第5話(2/3) それ言っちゃダメなやつでしょっ!

◇   ◇   ◇


「ねえ陽大ようだい、そろそろ何をしようとしてるのか教えてよ」

「言えないし、言わない」

「けち」

「けちでも何でも言えないものは言えない」


 学校から駅まで続く長い坂道。

 セアラと学校を出た陽大を追いかけてきたのはいいけど、やっぱり陽大は何も話してくれない。


「どうしてなの?」

 さっと陽大の前に回り込んで、上目遣いで瞳を潤ませて言ったのに、

「しつこい」


 今日の陽大は頑固だ。

 むむむ……。

「教えてくれたら何でもしてあげるから。……ちょっとヤラシイお願いでもいいよ?」

》ちょっとってどれぐらいなんだろ?《

「……って亜月あづきっ! 変なこと言うなよ。思わず想像するところだっただろっ!」

「想像って、陽大くんは何を想像しちゃったのかな?」

「何でもないっ!」

「言葉が伝わってこなかったってことは映像でも浮かんだの?」

「浮かんでないっ!」

 口ではそう強がる陽大。


》頭の中に浮かんだ映像まで亜月に伝わらないで良かった《

「ふーん。やっぱり何か想像しちゃったんだねぇ」

「……もういいだろ」

「セアラと何をしようとしてるのかを白状してくれたら、その想像が現実になるかもしれないんだよ?」

「いいって言ってるだろ」


 けれどやっぱり陽大の口は固い。

 もう一押しかな。

 信号待ちで立ち止まった陽大にとてっと駆け寄って、耳元にそっと手を当てる。


「お風呂に一緒に入るぐらいだったらいいよ。水着は着るけどね」

》風呂に一緒にって。うちの狭い風呂だったら、いろんな所が密着したりするのか……《

「ほらほら、どうする? 正直になろうよ、ねっ?」

「……っ。やめろって」

「えーっ、一生に一度のチャンスかもしれないのに?」

「一生に一度のチャンスでもだ。俺は何も言わない」


 駅に着くまで私はあの手この手で陽大を誘惑したのだけれど、結局陽大は何も言ってくれなかった。

 どうしたんだろう。

 いつもならすぐに音を上げて、「亜月はしょうがないな」って笑って話してくれるのに。


 ……もしかして紗羽さわちゃんと何かあるのかな?


 とうとう私に愛想を尽かして、紗羽ちゃんとの関係を深めようとしているのかな。

 そんな想像をしてしまうと、胸がずきりと痛む。

 電車に乗り込む陽大が遠ざかる。

 すがるように手を伸ばすけど、振り向いてもくれない。

 あぁ、このまま私たちの関係は終わっちゃうんだ。


「何が『このまま私たちの関係は終わっちゃうんだ』だよ。亜月が本気でそんなことを思ってないことは分かってるんだぞ」

 きびすを返してこちらに戻ってきた陽大に手を引かれた。


「バレちゃった?」

 ペロリ舌を出す私に陽大は

「ルールのことがあるからあんまり言いたくないけど、バレバレだぞ」

「そっか。ならしょうがないな」


 でも、ということは、心を読み続ければ陽大が何をしようとしているのかは、すぐに分かるということでもある。

 電車の中で絶対に見破ってやる。


 そう意気込んでいたのだけれど、電車が動き出すと陽大は耳にワイヤレスイヤホンを突っ込んだ。

 心の中では流行りの歌を熱唱している。

 これじゃあ、何を考えているのかなんて分からない。

 問題はもう一つある。


 ――陽大は歌が上手くない。


 さっきからバラードを歌ってるんだけど、微妙に音がズレてる。

 あっ、今も高音が出てなかったし。

 今のところはもっとビブラートをきかせないと。


》うるさいな。心の中だから誰にも迷惑かけてないからいいだろ?《

 私には聞こえてるんですけどっ!

 この曲、私も好きなのに陽大のせいで嫌いになったらどうしてくれるの?

》そんなこと言うなら聞くなよ《

 耳を塞いでも聞こえてきちゃうものはどうしようもないじゃない。

》離れたらいいだろ? 隣の車両に行けば聞こえなくなるだろ《

 なんで私がそんな面倒なことしなくちゃいけないの?

》嫌なんだったら黙って聞いてろ《


 それっきり陽大は再び歌に集中し始めた。

 救いを求めてセアラに視線を送っても、ニカっと笑みを浮かべて小さく手を振ってくるだけ。

 こちらも話してくれる気はないらしい。



 そうこうしているうちに電車は自宅最寄り駅に着いてしまった。

 改札を出たところで、

「じゃあ、俺たちはこっちに用があるから」

 と、陽大は駅に併設された商業施設の方を指差す。

 口では言わなかったけど「絶対についてくるな」という強い思いが伝わってきた。


「ほんとに今日に限って、なんで話してくれないの?」

「事情があるんだよ。分かってくれ」

「そうだよー、中野っちも男の子だからねー」

 ずっと黙ったままニコニコしていたセアラもそう口を挟んできた。


「男の子だからってどういうことなの? そんなこと言われると、余計に気になっちゃうでしょ」

「だから、言えないものは言えないんだって」

「……なんで? 私たちずっと隠し事なんてしないし、できないって思ってた。それなのにどうしてなの?」


 こんな惨めな姿を陽大には見せたくないのに、どうしてもこらえきれない。

 滲み始めた視界の中で、陽大は頭をかいている。

「俺だってしたくないんだよ。近いうちにちゃんと話すから」

「いまっ! いま話して。私は待ちたくないっ!」

 声を振り絞る私に、陽大は困惑したような表情を浮かべる。


「あづっちー、悪いことじゃないからさー。ここはあーしに免じて、中野っちを信じてあげてよー」

 セアラは私を慰めようとしてくれている。


 でも、だけど、私の気持ちは収まらない。

「ダメっ!」


 周りを行き交う人たちが、大声を上げた私を何事かと眺めている。

 そんな視線も気にならない。気になるのは陽大のことだけ。

「セアラ、どうすればいいと思う?」

「こうなっちゃったらー、もう正直に話すしかないんじゃないかなー」

「けど……」

 口をつぐむ陽大。

》亜月の誕生日プレゼントを買いに行くなんて言えないしな《

 ……誕生日プレゼント?

 頭の中に聞こえた陽大の思いを反芻して、はっと私は顔を上げる。


「それ言っちゃダメなやつでしょっ!」


 私が知ったらサプライズじゃなくなるのに。

 陽大がしまったと気まずそうにしたのは一瞬だけ。すぐに私の言葉に反論してきた。


「言ってないって!」

「サプライズにならないでしょっ!」

「だからルールっ!」

「私がルールを守らないことなんて陽大は分かってるでしょっ!」

「分かってるよ。分かってるからこそ、必死になって隠し通してきたのに。亜月がしつこいからだぞ」

「もうっ、人のせいにしないでよねっ!」

 口に出してから、今のは自分でもひどい言いがかりだったと気付く。


「バレちゃったらしょうがないなー」

 熱くなりかけた私と陽大の間にセアラが割って入る。

「というわけでー、あーしと中野っちは今からあづっちのプレゼントを買いに行くからー。あづっちは大人しく帰ってねー」

「……たしかに私がついて行くわけにはいかないよね」

「そだよー。だからー、またねー」

「うん……じゃあセアラ、陽大をよろしくね」

「もっちろーん。じゃあー行くよー」


 陽大はセアラに背中を押されて商業施設の方へと向かった。

 けど陽大が私に誕生日プレゼントを贈ってくれようとしてるなんて。

 これまでも陽大が私に何かくれることはあったけど、それはなんかのおまけみたいな、言っちゃえばガラクタみたいなもの。

 でも私にとっては、どれもこれもが大事な宝物。クローゼットの奥に大切にしまっている。

 だから陽大が私の誕生日にプレゼントをくれるというのなら、どんなものでも嬉しい。

 だって陽大の存在を近くに感じられるから。


 と、遠ざかる陽大がチラッとこちらを振り返るのが視界に入った。


 その顔は真っ赤に染まっていた。

 ……どうやらまだ心の声が届く距離にいたらしいね。

 ちょっと恥ずかしい気もするけど、まぁいっか。

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