第4話(2/3) 不安じゃないの?

◆   ◆   ◆


「ねえ、陽大ようだいはどう思う?」


 学校帰りの自宅最寄り駅。

 セアラと別れて2人きりになったのを見計らったかのように亜月あづきたずねられた。


「どうって、何が?」

「セアラが言ってたこと。私たちのテレパシーを調べようってことだよ」

「別にいいんじゃないのか?」


 本心からそう思っている。

 だからそのまま言葉にしたのだが、


「もうっ、なんで陽大はそんないい加減なのっ!」

 俺の態度は亜月の気に召さなかったらしい。

「気に召さなかったらしい、じゃないよっ!」

「ちょっ、そんな大声を出すなよ」

 この駅は俺たちの高校の生徒も大勢利用している。

 突然変な声を上げた亜月に誰か気付いてやしないだろうかと、俺は辺りを見回す。


「誰も聞いてないわよ。それに週末はみんな忙しいんだから、私たちの会話なんて誰も気にしないから平気」

「そうはいってもだな。もうちょっと気を付けてくれよ」

「気を付けるのは陽大もだよ」

「俺が何に気を付ければいいんだよ。俺はちゃんとルールを守ってるぞ」

「そうじゃない」

「じゃあ何なんだよ?」


 俺がそうくと、亜月は顔を俯けてスカートの裾をギュッと握る。

 不安な気持ちは伝わってくるけど、何が何だかさっぱり分からない。


「……陽大は不安じゃないの?」

「不安って何が?」

「言わないと分からないの?」

「いや、心の中で思い浮かべてくれるだけでも分かるけど」

「そうじゃないっ! 私はそんなことを言ってるんじゃないのっ!」


 顔を上げたかと思うと、今度は俺のことを思いっきり睨みつけてくる。

 コロコロ表情を変える。

 まぁ、そんな風に表情豊かなところも亜月のかわいいところなんだけどな。


「もうっ、ほめてもダメだからねっ!」

「じゃあさ、教えてくれよ。亜月が何を不安に思ってるのかを」


 すがる俺に対して、亜月は「はあ」と大げさにため息をつく。

「大げさにってどういうことよ?」

「だってそう見えたからさ」

「悪いのは、陽大が私のことを分かってくれないからだよ」

「分かったって。悪いのは俺でいいから。とにかく話してみてくれよ」

「どうせ自分は悪くないけどって思ってるんでしょ?」

「思ってないって。もしそうだったら亜月には分かるだろ?」

「……それはそっか」

「そうだって。だから、もう一回言うけど、亜月が何を不安に思ってるのか教えてくれよ」


 亜月は一瞬だけ口元をキュッと引き締めてすぐに口を開く。


「私が不安に思ってるのは、もしテレパシーの仕組みみたいなのが分かって、テレパシーを解消することができて。それでもし、陽大の心の声が聞こえなくなったら……」

 ……嫌だなって思って。


 亜月は最後の一言は声に出さなかった。

 けど俺は安心した。

 亜月がずっと深刻そうな顔をしているものだから、よっぽど都合の悪いことが起こってしまうんじゃないかって思ってたけど、全然大したことなかった。


「……陽大はそうなんだ……」

「亜月は心の声が聞こえなければいいなって思わないのか?」

「たしかに何でもかんでも私の考えてることが陽大に知られるのは嫌だよ。でも……」

「でも?」

「でも私たちはずっとこうだったんだよ。もしそれがある日突然、聞こえなくなればものすごく不安になると思うんだよ」

「最初のうちだけだって。心の声が聞こえないことなんてすぐに慣れるだろ」

「それでいいの?」

 亜月が上目遣いで俺のことを見つめてきて、俺はやっと気付いた。


 ――いつの間にか亜月は目の端に涙を湛えていた。


 俺はほんとに心の声が聞こえなくなることなんて不安には思ってない。

 もしそうなれば、その時こそ覚悟を決めるだけだ。


 なんて思ってると、亜月の瞳に溜まった涙は今にも決壊しそうになっていた。

 まずい。

「ごめん、亜月」

「なんで謝るのよ? 陽大は思ってることを言ってるだけなんでしょ?」


 声をかすれさせる亜月に俺の焦燥感はさらに募る。


「それはそうなんだけど、一番大事なことを先に伝えとくべきだった」

「……一番大事なことって?」

「それはだな……」


 不安と期待がないまぜの亜月の目をあらためて見すえる。


「それはセアラが俺たちのテレパシーの秘密を探ることなんてできないってことだよ」

「……」

「考えてみろよ。セアラがオカルト研究部なんてつくったのは、単に自由に使える部室がほしかったからだぞ」

「でもつくったからには真面目に研究するかもしれないでしょ?」

「何かの間違いでセアラがそうしたとして、分かると思うか? だってセアラだぞ」


 悲しみに沈む亜月に向かって俺は必死に言葉をつむぐ。

 亜月は瞳を閉じて、人差し指で目の端を拭う。

 とうとう俺の態度に愛想を尽かされてしまったのかもしれない。


「違うってば」

 けれど亜月は笑う。

「陽大の言う通りだなって思って。そうだよね、セアラに分かるはずないよね」

「だろ? だから何も心配する必要なんてないんだよ」

「うん、そうだね」


 柔らかい表情を浮かべて頷く亜月に、胸を撫で下ろしていると、ポケットの中でスマホが震えた。


『今日は遅くなるから晩ご飯は適当に済ませてね』


 姉ちゃんからのメッセージだった。

 今週は割りと真面目に食事を準備してくれてたから、たまには仕方がない。

 夕食にはちょっと早いけど、駅前のファミレスでなんか食べて帰るか。


「私がつくりに行ってあげるよ?」

 亜月はそう言ってくれた。


 でも毎回毎回、亜月につくってもらうのも悪い。

 それにこのままだと亜月にすっかり飼い慣らされてしまいそうだ。

「飼い慣らすってなんなのよっ! 人聞きの悪い」

「人聞きが悪いから口に出さなかったのに、わざわざ言葉にするなよ」

「いいじゃない、事実なんだから」

「だからそれが事実になるのが困るんだよな……」

「なんで困るのよ?」


 言われてみればそれもそうだ。

 別に亜月に飼い慣らされても困ることはない。

 ほかに好きながいるんなら、その娘の手料理を食べる時に口に合わなくて困るかもしれないけど、そんなことはないわけだし。


「……でしょ?」

 さっきまでの勢いの良さをしまって、少し照れたように言う亜月。

 今の考えが伝わってしまったのは俺も恥ずかしくて、無理やり口を動かす。


「でも今日はファミレスに寄ってくよ。亜月にばっかり料理してもらうのは悪いからな」

「そう……。なら私も一緒に行く」

「なんでだよ?」

「別にいいじゃない。それになんか嫌な予感がするの」

「嫌な予感って? 亜月はテレパシーだけじゃなくて違う能力にも目覚めたのか?」


 まだ残る恥ずかしさを誤魔化すように、からかうような口調で告げた。


「そんなわけないでしょっ! これはあれよ、女の勘ってやつよ」

「ふーん、まぁ亜月が俺と過ごしたいって言うんだったら、俺は拒むつもりはないけどな」

「なによ、その上から目線はっ?」

「だって亜月は俺と一緒に晩飯を食べたいんだろ?」

「もうっ知らないっ!」


 亜月は俺に背を向けて歩き出す。

 でも俺は知っている。

 亜月が向かう先が駅の目の前にあるファミレスであることを。

「変なモノローグを付け加えてる暇があったらさっさと来なさいよっ!」

「はいはい」


 亜麻色の髪を振り乱しながら顔だけこちらに向けた亜月に俺はおざなりな返事をして、あとに続いた。

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