6話

 森をしばらく歩くと、見覚えのある石造りの門が見えてくる。

 門を見張る甲冑の横を通り抜けてそのまま大通りを進む。しばらくして横道に逸れたかと思えば、そこをまっすぐと進んでいく。

 二階建て程度の石、レンガ造りの家が立ち並んでいる。異国情緒溢れる街並みに内心見惚れてしまっていると、ふと前を歩く彼女がふと立ち止まって。

「ここが私たちのギルドハウスだよ」

 どうやら目的地に着いたらしかった。見れば、彼女の目線の先には一軒の家が。

「あの、ギルドハウスって言うのは……?」

「ああ、ごめんごめん。初心者さんなら知らないかもね」

 言って、彼女は説明をしてくれる。

「ギルドハウスっていうのは、パーティを組んだ冒険者たちがパーティぐるみで暮らす場所のことだよ」

 うおお、一気に情報が出てきた。

「あの、パーティってなんですか?」

「一緒に魔物を狩ったりする固定メンバーのことだね。基本的にはパーティを組む時にギルドに申請を出して、それが通るとパーティとして認定されるんだ」

 なるほど、そういうのもあるのか。行くつもりはないが、強い魔物なんかに挑むときには便利そうだ。

「パーティとして認定されると、お金はかかるけどギルドからパーティで住むための家を借りられるようになるんだ。だからギルドハウスって言うんだね」

 なるほどなるほど。パーティの人達が一緒に住むシェアハウスみたいなもんか?

 というかそもそも、この人の職業のこと、やっぱり冒険者って言うんだな。ファンタジー溢れる職種である。

「ま、私たちのパーティの家ってこと。とりあえず入って入って」

 そう言って、彼女は家の扉を開ける。

 えええ……マジで入んのか俺? 初対面の人の家に……?

 そうは思いつつも、俺も後ろに続いて歩く。玄関は質素だが綺麗で、靴箱の上に綺麗な花が飾られていた。

 靴を脱いで廊下を歩くと、その先には広々としたリビングがあった。部屋の中心にグレーの柔らかそうなソファが机を取り囲むように置かれている。壁には本棚やタンスなんかが並べられていて生活感を感じることができた。

 そしてなにより、そのソファには一人の女の子が座っていた。

「ただいまー」

 隣で彼女が声をかけると、女の子がくるりと振り返る。

「あ、おかえり。お姉ちゃん」

 お姉ちゃん? ってことはこの子、この人の妹なのか。確かに二人とも白髪だし、言われてみれば顔立ちも似ている気もする。

 と、そのまま視線が俺に映る。目が合ってしまった。

「この人、だれ?」

 当然の疑問である。知らん奴が家に上がり込んできたら普通に怖い。俺が説明をしようと口を開きかけたところで、彼女が話し始める。

「えっと、この人はね……」

 そのまま彼女が説明をしてくれる、かと思いきや。

「あれ、そういえば名前聞いて無くない? お互いにさ」

「……あっ」

 そういやそうだわ。お互いに自己紹介とか全くしてない。

 いやまあ、もともと街まで案内してもらうだけだったから、目的がそのままならそれでもよかったんだけど。

「ま、その辺も含めて。とりあえず座ってから話さない?」

「あ、はい」

 言われて、俺はソファに座らされる。丁度妹さんの真正面の位置だ。

 じいー……と、穴が開きそうなほど見つめられる。き、気まずい。非常に気まずい。

 お姉さんの方は「飲み物とってくるね」と奥の方へと引っ込んでしまった。

 大人しく、俺はソファにて縮こまって待つ。

「ねえ」

 と思ったら急に話しかけられた。ビビるわ。どうした急に。

 動揺を押し殺しつつ、努めて冷静に答える。

「なに、かな?」

 やばい、このくらいの幼い子との関わり方が分からない。

 年齢的には中学生くらいだろうか? いやワンチャン小学生くらいの子かもしれない。

「おにいさん、何で私の家に来たの?」

「え、ああ……」

 それは俺が聞きたいくらいなのだが。

 とマジレスするわけにもいかず、なんとなくの答えを返す。

「俺も分かんないんだ。君のお姉さんに連れてこられただけだから」

「そうなんだ」

 そうして、会話が途切れる。

 うっわどうしよ。ここは年長者として会話を展開するべきなんだろうか。だけど子供――中学生くらいの子に子供といっていいのか分からないけど、子供相手にする会話とか分かんねえよ。しかも異世界の子にってハードル高すぎる。

 結論、無言。俺はコミュ強ではない。子供相手の方が会話に悩む現象ってあれなんなんだろうなとかそんなことを考えていると、飲み物をもって歩いてくる救済者が一人。

「はい、麦茶」

「あ、ありがとうございます」

 麦茶。この世界に麦茶あんのか。

 結構しっかりと冷たいコップをもって、一気に飲み干す。乾いていた喉にキンキンの麦茶は本当に美味しい。

「それじゃ、とりあえず自己紹介から」

 そう言って、彼女は話しだす。

「私はミナ。17歳だよ。ご存じの通り、剣術Sランクだよ」

 ミナさんか。ぺこりと会釈をしつつ、そういえばと思い出す。

 この人Sランク持ちじゃねーか!

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 前聞いた時色々あって忘れてましたけど、剣術Sランクってほんとなんですか!?」

「うん」

「うん、って」

 そんなあっさりと。いや、俺も正直Sランクの価値が分かってるわけじゃないけど。

「Sランクって結構貴重というか、珍しいものだって聞きましたけど」

「そうだね。私以外のSランクとは初めて会ったから、びっくりしたよ」

「いやいや……」

 別にすごくないですよって顔してますけど、あなた。

 要するにこの人は、主神――神様から直接俺が貰ったほどの力を地で持ってるってことだろ? とんでもないなほんと……。

「まあ、Sランクの中でも強さには上下があるんだけどね。君みたいに魔法生み出せるとか、そんな芸当はできないよ。精々剣術がとんでもなく強いくらい」

「それで十分じゃないですかね」

 俺がつっこむと、ミナさんはふふ、と笑う。

「まあ、そんな感じ。で、こっちは妹の……」

 と、変わらず無表情で妹さんが口を開く。

「ハク。13歳。魔法がAランク」

 淡々と自分について語ってくれる。

 魔法A、か。割と普通だったことに安堵しつつ、俺は疑問を返す。

「魔法Aっていうと、どれくらいなんですか?」

「んー。Sランクは才能が必要なんだけど、Aランクなら努力すれば行けるんだよね。だから、努力で行ける人間の限界値って感じかな」

 あ、これ普通じゃないわ。多分相当強いやつだわ。

「ハクは才能があるから、後々Sランクに昇格っていうのもあり得るなって思うけどね」

「……ん、あれ? そういやランクって上昇するもんなんですか?」

「うん。魔法なら魔法を、剣術なら剣術を学ぶことでランクはある程度上がっていくよ」

 あ、そうなんだ。努力することで伸ばせるのか。滅茶苦茶良いなそれ。

「Sランクって、才能が必要なんですよね? そこに行けるかもって、相当すごいのでは……?」

「ま、私の妹ですから」

 えっへんと、当人でもないのに胸を張るミナさん。良い姉である。

「まあ、その才能を持ってるのが君なわけだけど」

「いや、自分には別に才能とか」

「Sランクが何言ってるのやら」

 と、ハク……ハクさん? いやハク? これくらいの年齢の子って呼び捨てでいいのか?

 とにかくハクが、急に声をあげた。

「S? ランクSってほんと?」

「まあそこらへん話してもらおっか」

 謎にかしこまった空気に包まれながら俺は自己紹介を始める。

「俺は佐貫景って言います。景って呼んでもらえれば」

「ケイ、ね。サヌキっていうのは苗字?」

「はい、そうですけど……?」

 要領を得ない質問に俺が答えると、彼女が。

「苗字かあ。っていうことは東の人?」

 東の人。まあ間違ってはないよな。日本は東である。

 そうか。さっきからなんか違和感感じると思ってたら、苗字が無いのか、二人。

 どういう文化か分からないが、苗字があるのは珍しいのだろうか? なんかよくわかんないけど、一旦その東の国出身ってことにしておくか。

「まあ、そんな感じです」

「なるほど」

 頷いて、話の続きをと促してくる。

「あ、それで。一応、魔力がSです」

「……ほんと?」

 と、ハクが驚いたと言わんばかりに目を見開いた。

「でも、魔法とかに知識はないから、実力は多分全くだけど」

「そんなことないでしょ? 現にあなた、魔法作れるって言ってたし」

「ほんと!?」

 突然、ハクが身を乗り出してくる。ビビって俺はちょっと後ろに下がってしまった。

「え、Sランクでも魔法を作れる人なんてそうそういない! すごい!」

 テンション上がりすぎでは!?

 と、ハクは相変わらずのハイテンションで続ける。

「みせて」

「……え、はい?」

「みせて! 魔法作るところ」

 おわあ。

 おわあ……。

「いや、そんなこと言われても。第一、存在する魔法自体もよく分からないんで、どういう魔法を作ればいいのかも分からないですし」

「分かった。じゃあ、指定するから」

 どうしても見たいのか、ハクはそう提案してくる。

「えっとえっと……」

 子供らしく、ウキウキした様子のハク。

 ずっと無表情というか、感情の起伏が薄かったから分からなかったけど、子供っぽいところもちゃんとあるんだな。

「えっとじゃあ、剣を」

「剣?」

「うん、剣を出してほしい。魔法で!」

 ……そんなことできんの?

「剣を作り出す魔法なんて聞いたことがない。あるとしても相当珍しいと思う。大体の人は知らないし、ケイも知らないはず」

「いやそれは……」

 無理だろ。

 という前に、彼女のキラキラとした目が俺を突き刺す。

 痛い。期待が痛い。Sランクというものがここまで重いものだとは思わなかった。

 く、くそ……。

「一応やってみるけど、できなかったらごめんね」

 俺にはこの純粋な目を濁らせることなんてできない。思わずお願いを聞き入れてしまった。

「分かった」

 頷くハクと、それに便乗してくるミナさん。

「私も見てみたかったし、丁度いいや。お願いね、ケイ」

 美人にダメ押しされれば断れる男なんてそうそういない。というかそもそも標準的草食系男子の俺には断るとか無理です。

 おとなしく、俺は魔法の作成に取り掛かる。

 ……そうは言ったものの、俺には高度な技術なんてない。とりあえず、前の感覚を思い出してみる。

 剣を生み出す。考えてみてやはり、実際行うのは相当難しいことに気付いた。

 というのも、俺は今までイメージを固め、口に出して詠唱を行うことで魔法を出してきた。その第一段階の、イメージを固める部分がかなり難しい。

 火を出すならライターをイメージすればいい。風に関しては、かまいたちなどの言葉がある通り割と想像しやすい面がある。

 けど、剣を出すとかそんなの無理だろ。どうやればいいんだ……?

 考える。そもそも、剣はどうやって出すものだろうか。

 作る過程は、まあ知識として少しは知っている。が、それも鋼を溶かしてどうにかするくらいのものでしかないから、それでイメージを固めるのは無理がある、気がする。

 剣を出す、剣を出す、剣を出す……。

 …………。

 鞘から抜き放つ、とか。

 ライターが火をだすイメージと同じような感じで、剣を鞘から抜き放つイメージをする。いや、割とありな気がする。

 よし、これでいこう。ダメで元々って話だ。失敗なんて考えるな、俺。

 詠唱は……そうだな、作り出す魔法だから――――クリエイト、とか。安直だがスライスの前例もあるし、今更言葉のかっこよさなんか求めなくていいだろ。うん。

 よし、イメージだ。

 剣はシンプルなやつ。ミナさんが腰に差していたような、中剣といわれるようなもの。刀身は銀色に輝いていて、柄は握りやすい黒いグリップ。グリップと刀身の間の長細いあれは銅の色で。

 いける。ただの直感でしかないそれを信じて、俺は詠唱を口にする。

「クリエイト」

 瞬間、俺の右手の中に重くのしかかる感覚。

「うおっ」

 いきなりの重量に少しうろたえつつ、俺は右手を見る。そこには確かに、想像した通りの見た目の剣が握りしめられていた。

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