第3話(3/4) 婚姻届はいらないからっ!
◆ ◇ ◆ ◇
「じゃじゃーんっ!」
校舎の端っこ。普段使う教室の半分ほどの部屋の扉を開けてセアラは声を弾ませる。
「さっ、入って入ってー」
戸惑う
部屋の中央に置かれた長机の前に置かれたパイプ椅子に腰かけると、カバンから何やら取り出そうとしている。
「何なんだよ、ここ?」
「そうよ、いきなり呼び出しておいて何するの?」
「まぁいいからー。ほらっ、2人も座ってよー」
陽大と亜月はなおも怪訝そうな表情を浮かべているけれど、このままではらちが明かないとセアラの向かい側に並べられた椅子に座る。
「あっ、あった」
2人が腰を下ろしたのを見計らったかのようにセアラがカバンから1枚の紙を取り出して陽大に手渡す。
「はい、これ」
「何だよ? ……ってこれっ!?」
素直に受け取った陽大はその書類を一瞥して絶句する。
(何の冗談なんだよ?)
そんな心の声が亜月に伝わる。
「どうしたの?」
頭の中を真っ白にして黙り込む陽大の手元を亜月は覗き込む。
「はぁっ、セアラ、どういうことっ?」
陽大と亜月が目にしている書類にはえんじ色で『夫になる人』『妻になる人』と印字されていた。
「これって婚姻届でしょっ!」
「あれー、間違ったかなー?」
演技がかった声で応えるセアラ。
「絶対にわざとでしょっ! いらないから、婚姻届はいらないからっ!」
「えーそうかなー? あづっとと中野っちは夫婦みたいなもんだしー、さっさと出しちゃえばいいと思うんだけどなー。もう高校生になったんだしー」
「いや、高校生になったって言ってもまだ出せないからな。亜月はもうすぐ16になるから結婚できるけど、男は18じゃないとダメだからな」
声を荒げて抗議する亜月と対照的に、陽大は冷静にツッコむ。セアラに呆れたような表情を浮かべてみせる。
「そんな問題じゃないし……」
けれど反論したのは亜月だった。
「あれー、どうしたのかなー? もしかして中野っちがなんかしたのかなー?」
「……俺は何もしてない」
「へー、そんなこと言うんだ?」
ツンと顔を背ける陽大の顔を見上げるように亜月が身を屈める。
「なーんか、面白そうなことになってるねー。あづっち、どしたの?」
「どうしたもこうしたもないと言えばないんだけど……」
「だけどー?」
「……陽大がほかの女の子を見てデレデレしてた」
「俺はデレデレなんてしてないっ!」
「してたしっ!」
「いつだよ?」
「入学式の間ずっとだよっ! あの
図星を突かれて陽大は「うっ」と絶句。けれどすぐに反論を試みる。
「ルールのこと覚えてるだろ? 俺は何も口に出してないんだから、俺は何もしてないってことだよ」
「でもっ、ルールはそんなことのために作ったわけじゃないよね?」
「ルールを作った理由なんてどうでもいいだろ」
突き放すように言う陽大。亜月との間に険悪な空気が流れる。
「ルールって何なのー?」
そんな2人のことなんてお構いなしにいつものペースを貫くセアラに、亜月はそっと顔を向ける。
「お互いの心が読めても口に出さなかったことは知らなかったことにするってルール。高校に入学するときに決めたの」
「どしてー?」
「だって俺たちのことを知ってるセアラならいいけど、そうじゃない連中の前で俺たちがいきなり黙り込んだら不審に思われるだろ?」
応えた陽大に向かって、セアラはケラケラ笑う。
「だからー、婚姻届を用意してあげたんじゃーん」
「だからって言われても……。そもそも俺はまだ結婚できる年齢じゃないって言っただろ?」
陽大は話が通じないことに少しだけいら立ちを覚える。
いい加減にしてほしいと伝えようするが、亜月の心の声が聞こえてきたことに気付き口を紡ぐ。
(結婚できる年齢になればいいのかな?)
「ちょっ、亜月っ、何考えてるんだよっ?」
「へっ? えっ? ちっ違うからっ!」
その思いは亜月にも無意識のものだった。取りようによっては結婚してほしいとも聞こえる思いを抱いてしまったことに頬を染める。
けれど陽大から顔を逸らしながらも声を荒げる。
「ルールっ! 陽大がさっき自分で言ったばっかりでしょっ!」
「そ、それはそうだけど……」
「でしょっ! だったら何もなかった。それでいいでしょ?」
「……だな。じゃあ入学式のこともなかったことにしてくれよ」
「うっ……。ま、まぁ、そうね。けど今回だけだからねっ!」
「なんでだよ? 俺が何を考えたって俺の勝手だろ?」
なおも反抗的な態度をやめようとしない陽大に視線を戻して、亜月は気付く。
――陽大も顔を真っ赤にしていたことに。
陽大も陽大で亜月の表情を見て、これ以上反論する気が萎えてしまう。
「相変わらず仲がいいねー」
そんな2人をほほえましく眺めるセアラは、からかうような笑みを浮かべる。
「ほんとさっさと結婚すればいいのにー」
「だから俺たちは付き合ってもいないんだって言ってるだろ」
「それってほんと不思議なんだけどー、なんでなのー? あづっちって、女のあーしから見てもすっごくいい娘だと思うんだけどなー」
「それは……」
黙り込む陽大に、セアラはニッと口角を上げる。
「分かったー。あづっちの胸が小さいからでしょー? たしかにあづっちはあーしに比べるとちょっと残念だからねー」
たわわな胸元をそっと持ち上げてみせると、陽大はさっきとは違った赤色に顔を染める。
「ちっ、違うっ」
「そうなんだー。陽大は胸が大きい娘が好きなんだ。たしかに種井さんもセアラほどじゃないけど大きかったもんね」
必死に反論する陽大を亜月も一緒になって責め立てる。
「中野っち、人を見た目で判断しちゃダメだよー」
「だから、違うって言ってるだろ? 俺は別に巨乳が好きってわけじゃない」
「じゃあ、どんな胸が好きなのかなー?」
「大きいとか小さいとかじゃなくて、俺は好きになった娘の胸が好きなんだよっ!」
思わず立ち上がり声を張り上げた陽大。
すぐに自分がものすごく恥ずかしいことを口走ってしまったことに気付き「ごほん」と咳ばらいをして腰を下ろす。
(そうなんだ。良かった)
漏れ聞こえてきた亜月の声に、チラリと視線を向けるが亜月には逸らされてしまう。
けれどハーフアップの髪の隙間から覗いた耳たぶが赤くなっているのは、はっきりと見えた。
そんな風に恥ずかしがってくれるの亜月はやっぱりかわいいという思いが頭によぎってから陽大は失態に気付くがもう遅かった。
亜月は羞恥に耐えられないとばかりに口元を片手で隠していた。
ようやく陽大は、このままでは亜月と2人してセアラに恥ずかしいところを曝し続けてしまうだけだと気付く。
「もう俺は帰る」
何を言っても何を考えても墓穴を掘るだけだと、陽大は短く告げて立ち上がる。
が、
「ちょっとちょっとー、まだ本題に入ってないんだけどー」
セアラが口を膨らませている。
さんざん自分たちをからかっておいてまだ不満があるのかと陽大はジト目を向ける。
「俺たちをからかうために呼び出したんじゃないのか?」
「違うってばー。今日はちゃんと用事があるんだよー。けどその前に必要な書類があるからちょっと取ってくるから待っててー」
「書類って、婚姻届はいらないからな」
「分かってるってばー。今度はちゃんとした書類だからー。すぐ戻ってくるからそれまで2人で愛を育んでてねー」
「またそうやってセアラは余計なことを言う」
陽大の抗議を気にする素振りもなく、セアラは部屋を出て行った。
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