第4話 眠る秋津と理科室

 秋津は珍しく寝ていた。


 コンクリートがうちっぱなしになった科学準備室の出入り口。

 日陰になっていて冷たいけれど、普通のコンクリートよりなんとなくやわらかい気がするその場所に秋津は制服の上着を枕にして眠っていた。


 高校で昼寝すると言えば、アニメとかドラマの世界では屋上が定番だけれど、本当の高校生活には屋上は存在しない。

 ただ、一回だけ屋上に登ったのは地学の授業でなにかを観測するときだけ。

 地学の授業をやる学校って珍しいらしい。

 知らないけど。


 でも、地学質って教室もあるし、ちゃんと参考書だって売っているのだから全国でみればそこそこあるはずだ。

 化学実験室に生物室に地学実習室あと物理実験室もあったかな?

 大抵の授業は教室でやるのでちょっと無駄な気がする。


 だけれど、その無駄の中に、水晶とか黒曜石、方解石に砂の薔薇。化石に琥珀。なんかすごく綺麗なものが詰まっていると思うと悪くない。科学も物理も得意じゃないけれど、試験管にビーカー、物理で使う鉄球やビー玉。どれもすごく乙女チックできらいじゃない。ただ、生物室だけは苦手だ。人体模型に色んな生き物のホルマリン漬けや骨格標本。実習ではブタの目玉の解剖までやるらしい。そのせいか生物室はなんか生臭い気がする。


 苦手だ。


 自分の中に血が流れているとか、生殖行為によって自分がここにいるとか考えるとなんか吐き気がする。


 気持ちが悪い。


 自分の中身の朱さが生々しくて、イヤになる。

 スーパーの生鮮食品コーナーの牛やニワトリ、豚と一緒だなんて。

 そういえば、人と豚は似ているらしい。

 とにかく、自分がいきものだと思うと気持ちが悪くなる。

 自分の中にたくさんの血が流れている。鉄っぽさと生暖かさが自分が生きている証拠だなんて怖くなる。


 人間より、鉱物のほうがいい。

 ひんやりと冷たいさわり心地やこの一分一秒とあせる気持ちが永遠とおも思える長い時間のなかでだんだん薄まっていく感じ。静かで冷たくて清潔だ。

 私はある日、人は生物ではなく鉱物でしたと誰かが発表したら、それに飛びつきたいくらい。

 地球が丸いとか、まわっているとか、そんなことはどうでもいい。

 だけれど、人が生物ではないと言う人がいたら、私はその説に全力ですがりつきたかった。


「あきつー、起きて」


 私は自分の中でぐるぐるとまわる血や肉のイメージを消し去るために、秋津に声をかける。

 こう言うときはできるだけ綺麗な物をみて心を癒やすのが効果的なのだ。

 秋津は「うーん」と気のない返事をする。


 くるんとカールした睫毛は電熱線みたいだし、閉じた瞼の奥には黒曜石、肌の白さは塩の結晶をいくつも組み合わせたみたい。

 もしかしたら、秋津は理科室にあるものでできているのかもしれない。硝子に鉱物にめずらしい薬品がたくさん。

 神秘的で素晴らしくて静かでそこにありつづける。


 そう思うと、私は秋津が愛しくて仕方ない。

 秋津はまだ、目を閉じている。


 私は秋津の唇にそっと四番目の指先で触れてみた。


「いたっ」


 秋津は眉をしかめて、目を開ける。


「そこ、口内炎できてるんだよね」


 そういって秋津は唇をべろりとめくって真っ赤な唇の内側にある白い斑点を魅せてきた。眉の間にはふかい皺がきざまれていた。


 ああ、秋津もせいぶつだったか。

 秋津のきれいなカラダのなかにも血が巡っている。

 そう思うと途端にきたなく……ううん、それでも私は秋津のことが好きだった。

 私は再び秋津の唇に触れた。今度は私の唇で。

 

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百合だけど……このあと、めちゃくちゃセックスした @hachimitsu-pot

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