第2話 鮭のおにぎりと映画
「えー、鮭弁ってウケる!」
なにが、おかしいのか分からないけれど、秋津は嬉しそうに手をたたいて笑っている。他の女がやったらゴリラかよって内心ツッコミをいれるのだろうけれど、秋津がやると美少女のせいかすごく様になる。
なんというか、ずるい。
「秋津は鮭嫌い?」
「ううん、大好き。」
そういって、秋津は食べかけのおにぎりを差し出してくる。アルミホイルに包まれた手作りって感じのおにぎり。秋津が作ったのだろうか。かじられた断面からは、おいしそうなオレンジ色の鮭がのぞいている。海苔は歯形がばっちりついている。あの小さくて上品な口がこんなに大きく開くのかと不思議になるくらい大きな歯形だ。
「あっ、海苔ついている……」
「えっ?」
秋津が「どこ、どこ?」と鏡を取り出そうと制服のポケットをまさぐった瞬間、私はすかさず、秋津のおにぎりを囓った。
しまった、囓りすぎた。
「あ~、あたしの鮭ちゃんっ」
秋津は具がすっぽりと抜けたおにぎりをみてしょんぼりしている。今にも泣きそうだ。
「ご、ごめん」
私があわてて、謝る。
そして、自分のお弁当をさしだした。
幸いなことに秋津がウケてくれた鮭は手つかずに残っている。
「これで良かったら……」
私がおろおろしながら差し出すと、
「じゃーん♪ まだあるよ」
そういって、秋津はまるっぽいアルミホイルの包みを二つ取り出す。なんだ、大丈夫だったのか。
あわてて損をした。
「はい」と秋津は私にアルミホイルの一つを差し出す。
「え?」と私がどうすればいいか分からずにいると、秋津は私の手をとって、ホイとアルミホイルをのせた。
「同じ物食べたいと思うなんて、ウチら似すぎじゃない? ほんとウケる!」
秋津の笑顔は可愛かった。
たぶん秋津の手作りだろう。
親に頼んで作ってもらった物ならば、何が入っているか分からないから。
秋津が私と食べるためにつくってくれたおにぎり。
いつもよりちょっとだけ早起きして、髪を束ねた秋津を想像した。
黒い髪がざっくりとした飴色のヘアクリップで留められて、白いうなじから青い血管が透けている。
そういえば、前におにぎりを作るとき人によって味が違うのはその人の手の常在菌のバランスや種類が違うからと生物だかなんかの授業で聞いた気がする。
それを聞いたときは気持ち悪くて人の作ったおにぎりは絶対に無理だと思った。
そもそも、うちの母親も昔からおにぎりは素手で握ったりしなかった。ラップで包んで作っていた。
だけれど、不思議と秋津が作った物は汚いなんて思わなかった。
ただ、食べられない。
だって、秋津が私のために作ってくれたのだから。
もったいなくて、ずっとずっと残しておきたい。
でも、食べたい。
私が必死で悩んでいるのに、秋津はのんびりとおいしそうに自分でつくったおにぎりをかじっている。
「あれ? ご飯粒ついているよ」
そういって、秋津の手が私の頬のほうに伸びる。
「え、どこどこ??」
私はあわてて自分の頬や口のあたりに手をやる。
秋津と私の指先がぶつかり合う。
「じっとしてて?」
秋津は真剣な目で私をみつめた。
キス、されるかと思った。
だけれど、そんなことはなく、秋津は器用に指先同士が触れあった状態をうまい力加減で私たちのちょうど中間にもってきて、
「ほら、E.T.」
なんてやる。
二人の指先どうしが触れあっている。
普段は私の手は冷たいのに、秋津と触れあっている指先だけ自分の体とは思えないほど熱かった。
「なんか小学生のころ学期末のあまった時間にみたよねー」
私はすごくドキドキして熱いのに、秋津はなんてことない会話をする。
「えー、うちの学校はジブリだった」
「いーなー、ジブリ。なんか覚えてるのE.T.とミクロアドベンチャーだけだわ。なんでこんな古くさいのみなきゃいけないんだろって思っていたけど、学校のしょぼいスクリーンで暗幕のある教室だとやたらあのぼやぼやした古い映画の色合いが新鮮でドキドキした。赤いトレーナーとか水色のジーパンが画面の中でやたら綺麗でさ」
古い映画を綺麗って思う秋津の感性が好きだと思う。
私が見落としてしまうような綺麗なものを見つけられる秋津はすごい。秋津の瞳には私よりたくさんの綺麗なものが映ってる。
きっと秋津が綺麗なのは私よりたくさん綺麗なものをみているからだろう。
私たちが見落とすような美しさも見つけられる秋津。
「秋津って綺麗だよね」
「えっ?」
「なんでもない。ねえ、今度ふたりで映画みようよ。部屋真っ暗にして」
その日の放課後、私の部屋で二人で映画を観た。ミクロアドベンチャーは大昔ディズニーランドでもアトラクションにもなっていたらしい。今はもうないけど。
せっかくだから秋津と二人でいってみたかった。
液晶からの光がたよりの部屋、私たちは二人でずっと手を繋いでいた。
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