over extended.

「驚いたな。ほんとに来るなんて」


「あなたに逢うためなら、なんだってするの。私は」


 ひさしぶりの彼は。ひげだった。


「ひげ」


「あ。ああ。水に流されてたから。交番につくまでは歩き通しだったし。川だから身体は綺麗だよ」


「うれしい。あなたが。生きてて。ほんとうに。うれしい」


「え。照れるなあ」


「帰ろ?」


「うん。帰る帰る。送っていってね。助手席で寝るから」


「うん」


「君の運転する車に、また乗れるなんて。幸せだなあ」


「謝らないといけないことが、たくさんあるの」


「いやいや。何も言わず失踪した僕が圧倒的に悪いよ。君が何をしたってかまわない。謝るのは僕のほうだ」


「ポテトチップス。食べちゃった」


「う」


「あなたの私物。ほとんど捨てちゃった」


「まじで?」


「ひげそり。すねげをそるのに使っちゃった」


「まじか」


「ごめんなさい」


「いやあ、まあ、うん。たぶん大丈夫。たぶん」


 彼。


 助手席に座って、すぐ眠ってしまった。


 家まで、ゆっくりと車を走らせる。誰もいない交差点。対向車すらいない。


 午前四時。少しずつ、今日という日が来ている。


 昇ってきた朝陽が、彼のひげを。暖かく照らす。


「まぶしいよお」


 彼は。どうやら生きているらしい。


 それだけで。よかった。

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早暁の消滅 春嵐 @aiot3110

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