからかってたら日も暮れちゃうしー、さっさとプレゼントを探しに行こっかー?」
「頼むよ、今度こそ真面目に案内してくれよ」
懇願する陽大に、セアラは「イシシ」と口元を手で隠しながら笑う。
「じゃあー、張り切っていくよー」
拳を突き上げてセアラは雑貨店の並ぶエリアへ向かって歩き始める。
陽大は一つため息をつくと、そのあとに続いた。
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