第3話 ネコと箒

 学校の裏庭にネコがいた。

 ハロウィンにぴったりな真っ黒なネコ。

 毛繕いをしているから、その真っ黒な色のなかに時々はっとするようなピンク色の舌がみえるのが妙に艶めかしい。

 警戒しているけれどマイペースなところがちょっとだけ秋津に似ている気がした。

 触ってみたいと思った。あのネコの柔らかそうな毛は秋津の髪とどっちが触っていて心地がよいのだろう。


「秋津……あれ、みて!」

「おーい、ジュリエットー」


 秋津はネコに気づくと嬉しそうにネコに手を振って呼びかけた。

 当然、ネコは逃げていく。


「秋津、あのネコ知ってるの?」

「ううん、知らない」


 秋津はあっさりという。

 知らないネコに大声で呼びかけるなんて、しかも勝手な名前で呼んでいる。

 私がネコでもきっと逃げる。たとえ相手が秋津でも


 黄金色きんいろの銀杏の葉の絨毯の上で私と秋津は箒を動かす。

 単なる放課後。

 別に掃除当番というわけじゃなくて、なんとなくこの銀杏の絨毯には箒が似合う気がしたからちょっとそこらへんから借りてきた。


 ここの掃除係がさぼったのか、はたまた、この銀杏から葉が落ちてくるのがはやすぎるのか。

 地面はすっかり秋の色だった。

 秋津も私も掃除をしなければいけないわけではないので、箒を思い思いに適当に動かす。

 竹箒が落ち葉とアスファルトをひっかいて、ざあっと子気味のよい音がする。

 掃除はきらいだけれど、これは楽しい。

 終わりがきまってなくて、誰からも強制されなくて、そして秋津が一緒だから。


「子どものころ、魔法使いの話読んでこう言う箒あこがれてたなあ」「ん? ハリーポッター??」

「ううん、『いたずらまじょ子』。知らないでしょ?」

「あのピンクの文字がタイトルのやつ?」


 意外にも秋津は知っていた。

 秋津はあんなの好きじゃないと思ったのに。

『いたずらまじょ子』シリーズは私が子どものころに好きだった本。低学年の女の子向けで、まじょ子と一緒に色んな国を冒険する話だ。虹に宝石にケーキ。女の子が好きだと思うものがこれでもかと詰め込まれている。

 今でも本屋にいけば新しいものが買える人気シリーズだ。もう随分、読んでないけど。


「もう、高学年なんだからもっと難しい本を読みなさい」ってママに言われて読むのをやめちゃった。少しだけもっていた本も段ボールに入れてしまい込んでそれっきりだ。

 あんなに大好きだったのに。

 子どもっぽいって周りから馬鹿にされて、笑われるのもいやだったから。

 普通じゃないって仲間はずれにされるのも怖かったから。


「ねえ、みて」


 気が付くと秋津は箒にまたがっていた。

 真面目な顔をしているけれど、なんだか可笑しくて私はぷっと吹き出した。


「あーあ、せっかく一緒にいたずらまじょ子ごっこしてあげようと思ったのにぃー」


 秋津はぷくっと頬を膨らます。


「秋津、まじょ子、好きだったの?」


 私は「好き」って答えが返ってくるのを期待した。

 ちょっとだけ子どものころの私たちがつながるような気がしたから。


「キライ」


 だけど、秋津は無情だった。


「キライだよ、あのシリーズ。だってねあの背表紙の文字がピンクで書いてあるんだもん。うちさ、本棚って日当たりいいところにおいてあるんだけど。古いお気に入りのやつ、背表紙のピンクの文字がね今はもう日焼けして薄くて読めないの。なんかさー、お小遣いためていっぱい集めたのに悔しくて……」


 秋津は唇をきゅっと結び、今にも地団駄踏みそうな顔をする。

 今にも泣きそうなその表情カオが愛しかった。


「ねえ、うちに綺麗なの残ってるかもしれない。もし、よかったら……」

「ありがとう!」


 秋津は箒を放り投げてがばっと抱きついてきた。

 温かくて、やわらかい胸にちょっとだけおされる。

 黄金色きんいろの葉っぱが降りそそぐなか、私と秋津はお互いの体温を交換した。

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