第3話(2/4) 婚姻届はいらないからっ!
◆ ◆ ◆
俺は悪くない。
俺は何もしていない。
ただちょっときれいな娘に見とれてただけ。
なのに、気まずい。
入学式が終わって教室に戻ってくる途中で伝わってきた
俺がほかの女の子に見とれるのが嫌だって言うのなら、さっさと亜月から告白してくれればいいのに。
ほかの人に言えば、お前からさっさと告白しろって呆れられるのは分かってるけど。それはしたくないし。
とにかくそんなこんなで気まずさを抱えた俺は、放課後になってもすぐに帰ることはせずに
「で、
「俺は別にいいかな」
「いいって、入らないってことか?」
「そう、そのつもりだ」
大したことを言ったつもりはなかったのだが、悠斗は「かぁーっ」と声を上げて天を仰ぐ。
「もったいないっ!」
「何がだよ?」
「せっかくの高校生活だぞ? 部活の一つや二つしないと青春できないだろ?」
「いや、入るにしても部活は一つだろ?」
「……まぁ、それはそうだけど。でもっ、一緒に汗を流せば友情も深まるし、愛情も深まるんだって」
「愛情って……。悠斗はどうするんだよ?」
「そんなの決まってる。俺はサッカーをする」
そういや、悠斗はモテるためにサッカーをしてるとか言ってたな。
「だったな。まぁ頑張れよ」
「おう。2年の女子マネージャーがかわいいんだよ」
「お前は女のことしか頭にないのか」
呆れる俺に構わず悠斗は
「年上ってのもいいよな? 『悠斗くん、お疲れさま。今日も頑張ってたね』とか言われるんだぜ?」
「はいはい、そうだな」
「1年待てば後輩も入ってくるしな。『悠斗先輩っ、これ飲んでください』ってスポドリを差し出されたりもするんだぞ」
「そりゃ良かったな」
「だから陽大も部活に入れよ」
「だから俺はそういうのはいいって」
「相変わらずつれないな。けど陽大には大事な幼馴染がいるんだったな」
悠斗はチラッと亜月の方へ視線を走らせる。
「いいよなー、あんなかわいい娘が幼馴染なんて。なんで俺には幼馴染がいないんだろうな?」
「いや、俺に聞かれても」
「だよな」と言う悠斗に調子を合わせて笑っていると、
「中野っちー、このあとちょっと顔貸してー」
ちょっと離れた所から会話に割り込んできたのは
中学までと変わらず、華やかな格好をしている。
肩にかかる金色の髪。前の方はちょんまげみたいにまとめて、おでこをばっちり覗かせている。
男と並んでもそれほど変わらない背丈に、体型にはメリハリが効いている。
スティックの付いた飴をなめながら近付いてくるセアラに悠斗が目を見開く。
「おい陽大、親しそうだけど知り合いか?」
「同中なんだよ」
「すげえな。……主に胸が。こんなの見たことねえよ」
どぎまぎしながら小声で俺に話しかけている悠斗に「ちょっと中野っち借りるよ?」と声をかけてセアラは俺の後ろの席に腰を下ろした。
「もっ、もちろん。俺は部活の見学に行くから、また明日な」
顔を真っ赤にして悠斗は俺たちの前から去っていった。
「何の用だ?」
「このあと暇でしょー。ちょっと話したいことがあるから付いてきてくれるー?」
「勝手に決めつけるなよ。俺だっていろいろあるんだよ」
「えーっ、ないでしょー? だってあんたの嫁も一緒に来ることになってるんだからー」
「なっ、嫁じゃないって」
「いやー、あんたらはどっからどう見ても夫婦だってー。中学のころの2人を知ってる人に訊いたら、間違いなくみんなそう言うってー」
「……まじで?」
「まじでー。まぁ中学の時は、あんたたちは違うクラスだったからセットで知ってる人は少ないけどねー」
「セットとか言うなよ……」
けどほんとにセアラの言葉が正しいのなら気を付けないといけない。
3年間クラス替えのない高校で、そんな夫婦みたいに見られるなんて……。
「夫婦みたいって言わるのがそんなに嬉しかったのー?」
「そんなこと言ってないだろ」
「いんやー、顔に書いてるよー。別にあんたたちみたいに心が読めなくても分かるぐらいはっきりとねー」
「ちょっ、そんな心が読めるとか口にするなよ」
実はセアラは俺と亜月が互いの心を読めることを知っている。
中学の時、俺と亜月が無言のまま口論をしていたのをセアラに見られてしまったのがきっかけだった。
でもほかの人に知られると面倒なことになると思って口外はしないように伝えていた。
「大丈夫だってー。誰も聞いてないからー」
言われて見回すとたしかに誰も俺たちの会話に注意を払っていなかった。
「気を付けてくれよ」
「まぁそれもあるから、場所変えて話そうと思ってるんだけどー」
「分かった。で、どこに行けばいいんだ?」
「うん、じゃあ荷物をまとめたら付いてきてよー」
立ち上がったセアラに続いて俺は教室をあとにした。
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