第4話(1/3) 不安じゃないの?

◇   ◇   ◇


 高校生になって10日がたった。

 新しい生活にワクワクするだけでいられたのは、最初のうちだけ。

 だんだんと疲れがたまり始めている。

 慣れない電車通学や駅から学校までの坂道。中学までとは違う勉強。

 だからようやく1週間が終わった金曜の放課後。私とセアラ、陽大ようだいはオカルト研究部の部室に集まりぐてっとしていた。


「あづっち、しんどそうな顔してるけど、どしたのー?」


 前言撤回。セアラは全然いつもと変わらない感じでマイペースに声を上げる。


「セアラは疲れないの?」

「疲れるってなににー?」

「高校に入っていろいろ変わったでしょ? 電車通学とかさ。環境が変わったって言うと大げさかもしれないけど、ちょっと疲れたかなって」


 声を落とす私の頭の中に陽大の声が届く。

》俺は毎朝、亜月あづきと通学できて嬉しいけどな《

「ちょっ、陽大っ! 不意打ち禁止っ!」

「ルールっ! 俺は何も言ってないっ!」


 陽大は顔を真っ赤にしながら抗議する。

 ……まぁほっぺたの辺りが熱くなってるのは私も同じなんだけど。


 でも、

「別に部室の中ではいいでしょ? セアラは私たちのことを知ってるんだから」

「そんな風に気を抜いてると、亜月は教室でも同じことするだろ?」

「そんなことないもんっ! オンとオフの切り替えはしっかりできてるから」

「オンとオフって……」


 呆れたような顔を向けてくる陽大。

 キッと睨んでやっていると、セアラがケラケラと笑う。


「……何がおかしいのよ?」

「だってさー、あづっちはいろいろ変わったのが疲れるって言うけどさー。でも2人の関係は全然変わらないなーって思ったらおかしくってー」

「いや、セアラからも何か言ってやってくれよ。せっかくルールを決めたのに、亜月が守ってくれないんだよ」

「えー、別にいいじゃーん。面白いから」

「面白いのはセアラだけだろ。こんなところをほかの連中に見られたら、なんて言われるか分からないんだし」

「じゃあさー、こうしよー」


 セアラは突然パンと手を叩いたかと思うと立ち上がった。

 そのまま部室に備え付けられたホワイトボードの前に進む。

 キュポンと音を立ててマーカーのキャップを外す。


「せっかくオカルト研究部なんてものをつくったんだからー、研究テーマを決めまーす」

 私と陽大に背を向けたままそう言うと、何やら文字を書き始める。


「なぁ、亜月、セアラは何を考えてるんだよ?」

「そんなの私に訊かないでよ。私が読めるのは陽大の考えてることだけなんだから」

「それは分かってるけど、俺より亜月の方が付き合いが長いだろ?」

「それはそうだけど、それでも分からないものは分からないんだから仕方ないでしょ」


 私たちがそんな風に言葉を交わしていると、

「はいはーい、ちゅうもーく」

 セアラがマーカーにキャップを付けながらこちらを振り返った。

「じゃあ発表しまーす」

 軽やかに告げると、体をホワイトボードからずらして書いた文字を私たちに見えるようにした。


 そこに書かれていたのは……

》読めない……《

 視線で救いを求めてくる陽大に私は首を小さく横に振る。


「どうかなー? いい考えだと思うだけどなー」

 自信満々って感じでセアラは同意を求めてくる。


》どうする亜月? こういう時って字が汚すぎて読めないって言っていいものなのか?《

 ついさっき自分でルールの運用を主張してきたくせに、陽大はルールを自分で破る。

 まったく自分勝手だ。


》仕方ないだろ。下手なことを言ってセアラを傷つけたくないんだから《

 まぁそういう理由なら仕方ないか。

 それに陽大がそんな風に人を気遣う優しさを持ってるってことは私が誰よりも知っている。

》…………《

 っと、しまった。

 ついついほめちゃったら、陽大が恥ずかしそうに口元に手を当てている。

》もういいからっ! さっさとこの場をなんとかしろよ《

 そうだね。陽大をからかってばかりいても話は進まないからね。


「えっと、セアラ? それってどういうことなのかな? ちゃんと説明してもらっていいかな?」

「えーっ、説明なんてしなくても書いてあることだけで分かるでしょー?」

「うん、まぁそうなんだけど。ほら、なんて言えばいいのかな……」

「セアラに部長らしい姿を見せてほしいんだよ。書いてあることを読めば分かるっちゃ分かるけど、こういう時は部長直々に説明するもんだろ?」


 言いよどんでいた私に代わって陽大がセアラに告げた。

 なるほど。たしかにそう言えばセアラを傷つけることなく、なんて書いてあるかを知ることができる。

 しかしいつの間に陽大はこんなに口先巧みになったんだろう?

 いつかどこかの女の子をたぶらかしやしないかと、お母さんは心配ですよ。


》いや亜月は母さんじゃないからな?《


 ツッコむところが違うんじゃないかなと、思わなくもないけど今はいい。

「そっかー、そうだよねー。さすが中野っち、いいところに気が付くねー。中野っちがいい子に育ってくれてお母さんは嬉しいよー」

 セアラはすっかり気を良くしている。

 でも陽大の対応が良くなかった。


「セアラも俺の母さんじゃないからな」

「ん? 『も』って言った? 『も』って。……もしかしてあーしに聞こえないようにあづっちと頭の中で会話をしてたのかなー?」

「ヤバっ……」


 陽大は顔を青くしているけれど、既に手遅れた。

 セアラは普段マイペースを貫いているのに、実は勘が鋭い。そのせいで私と陽大のテレパシーの秘密もバレてしまった。


「何を話してたのかなー? あづっちと中野っちの仲がいいのはいいことだけどー、あーしだけ蚊帳の外だとちょっと嫌だなー」

「いや、それはだな。……おい亜月、なんとかしてくれよ」


 そう言われても困る。

 けどこのままだとせっかくの陽大の気遣いが無駄になってしまう。


 なんとかこの場を繕う言葉を必死で考え出そうとしていると、

「まぁー、いいけどねー。どうせあーしの字が汚くて読めないとかって言ってたんでしょー?」

「汚いって自覚あったの?」

「あっ、やっぱりそうなんだー。丁寧に書いたつもりだったのに傷ついちゃうなー」


 思わずツッコんでしまった私の言葉にセアラは分かりやすく肩を落としている。


「ごめん、セアラ。心の中だけで会話して悪かった。次からはセアラにも分かるように、ちゃんと口に出して言うよ」

 陽大は私のフォローのつもりなのか、優しい声音を出した。

 けどそういう問題じゃないんじゃないかな。

 と思ったんだけど、

「分かってくれたならいいよー。あーしは正直に何でも言ってほしいからさー」

 セアラはあっけらかんとした表情で言った。


「あぁ、ちゃんと気を付ける」

「うん、じゃあ、ちゃんと説明するねー」

 ゴホンと咳ばらいをして私たちに向き直るセアラ。

「あーしたちオカルト研究部の活動はー、テレパシーを研究することにしまーす」

「それって私と陽大がテレパシーでつながってるから?」

「もちろんそだよー。いろいろ不便なんでしょー」

「不便ってことはないけど……」


 チラッと陽大に視線を送ると同意するかのように頷いている。


「まぁでもさー、どうしてあづっちと中野っちがつながってるのか分かればー、のちのち役に立つこともあるかもしれないしさー」

「けどそんな簡単に分かるかな?」

「さぁ、どうだろうねー。でも何の目的もないまま過ごすより、楽しいんじゃないかなー?」

「そうだな。セアラの言う通りだ。俺は賛成する」

「えっ、そうなの?」

「何か分かれば、もしかすると俺と亜月の間のこの変な状態が解消するかもしれないんだぞ。それに分からなければ分からないでもいいし、別に反対する理由はない」

「そっか……」


 陽大の考えは正しいんだと思う。反対する理由は私にもない。

 でもどこか寂しい気がするのはどうしてだろう。

 陽大の考えが何でも伝わってくる状況ってのは嫌だと感じることはある。入学式の時みたいに陽大がほかの女の子に心を惹かれているのを知るのは胸が痛む。

 だけど、それでも、もし、何も伝わってこなくなったら、私たちの関係はどうなるんだろう?


「じゃあそういうことで、よろしくー」

 何も言わない私が同意したと思ったのか、セアラはニッコリ微笑む。

 ちょうど下校時間を告げるチャイムが響き、この日は解散することになった。

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