7話

「す、すごいっ! ほんとに、ほんとにできた!」

 今までになかったキラキラと輝く目に、俺は成功を自覚して、とりあえずはよかったなと安堵する。

 にしても。

 本当にできるのか、こういうの。あまりにも、なんというか凄すぎて俺の身には余るような気さえしてくる。

「できるんだ……やっぱりすごいね、君は」

 そう言って、ミナさんが剣を渡してみろとジェスチャー。俺が手渡すと、彼女はそれを品定めするように眺める。

「うーん……重さとか、刀身の長さとか特に文句はない感じ。普通に使えそう」

「マジですか」

 使えるのか、これ。お飾りじゃなくて普通の剣として。

「か、貸して」

「ん、はい」

 ミナさんがハクに剣を渡す。

 そんな小さい子に剣を渡すとか大丈夫か? と一瞬思ったが、なにやら慣れていそうな手つきで剣を握り、興味津々といった様子でそれを眺める。

 少しの間黙って観察した後、ぽつりと一言。

「本物……」

 らしい。俺には剣の良しあしなんて分かんないからあれだけど。

「ね、これって元に戻す……っていうか、収納することってできないの?」

「え、収納ですか」

「出しっぱなしなわけにはいかないでしょ?」

 まあ、そりゃそうか。と、俺の手元に剣が戻ってくる。

 少し迷ったものの、出した時のイメージと同じように鞘に納めるようなイメージをすればいいんじゃないかと思いつく。

 物は試しだ。イメージを固め、剣を鞘へと納めると、手の中の重みはするっと消えていった。

 割とあっさりいったな。

「さすがだね」

「やればできるもんなんですね、こういうの」

 俺がそう話すと、いやいやとハクが口を開く。

「やればできるなんて、本当に一部」

 興奮冷めやらぬといった様子で彼女は続ける。

「おにいさんは、はっきり言って異常。わたしの魔力がバカみたいに思えるくらい……」

 異常。異常か。

 いや、確かに、普通に考えてみれば俺が持つ力は常人のそれではないように思える。この世界の常識というか、普通が分からなかったから判断ができなかったけど、今やったことみたいなことが全人類できたらって考えると、はっきりとではないもののなんとなく自分の立ち位置が分かる気がする。

「正直、自分じゃ凄さが分かんないんだよね。なんとなくできるのかな。くらいで」

「それは……危険な気がする」

「危険?」

 予想外の言葉にオウム返しで反応してしまう。

 危険ってどういうことだ? 俺が魔法使いすぎて破滅するとかだろうか……?

「うん。おにいさんくらいの魔力があれば、多分、予想でしかないけど」

 前置きを重ねて、ハクは話を続ける。

「街一つくらい潰せる。きっと、余裕で」

「……えっと」

「本当にわかって無さそうな反応」

「その、諸事情ありまして」

 訝し気な目をしつつ、ハクは説明してくれる。

「今のところ魔力の調整とかは普通にできてるけど、このまま練習しなかった場合、いつか魔法が暴走してもおかしくない」

「暴走? 威力を間違えるとか?」

「うん。普通なら魔力を全て使い切るほどの最大出力で魔法を使ってしまったとしても、上手く魔法を行使できずに魔力が空っぽになって気絶してしまうだけ」

 魔力使い切ったら気絶すんのか。なんとなく想像はつきやすいシステムではあるけど。

「でも、おにいさんは違う。そもそも魔力量が膨大すぎて魔力が尽きることなんてないと思うし、それを使い切るほどの魔法を使ってしまったとしても、才能が失敗を許さない」

「てなると……?」

「察しはついてるとは思うけど、大陸に大穴があく可能性すらある」

 たいりくにおおあな。

 大陸に大穴。

「大陸に大穴!? さっき街がどうのこうのって言ってなかったか!?」

「これは暴走してしまった時の話だから。普通に魔法を使っても余裕で街なんか叩き潰せるはず」

「……マジかよ」

 言葉が出なかった。

 身に余る力どころの話じゃない。もはやこれは一人間が持っていい力じゃないだろ!?

「これほどの力を持った人間はいままで居なかった。本当に、超人としかいいようがない」

「うっわあ、マジかよ……」

 マジかよとしか言ってないがマジかよとしか言えない。俺の語彙力が限界を超えてショートしてしまっている。

「えええ……どうしよ」

「だから、危険」

「いやほんとに……」

 ついこの間まで一般日本人だった俺には有り余りすぎる力だ。主神無茶しすぎだろ、俺そんな力いらねえよ……。

「私としては、このままおにいさんとさよならはできないと思ってる」

「……っていうと? 俺みたいな危険すぎるやつからはさっさと離れたほうがいいと思うけど」

「普通の人なら、ね」

 唐突にミナさんが口を挟んでくる。

「ハクは、この街に沢山いる冒険者の中で、魔法に関してはトップクラスの実力を持ってるんだよ」

「え」

「自慢じゃないけど、私はそこそこ魔法が得意」

 13歳と幼いこの子が、ギルドで見たような強そうな人たちを追い抜いて魔法が得意。

 信じられない気持ちはあるものの、正直納得ではある。

 だからこんなに魔法に詳しいのか。普通これくらいの年齢じゃ俺に対してこんな詳しく話せないよな。なるほど。

「だから、魔法を教えることができる」

「ああ、なるほど」

「といっても、反復練習がほとんどになるとは思うけど」

 反復練習。魔法を繰り返し使うことで上達するのだろうか?

「わたしは一介の冒険者として、おにいさんを見捨てることはできない」

 そう言って、ハクは俺の目を見る。

 その、なんというか。マジでこの子13歳なのか? 嘘みたいに大人っぽいんだが。

 ともあれ、俺は少しの間考えを巡らせる。

 そこまで魔法が詳しい人に学べる機会を、ここでみすみす捨てるのは流石に。俺がこの世界で今後生きていくためにも、早めに抱えている爆弾をどうにかしないといけないだろうし。

 初対面の、それも幼い女の子に頼むのはあれだが。聞かぬは一生の恥である。

「正直、教えてもらえるのはありがたい。俺一人じゃこの先どうすりゃいいのかわからないし」

「うん。わたしとしても、単純に勉強になる」

「いや、ほんと……ありがとう」

 俺は素直に、感謝を伝えつつ頭を下げ――――

「そこで、私から提案があるんだけど」

――――る前に、ミナさんが声色を高くして声を上げる。

「ケイくんはさ、今さっきのクエストが初めてだったんでしょ?」

「あ、はい。ですね」

「うん。クエストを受けてる時点でわかるけどさ、ケイくんはこれから冒険者として生きていくつもりでしょ?」

「まあ、なんとなくそう思ってはいますけど」

 意図を掴み兼ねる質問に、思わず首をかしげてしまう。

「ならさ。その活動をしやすくするために、私たちのパーティに入らない?」

「あ、それ、いいかも」

 ミナさんの提案にハクが同意してる中、俺は一人素っ頓狂な声を上げる。

「……え?」

「だってさ、魔法を教わるってことは一緒にクエストに出かけることもあるわけじゃん? そういう時、パーティを組んでたら色々と便利なんだよ」

 例えば、と彼女は話を進める。

「クエストの達成報酬はメンバーで分割なんだけど、パーティに入ってない人とクエストに行くには毎回署名をしなきゃいけないの」

「署名? なんでですか?」

「クエストの報酬関連のトラブルが絶えないから。署名の魔法を使ってそこらへん固めないと、後からめんどくさいんだ」

 でも、と続けるミナさん。

「でも、パーティに入ってればそれがいらない。一回パーティに入れば後はフリーだよ」

「ああ、なるほど……」

 実際便利だなそれ。俺もハクも、クエストに出て教えてもらう際には便利そうだ。

「それは確かに便利そうですけど。でも、ミナさんのメリットが無くないですか?」

「まあ、そこだよね」

 こほんと一息ついてから。

「私たちはね、Sランクパーティを目指してるの」

「Sランクパーティ? なんですか、それ」

「冒険者ランクと同じシステムで、パーティにもランクがあるんだ。クエストをこなしたり、強い魔物を倒したりすればランクが上がっていく仕組み」

 冒険者ランク、っていうとあれか。個人個人にある評価みたいなやつ。

 Cから始まって、B、A、Sってなるあれだよな。

「パーティのランクを上げるのに、ケイの戦力は大きい。魔力Sの戦力は手放すには惜しい」

「そういうこと。正直私たちだけでもそこそこやれるけど、ケイくんくらいの戦力がいるとかなり楽になりそうなんだよね」

 なるほど。教えてもらう代わりに、パーティに対して恩返しっていうわけか。

 ハクもこう言ってるし、特に文句はない。けど。

「報酬とかってどういう風になるんですか? 俺もさすがに、生きていくために最低限お金は欲しいんですけど」

「そこらへんは全員平等にやるつもりだよ」

 うーん。びっくりするほどホワイト企業である。

「ま、そもそもの話、君を勧誘するためにここに呼んだんだよね」

「……あー! そういえば、俺がここにきた理由聞いてませんでした」

「説明が遅くなってごめんね。まあ、私たちのパーティの条件はこんな感じかな」

 この勧誘が計画されていたものだということに驚きつつも、頭の中で色々と整理する。

 特に断る理由もないよな。俺みたいな初心者が、二人にキャリーしてもらえて強くなれてさらにお金ももらえるなら、特に問題ないどころかめっちゃ好条件だろ。

「それなら、喜んで受けさせてもらいます。お世話になるお返しができれば」

「ほんと!? やった!」

 ガッツポーズをして喜ぶミナさんに、俺は疑問を投げかける。

「でも、なんでSランクパーティを目指してるんですか?」

「単純にもらえるお金が増えて贅沢な暮らしができるようになるよ!」

「なんと」

「お姉ちゃん、欲望が丸見え」

「でもハクもお金欲しいでしょ?」

「魔法の勉強ができる環境が整うのは、わたしもうれしい、けど」

 金。シンプルだが心惹かれる理由だ。俺もそのおこぼれを貰えるのなら俄然気合が入るといったものである。

 本当にSランクパーティになれるかはどうあれ、俺がここで成長できるのは間違いではないだろう。この人達も良い人そうだし、ここで勉強するのも楽しそうだ。下世話な理由だが美人な人と関われるのも目の保養になって、なんというか非常に素晴らしいです。

 そんなやる気を胸に秘め、俺は気合をいれ――――――




「さしあたっては、私たちのギルドハウスに同居って形になるから、そこもよろしくね」




――――――ん、え? 

 は、え? 俺の耳イカれたのか?

「え、え? いやちょっと待ってくださいなんですかそれ」

「そりゃそうでしょ? ここに入る前に説明したじゃん」

 脳裏にフラッシュバックするあの光景とセリフ。

 ……そういや言ってたわなんか。パーティの人が一緒に暮らすとかなんとか。

「いや、でもそれはさすがに」

「お金の面でも楽だからその方がいいよ? パーティのランクが上がればギルドハウスがタダになって宿代いらなくなるから」

 うわあ滅茶苦茶便利だ。

「大丈夫大丈夫。変なことしようとしたら剣術で叩き伏せるから」

 いやそういうことじゃないだろ。

 というまでもなく、気付けば俺はなにか背負ってはいけないものを背負ってしまっていた。

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