第2話(2/3) 白黒はっきりさせたいでしょ?
◆ ◆ ◆
なんだかんだあったけど、俺と
ただ登校するだけなのにやたらと疲れた。坂道がきつかったせいだけじゃない。
亜月のせいだ。
》もうっ、人のせいにしないでよねっ!
違うって。そもそも亜月が何もない所で転びそうになったのが悪いんだろ?
》あっ、そうやって人のせいにするんだ?《
亜月は腰に両手をやって、俺のことを睨んできている。
と、
「ねえねえあの2人って付き合ってるのかな?」
「どうだろ? でもいいよね。私も高校ではカレシつくりたいなぁ」
2人の女子生徒がそんな風に俺たちに生温かい視線を向けながら通り過ぎていった。
いや、あの亜月の目を見れば仲良さそうには見えないはずだけど。
でもやっぱりこのままじゃまずい。
せっかく決めたルールが既に破られている。
「さっさと行くぞ?」
「……うん、そうだね」
珍しく俺の提案に素直に従ってくれた亜月とともに、俺はクラス割りが張られた掲示板の目に移動した。
俺たちの学科は学年に1クラスしかないから見るまでもないんだけど、やっぱりと言うか当然と言うか俺と亜月は同じクラスだった。
「大丈夫かな?」
「亜月さえしっかりしてくれたら、俺は大丈夫だ」
「ほんとかな?」
亜月は俺のことをからかうように上目遣いで眺めてきている。
春の柔らかい陽射しがまん丸い瞳を輝かせていて、思わず見とれそうになってしまう。
「ほら、陽大の方こそ危ないんじゃないの?」
「なっ、何がだよ?」
「そうやってさぁ、すぐに慌てるとこだよ」
「別に慌ててなんてないし」
「へぇ、そうなんだぁ。私に見とれそうになってたのは誰なのかなぁ?」
「だから、ルールっ!」
「はいはい、そうでしたねー」
そう言って亜月は口元を手で隠すと、クシシと笑う。
……まったく。
ほんとに先が思いやられる。
まだ外だからいいけど、教室の中でもこんなことを繰り返していれば俺と亜月はクラスメイト達から冷たい目線を向けられることになる。
俺だけだったらまだ耐えられるけど、亜月まで巻き込むわけにはいかない。
クラスが一つしかないってことは卒業までの3年間、クラスメイトは変わらないということで。一度変な風に見られたらそれがずっと続いてしまう。
一生に一度しかないせっかくの高校生活が台無しになってしまう。
そんな事態を避けるためにも、亜月の協力が必要なんだけど……。
「……って、どうしたんだよ、亜月?」
》ずるいってそんなの《
亜月は顔を真っ赤にして唇をプルプル震わせていた。
「何の話だよ?」
「急にそんな風に私のことを気遣うようなことを言うことっ!」
「気遣うようなって?」
》私の考えてることが分かるんだから、分かるでしょっ!《
いや、分からないから困ってるんだけど……。
「じゃあ、一生考えてれば? 私、もう教室に行くから」
言い残して亜月はスタスタと校舎の方へ向かう。
歩くたびに揺れる髪の隙間から覗く耳はほんのり染まっている。
いったいなんだっていうのか?
亜月は立ちつくす俺から既に遠ざかっていて心の声も、もう聞こえない。
「分かんねえよ……」
バシッと背中を叩かれたのは、思わずそうつぶやいた時だった。
「なぁ、さっきの娘は知り合いなのか?」
ぐるりと顔を回すと、少しだけ長めの坊主頭を撫でつけながら人の好さそうな笑みを浮かべる男子生徒が立っていた。
いきなり人を叩いてきて、こいつはなんだ?
「あっ、悪い。俺は
俺は声に出していないのに、勝手に自己紹介を始めた。
……もしかしてこいつも心が読めるのか?
今まで亜月以外にそんな人とは会ったことはないから他にはいないと思っていたけど、それはひょっとすると俺の勘違いだったかもしれない。
と、いうことは。
俺が亜月のことをかわいいとか、ずっと隣にいたいとかって思ってたことが亜月以外の人間にもダダ洩れだったってこと?
それは……ものすごく恥ずかしい。
そんなことを考えていると、
「変な顔してどうしたんだよ?」
山中と名乗った男子生徒は怪訝そうな表情を浮かべていた。
どうやら俺の心が読めるわけではないらしい。
「悪い。ちょっと考えごとをしてた」
「別にいいけど。で、お前も文理科なのか?」
妙になれなれしく話しかけてくる。ただ口調は柔らかいし、嫌な感じはしない。
「そうだな。えっと、山中だったか? 俺は中野陽大だ」
「やっぱりそうか。あと、俺のことは悠斗でいいぞ」
「じゃあ、俺のことも陽大って読んでくれ」
「OK。で、どうなんだ?」
「どうって?」
「だからさっきのかわいい娘だよ。知り合いなんだろ?」
かわいいって……。
たしかに亜月はかわいいし、ずっと眺めていたいけど、他の人、それも男からそう言われるとなんか複雑な気がする。
「いや、まぁあれは、
「幼馴染かぁ!」
「突然、大声を出してどうしたんだよ?」
「だって、幼馴染の女の子がいるなんてすべての男の憧れだからな」
「いや、それはどうかと思うけど」
「持てる者は持たざる者の気持ちなんて分からないんだよ」
悠斗はわざとらしく肩を落とすと「やれやれ」と口に出して言う。
ブンブンと頭を振ると、ガバっと顔を上げる。
「分かった。俺は亜月ちゃんのことは諦める。だから陽大は亜月ちゃんと幸せになれ」
話したこともない相手のことを亜月ちゃんて……。
第一印象以上に軽い奴みたいだ。
「幸せになれって言われてもな」
「もしかして付き合ってないのか? さっき見た感じだとだいぶ仲良さげだったけど」
「付き合ってないぞ」
まだ、という言葉は口から出るすんでのところで押しとどめた。
そんなことをこの軽い男に伝えると、あることないこと言いふらされてしまいそうだし。
「まじか……?」
信じられないことを聞いたとばかりに目を見開く悠斗。
「そんなに驚くことじゃないだろ。別に幼馴染が付き合わないといけないなんてことはないんだし」
「それはそうだけど。幼馴染は負けフラグとかよく言われるけど」
なぜだか悠斗は肩を震わせて「でもっ!」と声を張り上げる。
周りの生徒たちが何事かとこちらをチラチラ見てくるけど気にしない。
「でも、あんなかわいい娘と付き合わないなんて選択肢があるのだろうか? いや、ないっ!」
反語まで交えて力説を始めてしまった。
「いいか、陽大。正直言って、俺はモテる。ずっとサッカーをしてたからな」
「サッカーしてるからモテるってのはどうかと思うけど」
「いや、サッカーをしてればモテるというのは古今東西共通している。むしろ俺はモテるためだけにサッカーをしている」
「そっ、そうか……」
気圧されてしまう俺のことなど構わず悠斗は話を続ける。
「で、だ。モテる俺は当然、いろんな女の子から告白をされるわけなんだよ」
「そりゃ良かったな」
「ここからが大事だからちゃんと聞けよ?」
悠斗は俺と距離を縮めて肩に手をまわしてくる。
「あんなにかわいい娘は、初めて見た。俺は友達を大事にするからお前から奪ったりなんてしないけど、他の連中は放っておかないぞ」
いつの間にか俺と悠斗は友達になっていたらしい。けど亜月に手を出さないでいてくれるというのはありがたい。
こっそり心の中で感謝する俺に悠斗は言葉を継ぐ。
「さっさと告白しろよ? いつ他の男にとられるか分からないぞ」
「俺は自分から告白しないって決めてるんだよ」
「なんだよ、それ?」
即答した俺に心底呆れたような顔を浮かべる悠斗。
「だって男が告白しないといけないっておかしいだろ? 男女平等の時代なんだから女の方から告白したっていいはずだ」
「そりゃそうかもしれないけど、それでいいのか? しかし、陽大って面倒くさい奴なんだな」
「出会っていきなりなれなれしくしてくる悠斗も面倒だと思うけどな」
「そうかもな。でも気に入った」
「何がだよ?」
「陽大のことだよ。素直に気持ちを口に出す奴なんてなかなかいないからな」
なかなかに皮肉な状況だと思う。
俺が亜月に好きだってことを言葉にして伝えたらこんな面倒なことにはなってないはずなのに。
そんな状況を悠斗は面白がって、相変わらず笑みを浮かべている。
「そろそろ教室に行くか?」
「そうだな。まぁとにかくよろしくな」
そう言葉を交わしていると、ちょうど予鈴が響き、俺たちは教室へ急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます