第6話 魔剣聖Ⅵ
ドラゴンが迷宮都市シスマに向かっているという知らせが届いたのは、三日後の朝のことでした。
時間がかかりましたね。まあ、テイマーのルドラがいるのはここから遠いですし、仕方ありません。
その間、わたしが何をしていたか、ですか?
何をしていたかというと、宿屋でゆっくりしてました。
いやぁ、やはり持つべきものは稼げる落ちこぼれです。
アナト君、まさか換金したお金をきっちり半分にしてくるとは。一番高いオーガの賞金も半分。
これはもう数か月は何もしなくてもいいだけの稼ぎですよ。
お人好しにもほどがありますね。はい、扱いやすくて助かります。
まあ、それはそれとしてそろそろですかね。
「マリさん!」
「おや、アナト君。どうかしましたか?」
「どうかしましたじゃないですよ! ドラゴンですよ、ドラゴン!」
「そうですねぇ」
「なんでそんなに冷静なんですか!」
人を殺さないようにするって知っているのと、それ呼んだのわたしだからです、などと言えるはずもない。
ならばこういうまでです。
「あなたがいるからですよ」
「ええ!?」
はい、顔が真っ赤です。初心ですね。
でも嬉しいでしょう? わたしのような美人にそんなことを言われたら誰だって嬉しいに決まっています。
「って、そんなこと言ってないでギルドに行きましょう!」
「はいはい。そろそろ行こうと思っていたところですよ」
そういうわけで、わたしとアナト君はギルドへとゆっくりと向かいますが、そろそろですね。
『GRAAAAAAAA!!』
咆哮が都市を震撼させた。
巨大な影が日の光を隠す。
黄金の瞳が睥睨する。
牙の合間から漏れ出す業火は、ただそれだけで周囲の温度をあげるほどの熱量を有していた。
それこそは世界最大最強にして最凶の存在。
天地を震撼させる災禍そのもの。
人はそれを竜、あるいはドラゴンと呼びます。
わたしはドラゴンって呼びますね。東の方だと竜になるのだとか。
まあ、それは良いですけど、グッドタイミングというところでしょう。
「あ、ああああああ」
「きゃああああああ」
事態に気が付いた人々が逃げ惑います。
これはもう大混乱。ギルドに行く余裕なんてありませんね。
遠くへ離れるように人の洪水です。
わたしたちはいったん路地へ避難です。
「もう来たのか! マリさん!」
「ええ、行きましょう」
竜が降り立つのは南門。わたしたちがいる場所から一番遠くです。
そこでアナト君を追放したチームが戦って負けた辺りのタイミングでアナト君登場、ドラゴンを討伐してもらってそれを見た彼らの顔眺める。
完璧な計画です。
さあ、行きますよ。なるべくゆっくり。
人がどう動くのかは人鑑定を使えばわかります。わたしはそれを利用して、到着時間を遅らせればいい。
ナト君。君には英雄になってもらいますからね。
●
「へへ、来やがったな」
アナトを追放して以来、不調だったオレたちにもついに運が向いてきた。ドラゴンだ。
ドラゴンを殺すことは最大の栄誉だ。
「……本当に行くの? イズン」
オレがドラゴンのいる南門へ向かっているとエリウがそう聞いてきた。
「行くに決まってんじゃねえか。ドラゴン殺しなんて、最高の栄誉だ」
狙わない理由なんてどこにもない。
アナトの野郎を追放してから、新しいやつを入れたってのに料理も解体もロクにできやしねえ、雑魚だったからな。
ったく、無能のアナト以下とかマジで使えねえやつを寄越しやがったギルドは無能以下じゃねえか。
オレを舐めてる節があるからな、ドラゴンくらい軽く殺せるっての。
なんてたって、オレの生得技巧は魔剣士。魔剣もこの前手に入れたからな。
「……でも」
それでもエリウはそれでも不安らしい。
他の面子もそうだ。
「ったく、それじゃ、来なくていいっての。ドラゴン殺しの栄誉はオレだけがもらうからな!」
そう言ってオレは一人駆けだした。
魔剣を手に入れて上昇したオレの敏捷性に誰もついてこれず、オレは南門へ到達。そのまま、ドラゴンの前へと躍り出た。
「ったく、使えねえ奴らだ。そう思うだろ? だが、安心しな、オレさまがしっかり殺してやるからよォ!」
魔剣を抜く。
身体能力が上がる感覚。この感覚がイイんだ。
万能感がオレを包む。こいつがあればどんなことだってできる。そう思うほどだ。
「さあ、行くぜェ!」
今なら一撃でその首すら斬れる。そう確信する。ドラゴンは驕っているのか、まるで動かない。
「へ、余裕!」
とびかかった瞬間、オレはそれを見てしまった。
とっくの昔にギルドから冒険者たちが討伐に出ている。オレが一番乗りというわけではない。
なのになぜ、誰も戦っていなかったのか。
答えは簡単だ、とっくの昔にやられたからだ。
倒れ伏す冒険者たちがドラゴンの影に散らばっていた。動いているものが多いが、戦闘が出来そうな者は誰もいない。
「へ、だらしねえ」
けど、オレは違う。
オレは強い。
この一撃で首を落としてやるよ!
そうオレは魔剣を振るう。
次の瞬間には甲高い音が響いた。
「は……?」
折れないはずの魔剣が半ばから折れていた。
ドラゴンの首には一切傷などついていない。
「え、なんで?」
『GRA?』
その時、ドラゴンと目があった。まるで初めて、オレを認識したかのように。
オレの一撃はまるで意味をなしていなかった。
それどころか気づかれてすらいなかったのだ。
オレは憤慨した。ふざけるなよ、大英雄になるオレさまのことを無視するなどありえない。
そう考えた瞬間、オレは地面に叩きつけられていた。
「がはっ!?」
全身の骨が砕けたかのような衝撃。
だが、オレはまだ生きていた。
「ぐ、……」
すぐに避けなければ追撃がくる。
そう思った。
「あ、れ……」
だが、いつまでたっても追撃は来ない。
ドラゴンはまた座って都市を見ている。オレのことなどまるで眼中にない。
「ふざ、けるな、オレは、オレさまは!」
「イズン!」
そこにエリウがやってきた。他の二人はさっさと逃げたらしい。
「おそ、いぞ……早く回復を」
「わ、わかった」
さっさと回復をかけろ。
指示を出せば、すぐに走ってやってくる。
『GRAA』
その時、まるでそれを待っていたかのようにドラゴンが動き出した。
狙いはエリウ。
「ひっ――」
黄金の瞳に見つめられただけで、格下の生物は動けなくなる。
精神が弱ければ心臓がその場で止まるほどの重圧。明確な死の気配が満ちていく。
オレはエリウが狙われた瞬間、彼女のことを諦めた。
もう無理だ。
「た、たすけ」
助けを求められても、何ができる。
巻き込まれてたまるか。オレさまがこんなところで死んでいいはずがないんだ。
そうオレは必死に這って逃げていた。
「ふふ、無様ですねぇ」
そんなオレに声をかけてくる女がいた。灰色の髪をした女だ。
「た、助けろ、オレを」
「助けますよぉ。ただ、わたしじゃないですけど」
「だ、誰でもいい」
「ふふ、そうですか。だれでもいいですか」
な、なんだ、この女。
こんな状況なのになんで笑っていられるんだよ。
「じゃあ、よーく見ていてくださいね。あなたたちを救う人の顔を」
『GRAAAAAAAA!』
「ぎゃあああああああ!?」
ドラゴンブレスが放たれる。終わりだ。
大火山の噴火のような炎がドラゴンの口から吐き出される。そんなものを浴びて生き残れるはずがない。
「――うぉおおおおおおお!」
そんな絶望の一撃があろうことか切り裂かれた。
「大丈夫か! 二人とも」
「あ……」
「なん……だと……」
それをやったのは、オレが追放した、アナトだった――。
●
あははははは! 良い顔良い顔ぉぉお!
ばっちり、ばっちりのタイミングですよ、さっすがわたし! ありがとうルドラ! 完璧なドラゴンの調教ですよ!
「ふ、ふふ」
「なん、で……なんで、あいつ、が」
イズン君が呆然としています。
そりゃそうでしょう。つい先日まで生得技巧もない役立たずが今や、世界最強の種族であるドラゴンと互角に戦っているのですから。
まあ、死にかけですし、調教のおかげで手加減はしてますけど。
魔剣聖の力があるとはいえ、あの槍剣ヴィグナスティールの力が大きいですね。あれ、Sランクの魔剣ですよ。
Aランクかなって思ってたら、最高ランク。
まあ、かなり魔剣に自我があるって話を聞いていましたので、Aランク以上とは思ってましたけど、最高ランクですって。
おかげで口説き落とすことで魔剣の調伏もできてアナト君はこの窮地に覚醒! まさしく英雄としてドラゴンを相手に大立ち回りですよ。
幼馴染を窮地から救うという美味しいイベントまでこなしちゃってもう、良い感じじゃないですかぁ。
おかげでイズン君はわたしが指定した気がつかれにくい場所で一人這いつくばって呆然としています。
いい顔です。その顔ですよ、その顔。自分の中のプライドがガラガラと崩れていくそんな表情!
わたしが見たかったのはまさしくこの顔!
でもでも、もーっといい顔があるんですよ。
さあ、まずは彼の質問にお答えしてあげましょう。それこそが素晴らしい表情を見るための第一歩です。
「なぜって、決まってるじゃないですか。あなたがマヌケだったからですよ」
「なん、だと!」
「だって、マヌケでしょう? 生得技巧がないって話ですけど、ありましたよ?」
「そんなわけ、ないだろ! 教会で見た時には何も表示されなかったんだぞ」
「まあ、そうですねぇ。じゃあ、目の前の光景はどう説明するんですか?」
「なにか、何かズルをしているんだ!」
うんうん、そう思いたいですよねぇ。
で・もぉ、だ・め。
「はい、これ神の瞳の写しです。アナト君のですよ。もちろん教会の認定印付き」
「は……魔剣聖……?」
「ええ、ユニークなやつですよぉ。魔剣士の上位互換でしょうか。あ、そういえばあなたって魔剣士でしたよねぇ。どんな気分ですかぁ? 役立たずと思っていた人にぬかされた気分はぁ!」
「あ、ありえねえ、アナトごときが、そんな」
あははははは! そうです、その顔! 悔しそうな顔。必死に否定しようとしていえる顔!
ああぁ、良い。最高ですよ。成り上がらせ人してる中で一番の瞬間です。
「でも事実! 教会の聖印つき! それが嘘偽りでないことはお分かりでしょう!」
「なんで、なんで今更!」
「なんで? 当然です。わ・た・しが、覚醒させたに決まってるじゃないですかぁ」
「え……おまえ、が……?」
「はい。わたし、そういうの得意なので。いやぁ、節穴さん、ありがとうございます。おかげですっごーい、逸材に出会えましたぁ」
もちろん、あなたもですよ。
さあ、そろそろ仕上げと行きましょうか。
「ふ、ふざけるなぁ! オレが、オレがああ!」
はい、わたしがその辺に置いておいた剣を使って向かってきました。
「八つ当たりされても困るのですけど」
ふふふ、良い展開。これを待っていたんですよ。
ただぐぬぬするだけでもいいですけど、さらにもーっとへし折ってやりたいじゃないですか。
完膚なきまでに。
「うるさい! オレは、オレはCランク冒険者だぞ。いつかAランクになるほどの天才なんだ! Eランクのアナトの奴なんかに負けるわけねええ!」
「さっきドラゴンに負けたじゃないですか」
「うるさい! なにかの間違いだ。あんなの! おまえが、おまえが悪いんだ!」
みっともなく騒いで、わたしに責任を擦り付けて八つ当たり。
いやぁ、典型的でとても素晴らしい。わたしは大好きですよ、あなたみたいな人。もちろん、良い反応をしてくれるからです。
「くそ、クソ、なんで当たらない!」
「さあ? ほらほら、頑張って」
イズン君が出鱈目に剣を振りますがそんなもの当たるわけもなく、空を切り続けます。
もちろん怒っているからというのもありますが、その剣、重心はがたがたですし、色々なところに細工しているおかげでバランスが悪くて、普通の剣を振るっている人ほど振れない代物なので当然ですけどね!
じゃないとわたしすーぐ死んじゃいますし。わたし弱いんですよねぇ。
「クソ、クソ、クソおぉお!」
「あーあー、全然だめじゃないですかぁ。わたしみたいなEランクの冒険者相手になにをしているんですかぁ?」
Eランク冒険者の証である赤の登録証を見せる。
昇級試験受からないんですよねぇ。素の能力が低いせいで。
まあ、おかげで、相手をへし折るってことには使えるから良いんですけどね!
「おかしいだろ! おまえもEランクならなんで、当たらないんだよぉ!」
「決まってるじゃないですか。あなたが弱いからですよ」
「ああああああああ!」
あはっ、言ってやった言ってやった。
自分より下の者に言われるのって嫌ですよねぇ。ふふふふふ、わたしだっていやです。だから、言ってやりますけど。
細工は流々。あとは仕上げを御覧じろ。
わたしが完膚なきまでに嘲笑ってあげますよ、イズン君。
「ほら、また当たらない」
イズン君の攻撃をわたしは全て紙一重で躱す。
正直、とても怖い。漏らしそう。だって相手、魔剣士ですよ? 魔剣を持っていないとは言え、身体能力の時点で天地くらい差があります。
わたしが数十人いてようやくトントンとかそれくらいの差ですよ。
でも、全部わかっていたら、避けるのは簡単です。
理由? 簡単ですよ、わたしはイズン君の全てを把握してますから。
――人鑑定。
それは人のすべてを知るスキル。
それは思考の仕方から、攻撃の手順まで全部わかる。
どうすればこういう攻撃を誘発できるのかもわかっちゃいます。
「ほーら、ここがら空きですよー」
「このォ!」
「はい、外れー。本当にCランクですか?」
こうやって煽りながら攻撃を誘導してやれば、すーぐそれに引っかかる。
この子、才能ありますし、素体としては悪くないんですよね。ただ性格が駄目なだけで。
プライドを捨てればもっと上に行けたんでしょうけど。チーム内でも疎まれ気味でしたし望み薄でしたね。
だからこそ、わたしは楽しめているわけですが。
「あはっ――」
身体を捻って突きを躱す。
一房ほど髪が散りますが必要経費。
「はあああ!」
ほら、良い気になった。
すぐさま放たれる追撃を悪魔の鉄・慈悲の鋼で受け止める。
そして、そのままでいると。
「は……?」
ぼとりと剣が折れた。相手からはわたしが斬ったように見えるでしょうね。
はい、もちろんこれも細工です。
わたしに剣を斬るほどの剣術の腕なんてありませんよ。もともとスライムエキスで良い感じにくっつけてただけなんで、元から折れてるんですよ。
それを悪魔の鉄・慈悲の鋼に塗っていた溶解エキスで中和してやるとこれこのようにばらんばらんになるというわけです。
「は、え、なんで……?」
「もちろんわたしが斬ったんですよ」
「う、嘘だ」
はい、正解。
でも証拠はありませんし、余裕で見下してあげましょう。
こんな美人の見下しなんてご褒美ですよぉ。
「じゃあ、なんで剣はバラバラなんです?」
「な、なにかの間違いだ、お、オレは認めない!」
「そうですか」
わたしは足払いをしてやって、刃を突き付ける。
武器のない相手ですし、ここまで冷静さを奪ってやればもう余裕です。
「さて、これをちょーっと首を傷つけたら死にますね」
「ひぃッ! こ、殺さないで、くれ」
「やだなぁ、殺しませんよ。それより見てくださいよ。英雄の誕生ですよ」
ちょうどアナト君がドラゴンを倒したところでした。
目撃者であるやられた冒険者たちもたーっぷり用意していましたので、誰ももう彼を無能などと呼ばないでしょう。
だれもが彼の偉業を讃えています。かつての仲間もどきたちもやると思っていたよ、などと言ってますねぇ。
あ、仲間にしてやるとか言ってますよ、あれ。
「嫌です」
あ、ほら、断った。
ふふふふふ、良い顔ですよぉ。あの信じられない者を見るような顔!
「うそだ、そんな……」
さらにわたしの敷物になっているイズン君は現実が信じられないご様子。
でも、どんなに現実を否定しようと、
これが事実! これが結果! これが現実! それは覆らないのです!
「うふふ、ごちそうさまっと」
いやぁ、良い絶望顔を見せていただきましたし。
「はい、これ飲んで飲んで」
「うごぁ――」
知り合いの薬剤師にもらった忘却薬を使って、今さっきまでのやり取りを消して、終わりです。
もしわたしについてあることないこと言われても困りますからね。わたしは清廉潔白な成り上がらせ人ですから。
わたしはさっさと次へ行くとしましょう。
「次はどんな人を成り上がらせようかなぁ」
うふふふふ、楽しみです。
とあるギルドの成り上がらせ人 梶倉テイク @takekiguouren
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