5話

 木の根っこなんかに躓かないよう、慎重に森の中を歩く。

 目の前を歩く彼女曰く、ここは森の中でもそこそこ深いところらしい。森から出るまで十数分かかると彼女は言っていた。

 ウェイトラビットを探して彷徨っているうちに、まさかそんなところまで来ていたとは。次森に来る機会があれば、その時は対策をしておかないとな。今回はたまたま助かったけど、次もまた助けてもらうってわけにもいかないし。

「ね。質問いいかな?」

 突然振り向いて話しかけてきた彼女を見て、俺は少しの時間固まってしまう。

 というのもこの人、かなり美人なのだ。今したようなただ振り返るってだけの動作でも様になっているように感じられる。実はエルフなんですとか言われても信じてしまいそうだ。ファンタジー溢れるこの世界においては割と有り得そうなのがあれなところだけど。

 ともかく。

 そんな美人さんに話しかけられて動じずにいられるほど俺は男ではない。正直友達が多いわけでもなく、異性と話す機会もそうそうなかったので、こういうシチュエーションは中々緊張する……。

 そんな心中を悟られないようつとめて返事を返す。

「あ、はい。大丈夫です」

「やった。っていうのもさ、君武器とか持ってなさそうじゃん?」

「武器……?」

「うん。ほら、それこそ私なんか」

 そう言って腰に差してある剣をポンポンと叩く。

「私は剣を持ってるでしょ? でも君、見た感じ武器無さそうだし。それでどうやってウェイトラビット倒したのかなって」

「あー……」

 そうか。言われてみれば確かに、こういうのって剣とかで切り伏せる光景が一般的な気もするな。

「魔法を使いましたよ」

 俺がそう話すと、彼女はやはりといった様子で。

「やっぱり魔法かあ。初心者っぽいのによくやれたね」

 ん? どういうことだ? 初心者が魔法で戦うのって一般的じゃないのか?

「初心者が魔法で戦うのって珍しいんですか?」

 思った疑問をそのまま口にしてみる。

「いやほら、魔法って使うのに割とコツがいるでしょ? 大体の人って実践レベルまで持っていくのにそこそこかかるし、いざ実践で使うとなると上手くできなかったりもするから」

 なるほど。確かにあの感覚――頭の中でイメージして、それを外に出す感じは慣れなきゃ難しい人がいるのも頷ける。

「確かに難しかったです。少し苦戦しました」

 まあ、主神からの恩恵のおかげか詠唱有りならそこそこ使えるようにはなったけど。実戦で上手く使えたのも、やはりその恩恵のおかげなのだろうか。

「魔力はどれくらいなの?」

「一応Sらしいです」

 流れで飛んできた質問に返事を返す。

 と、彼女の歩く足がぴたりと止まる。

「……えっと、今Sって言った?」

「え、あ、はい。そうですけど」

「ちょ、ちょっとカード見せてよ」

 言われて、俺はポケットからカードを取り出して見せる。

「うわあお……まじか……」

 明らかに俺を見る目が変わった。具体的に言うなら『初心者の人』から『やべえやつ』くらいまで変わった。

 そんなにすごいのか、Sって? そりゃ高ランクなのは俺もビビったけども。そう疑問に感じていると、それが伝わったのか。

「いやあ、魔力Sなんて中々見ないよ。精々Aを数人見たくらい」

 見た感じ、この冒険者業――この仕事を冒険者というのか分からないが――にある程度慣れてそうなこの人が、Aを数人しかみてないと。

 そう考えると割と貴重なのか。結構な時間冒険者業(この仕事を冒険者と以下略)に触れてきたであろうギルドマスターも結構驚いてたし、自分が思う以上にすごいことなのかもしれない。

「そうなんですね……。てっきり割といるものかと」

「いやいや、全然いないよ。君も今まで生きてきて全然見たこと無かったでしょ?」

「あー……」

 見たことないというか、空想の産物でしかなかったというか。

 ちょっと迷ってから、言葉を選びつつ口を開いた。

「いや、実は俺ついちょっと前まで魔法の存在を知らなくて。自分が魔力Sだっていうのも、今日ギルドに登録した時に初めて知ったんです」

「え。なにそれどゆこと? 魔法だよ? 生きてたらどこそこで見るでしょ?」

 実は俺転生してきたんです!

 とは言えるはずもない。生まれ変わってきたので魔法なんて知りませんでしたとか普通に信じられないだろうし。

「まあ、その、訳ありでして」

 苦しすぎる言い訳。

 いいんだよ別に。どんだけ疑われたとしても、こんな美人と関わるのはこれで最初で最後だろうし。どう思われようと後には引きずらんだろ。多分。

「ふうん……ま、そう言うんだったら詳しくは聞かないけどね」

 そう言って素直に身を引いてくれる。

 た、助かった……。この人の性格の良さに感謝。

「にしても、そんだけ魔法の才能があれば今後困らないでしょ」

「えっと、というと」

「だってさ、さっきまで魔法知らなくて今もう実践で使えるレベルなんでしょ? その分だと鍛えればとんでもないことになるよ」

「なるほど……?」

 いまいち実感がわかない。ギルドマスターが言ってたみたいに、巨大な炎で敵を焼き尽くせるようにもなるんだろうか。それなら鍛える価値があるってもんだが。

「君自身はよくわかって無さそうだけどね」

 そう言ってクスクスと笑った。

「じゃあさ、魔法を私に見せてみてよ」

「え?」

「魔法は専門ではないけど、ある程度ならわかるから。あんまり知らなさすぎるのも良くないよ」

 なるほど。ふがいない俺に指導をしてくれると言った感じか。ギルドマスターからも教わって入るものの、俺の魔法への認識はかなり曖昧というか。正直よく分かっていないというのが現状だ。

 教えてもらえるのならありがたい。

「ありがたいです」

「じゃあ、ウェイトラビットを倒した時使った魔法見せてみてよ。目標はそこら辺の木で」

「分かりました」

 言われた通り、適当な木に狙いを定める。

「スライス!」

 風が木の幹を切り裂いた。

 うし、上手くいった。ギルドマスターの時とは違って魔法を披露する形だから緊張したけど。

「こんな感じです」

 言いながら振り返ると、彼女は驚いたように声を漏らす。

「ほお」

「上手くできたとは思うんですけど」

「いやあ、上出来だよ。今日魔法を知ったとは思えないくらいに」

 なんですか、その怪しげな目は……。

「ま、いいや。そこは疑っても仕方ないし」

 言って、彼女は切り裂かれた木の幹へと視線を移す。

「スライス、か。聞いたことない魔法だな。威力はこれくらいになるように調整したの?」

 まあ、俺がさっき作った魔法だしな。そんなことを考えつつ、答える。

「はい、一応」

「威力まで調整できるのか。Sランクはとことん違うね」

「えっと、というのは……?」

 俺が聞くと、彼女は傷ついた木へと手を向ける。

「スライスっていう魔法、あれってどんな魔法なの?」

 どんな魔法? 質問の意図が分からないまま、俺は答える。

「風で対象を切り裂くって感じです」

「風で? そんなことできたんだ」

 集中したように目をつむり、彼女は唱える。

「スライスッ!」

 唱えた声の強さとは裏腹に、木の幹についた傷はかなり小さなものだった。

 肩をすくめて、彼女は説明を始める。

「私は今、君と同じくらいの威力を想定して魔法を使った。けど、結果はこんな感じ」

 俺が頷くと、彼女が続ける。

「魔力の違いっていうのはこういうことなんだよ。魔力が高ければ、威力とかの調整が細かく行えるんだ」

「なるほど……」

「私の魔力はB。この魔法を使いこめば練度も高くなって、ある程度は自在に操れるようになると思うけど、それでもSとの違いは大きい。でしょ?」

 そういうことか。

 魔力が高ければ、全く使ったことのない魔法……それこそ今さっき自分で作り出した魔法なんかもうまく使えるけど、魔力が低いとある程度の練度が必要になる。

 確かに差は大きいな、と納得する。

「それに、威力の差もあるよ」

「威力ですか?」

「魔法を使えば魔力が減っていくのは知ってると思うけど、威力の高い魔法を使えばその分多く魔力を消費するんだ。だから実質、魔力のランクが低いと魔力の量も少ないから、使える魔法の制限、威力の制限があるってことになる」

 なるほど。分かりやすい説明に頷きっぱなしだ。

「ま、魔力Sに使えない魔法なんてほとんどないと思うけどね」

 魔力Sは魔力の量も多いってことか。いいことづくめだなマジで。

 ともかく。これで分かったことはいくつもあるが、総じて言えることは魔法に関するものすべてが魔力という項目に集約されているということだ。

 魔力量、威力、その調節。他にも探せばありそうな雰囲気だが、それ含めて魔力が高ければそのすべてが高いということ。

 つまり俺はこと魔法に関してはほとんど無敵ということである。超イージーモードじゃねえか。

「ちなみに、私は剣技がSランクだよ。剣に関しては負ける気がしないね」

「……え、ちょっと待ってください、魔法以外にもランク付けされるものってあるんですか!?」

「え、あるけど」

 きょとんとした顔でそう答える彼女とは正反対に、俺はかなり驚いていた。

「てっきり魔法だけかと思ってました、そういうの」

「魔力が高ければ魔力って項目で表されるし、剣技が巧ければ剣技って項目で評価されるのが基本だね」

「……もしかしてですけど。家事ができると、その場合は」

「そういうのは、特に評価されないね」

 可笑しそうに彼女はそう答える。

 よかった。この世界が自分のできることが羅列されてその全てが勝手に評価されるディストピア社会だという可能性はここに砕け散った。

「はっきりとは解明されていないんだけど、基本的には戦闘に関することが評価されるね。投擲とかも使い方によっては戦闘に使えるから評価されるよ」

 なるほど。なら家事スキルが評価外なのも納得だ。顔とか外見に関することも評価されることは無いだろう。顔:Bとか書いてありでもしたら、心が砕け散ってしまう自信がある。

「カードに書いてあると思うよ。ちゃんと見てないの?」

「あー……適当に流し見た感じでちゃんとは見てないですね」

「見てみなよ。大事だよそういうの」

 ド正論である。

 ポケットからカードを取り出してみて、改めてよく見てみる。

 カードの上部の方に俺の名前が大きく書いてあり、左下に自分のランクであるCが記載されている。そして、その他の空きスペースに魔力含め色々なことが書かれていた。なお、カードに記載されている文字は全て異世界語――であると推察されるものである。もっとも、俺にはなぜか読めてしまうのだが。

 まず、魔力S。その次に剣技B、武術B、身体能力A、神の加護と続いていた。そのまま、口頭でそれを伝える。

「うおお……中々多彩だね君。Bならそこそこできる、って感じだから、君かなり戦えるはずだよ」

 そうは言うけども、と俺は疑問を口にする。

「俺一回も剣なんかもったことないですし、武術とかさっぱりなんですけど」

「それは多分神の加護のおかげだろうね」

 そう言って、彼女は説明をしてくれる。

「神の加護っていうのは、そのまま神様のご加護だよ。たまに持ってる人がいるけど、まさか君もだったとは」

 思い当たる節がありすぎる。

「加護にもいろいろとあるけど、基本的に持ってるだけで色々と強くなることが多いね。多分だけど、全ての項目が加護によって底上げされてると思う」

 続けて、彼女は言及する。

「だから、ある程度できるんじゃないかな。魔力と身体能力はより強くなってるみたいだけど」

 なるほど。

 主神が俺が困らないようにと色々としてくれた、ってことだろう。正直滅茶苦茶ありがたいです、ありがとう主神。

「でもそうか、加護持ちか。それなら多才なのも納得かな」

「自分で言うのもなんですけど、正直俺自体にはそこまで期待値は無いと思うんで、自分自身のこととはいえ納得しました」

 インドア派のゲーム大好き人間として生きてきた俺が身体能力Aなわけがない。もしこれが地ならポテンシャルの化け物だ。

「ふふ。自分で言っちゃうんだ」

 俺の自虐が面白かったようで、彼女はくすりと笑った。俺の期待値の無さでも、目の前の人を笑わせることくらいはできたようでなによりである。

「おっとと、話してたら足が進んでないや。行こっか」

「あ、はい」

 歩き出した彼女に、そういやそうだったと目的を思い出し付いていく。

「にしても、さ。さっきの魔法……スライスだっけ? あれ聞いたことないんだけど、どこで知ったわけ?」

「ああ、あれは……」

 聞いたことないのはそりゃ、俺がさっき作った魔法だし。それをそのまま彼女に伝える。

「俺がさっき、戦う前に作ったんです。事前に知っていた魔法はちょっと使いづらかったので」

 ファイアじゃ勢い余って自然破壊してしまう可能性あるし、俺に正確に敵だけを攻撃する技術なんてないからな。

 魔法を作るのは最適解だったと自分では思っている。

 と、そんなことを一人ごちりながら歩く。

「へー。作ったんだ」

「はい。案外やればできるもんなんですね」

 さすがSランクといったところだろうか――――



――――と、先導していた彼女の歩みがぴたりと止まった。

 かと思えばすごい勢いでこちらへと振り向いて。

「いやいやいや! ちょっと待ってちょっと待って、それ本当!?」

 とんでもない剣幕でそう捲し立てられる。

「え、いや、本当ですけ」

「ほんと!? ほんとなの!?」

 せめて言い切らせてほしい。

「いや、ちょっと待って。SランクはSランクでもあまりにもレベルが違いすぎる……」

 動揺したように、俺をじろじろと眺めてくる、怖い。

 ともかく。

 もしかしてだが、魔法を作れるのは普通じゃないのか……? この世界の常識、知識が不足しすぎててどうなのかは分からないけど……。

「よし。君には申し訳ないけど、ちょっと目的地変更だ」

「え?」

 突拍子もない突然の提案に、シンプルに疑問の声が口をついて出た。

「色々話したいことがあるからさ、とりあえず付いて来て」

 そう言って歩き出す彼女の背に、俺は疑問を投げかける。

「え、どこにですか……?」

 恐る恐る聞くと、彼女は歩きながら話す。

「私たちのギルドハウス。腰を据えて話すならここだから」

 いやギルドハウスってなんだよ、と聞く間もなく彼女は歩調を速める。

 結局そのギルドハウスとやらに着くまで何も聞けず、なんとなくの不安を抱えながら歩くだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る