4話
大通りを奥へ奥へと進むと、大きな門が見えてきた。
かなり大きい石作りの門だ。端に甲冑を着た二人の警備員のような人が、剣を携えてそこを守っているようだった。
ここから出れば森に着くんだよな? な、なんか緊張してきた……。
ドキドキしながら門をくぐる。と、その先には大量の樹木が広がっていた。中央に一本だけ道があり、そこを何人かの人が行き来していた。
……えっと。こっからどうすればいいんだっけ?
ウェイトラビットってやつはどうやら森に生息しているらしいから、この森に入っていけばいいんだろうか。
うん。やってみなきゃなんも始まんないし、とりあえず動くか。
決心して、道から逸れて森へと入っていく。
木が生い茂っており視界は悪いが、思ったよりスぺースがあった。これなら、急に遭遇しても魔法をぶっ放せるだけの余裕はありそうだ。
と、そこまで考えてふと気づく。
……これ、さっき使ったみたいな火の魔法使ったらやばいのでは?
いや余裕でやばい。ウェイトラビットごと森を燃やす羽目になるのは非常にまずい。
ど、どうする? 俺が今使える魔法は火の魔法しかないぞ!?
「どうしよ……」
頭を抱えてしまう。このままじゃ戦えねえじゃん……。
うーん……。新しい魔法を使ってみる、とか?
いや割とありかもしれん。さっきやった感じ、頭の中で思い浮かべるだけでとりあえずは発動するっぽいし……。
案ずるより産むがやすしとかいうし、やってみるのが一番早い。とりあえずどんな魔法にするか考えないと。
んー……なんかピンポイントで攻撃できるやつがいいよな。それでいて、周りに影響がなさそうなやつ。そうだな……。
風、とか? どうだろうか。ファンタジーにありがちな切り裂く風。うん、それっぽいんじゃなかろうか。
思いついて、さっそくやってみようと想像する。そうだな、例えば目の前の木を傷つけるくらいの。太い幹を斜めに浅く切りつけるような……。
しっかりと頭の中で想像が固まる。そのまま少しすると、鈍い音と共に木の切りくずが宙を舞った。
「で、できた……!」
案外できるもんだな。魔力Sの影響なのか、主神がいう魔法の才能とやらの影響なのか。何なのか分からんけど、できるんだったらなんでもいいや。
とりあえず。できたのは良いものの、これでは戦闘では使い物になるか微妙なところだ。目の前の目標にしっかりと狙いを定めてから、どう攻撃するかを想像する。その過程がそこそこ長いから、その隙を突かれてボッコボコにされそうだ。
ウェイトラビットがそこまで強いのかは知らないが、警戒してても損はないだろう。
これを補うのが詠唱なわけだけど……。詠唱も自分で作り出せたりするのか? さすがに厳しそうだけど……。案ずるは以下略。
というわけで、詠唱を考えます。うん。そういうことするのちょっと痛いとか、そんなん気にしないから。俺は。うん。
……そうだなあ。風で切り裂く魔法……切り裂くからスライス、とか。
「安直すぎる」
自分で自分にツッコミを入れる羽目になってしまった。
俺のセンスが無さ過ぎるせいでこんなんになってしまったが、先のファイアもまあまあ安直だったことを思い出して、まあこれでもいいやと開き直る。
うし、詠唱も決まったことだし、これできちんと魔法が出るのか確認しないと。
さっき傷をつけた木にもう一度狙いを定めて、今度はただ詠唱だけしてみる。
「スライス」
ドシュッと音がして、木の幹に大きな切り傷ができる。
成功だ! まさか本当にうまくいくとは。もしかして魔法って自分で色々と作り出せたりする? それかなりやばそうだけど。
スライスの結果も中々いいんじゃないか。威力もありそうだし。……そういや、ファイアは威力を調整できたけど、スライスもできるんだろうか?
今度は縦に大きく切るように思い浮かべて速攻で詠唱する。
「スライス!」
と、想像した通り縦に大きく切り傷が付いた。
結構柔軟性あるっぽいな。パッと威力を思い浮かべつつ詠唱する。これが基本っぽい。
うし。戦えそうな魔法も使えるようになったし、とりあえずウェイトラビット探すか。
ウェイトラビット……。名前から想像できるのは、やはりうさぎだろうか。ウェイトとかついてる感じ力強そうだけど、ギルドマスターの話ではちっこい上に弱いらしい。スライスがあればなんとかなりそうな気はしている。
くるくると辺りを見渡しながら進む。と、草むらがガサガサと揺れた。
風とかそういう揺れ方じゃない。これはまさか……!
「キィッ!」
甲高い声で鳴きながら、"そいつ"は体をさらけ出す。
全長はそれほどでもなく、全身は白い毛で覆われていて、その中で赤い目が爛々と輝いていた。頭には黄土色の角が生えている。
こいつがウェイトラビットか!? マジでうさぎみたいなやつだな。ちっこくて、なんなら可愛いまである。
が、その抱いた印象とは裏腹に、ウェイトラビットは勢いよくとびかかってくる。
「キィ!」
「うおっ!?」
間一髪それを避けると、ウェイトラビットは勢い余った様子で木に激突する。
「あっぶねえ……」
こっわ。思ったより何倍も怖い。見た目は普通の兎で可愛いから、それとのギャップに妙な恐怖を感じる。
ウェイトラビットが立ち上がった。俺の方へと向き直り、狙いを定めるように体を前に倒す。
くる……!
「ギィィ!」
「っ!」
明らかに攻撃的なその声を聴いてから、勢いよく横に避ける。
ウェイトラビットはさっきと同じように俺の横を素通りし、またもや木へと激突した。
「っ、はあ、はあ……」
攻撃を避けるなんていう経験は無い。もともとインドア派の人間な上に、慣れていないことをして体力、スタミナがゴリゴリと削れていくのを感じる。
このまま避け続けて木にぶつけまくって、上手くやれないかって思ったけどこれは無理だな……。
さっさと決めないと、あの突進をもろに食らってしまう。そう察して、俺は魔法の用意をする。
ウェイトラビットはまだ動いていない。狙いをつけるのは簡単だ。頭の中で威力を調整する。
そして、詠唱をしようとして――ふと、気付く。
生き物を殺す。俺は、生き物を殺そうとしている。そういう事実に。
「ぐ……」
手が震える。いや、こいつは所詮魔物だとはわかっているのだが。でも……。
ウェイトラビットが立ち上がって、俺の方へと向き直る。
ダメだダメだ。ここでビビってちゃ、これからこの世界で生きていけないだろうが! やるしかないんだから覚悟を決めろ!
「スライスッ!」
放った一撃が、ウェイトラビットの胴体を大きく切り裂いた。
「ギィッ!?」
悲鳴が響く。が、妙なことに血は全く出ない。
ぐったりと倒れ込んだウェイトラビットは、突如として煙と消えて、その場にはあいつの頭にあった角だけがぽつんと残されていた。
……ま、まじか。これ。こういう世界観なの? 倒したモンスターは消えて、ドロップ品だけ残るタイプ。いや、死体がないのは助かった。殺した生き物の死体とか、ほんと見たくないし……。
思いながら、ウェイトラビットの角を手に取る。黄土色のそれは相当に堅く、かなり鋭かった。もしこれに当たりでもしてたらと考えるとぞっとしない。
けどこいつ、初心者向けのモンスターなんだよな? ということはだ、これから俺がこの世界で生きていくに当たって、こいつ以上の強さ……もとい殺傷力を持ったやつと戦わなきゃいけないのか? マジで?
……修羅かよこの世界。
俺みたいな純正日本人には中々キツイ世界なのでは? いやでも、主神がサポートしてくれてるわけだし、この世界での人生を謳歌できるって言われてるわけだし。案外何とかなるのだろうか。
ともかく。
こんなところで考え込んでも仕方ない。悩むのはこのクエストを終わらせて日銭を稼いで、宿を確保してからでいいだろう。ウェイトラビットの角を適当にポケットに突っ込んで、また辺りを見回しながら歩く。
そうして歩き回ること体感十数分。そこそこ時間がかかって二度目の接敵。
見た目にはさっきのやつとの違いは見受けられない。戦い方も全く同じで、ウェイトラビットが突っ込んできて俺がそれを避け、その隙にスライスをぶち込む。
だけどやっぱり、生き物を殺すこの感覚は中々堪えるものがある。けどこの世界で生きていく以上、これには慣れなきゃいけない。死体は残らないし、血も出ない。これを救いに気を強く持とう、うん。
そうしてなんとか三匹目を倒し、そいつの角をありがたく頂戴する。
な、なんとか。なんとか初クエスト達成だ……。
つ、疲れた。それもかなり。肉体的にはそうでもないが、精神的にやっぱつれえわ。しばらくこういうのには慣れそうにないな……。
早いとこギルドに戻って報酬貰って、さっさと宿取って寝よう。そうして、俺は来た道をもど――
――――ってまて、ここどこだよ。
え、まってまって。ちょっと待て。やばい、森の中の方まで入りすぎたかもしれん。
なんでこんな当たり前のこと考え付かなかったんだよ俺は! 森の中を闇雲に走り回ってりゃ遭難するに決まってるだろ!
うっわあやらかしたー……。どうしよこれ……。
ここは日本じゃなく異世界なのだ。「スマホで救助呼んで楽々下山できました卍」とかそうは問屋が卸さないというものだろう。
焦りに焦って、全身から滝のように汗を垂れ流していると。
「お、こんなところに人が」
突然の声。女性のものだろうか、高く澄んだ声に驚いて振り向くと、やはり女性ではあった。長い白髪はツインテールになっていてふわりと揺れているし、顔立ちはかなり整っている可愛い系美人である。
が、いかんせんその身に纏った白い鎧が異質というか。ガッチガチのやつじゃなくて軽装っぽくはあるものの、見た感じウェイトラビットの突進くらいは難なく受け止めてくれるくらいには重そうな鎧だ。
それに、彼女の腰には剣が差してあった。これもまた白色の鞘だ。見た目100パーで判断するなら、この人はRPGでは定番ともいえる冒険者。まさにそういう感じである。
「こんなとこでどうしたの?」
「ああ、えっと。道に迷ってしまいまして」
この世界でこういう恰好をした人と話すのは初めてだ。そこそこ緊張しながらも言葉を返す。
「ああ、初心者さんか。どうりで軽装なわけだ……」
俺の恰好を見て、割と心配そうに言う。
「その恰好でよく魔物と戦おうと思ったね……。今回が初クエストかな? 倒したのってウェイトラビット?」
「はい、そうですけど……?」
「初心者ならそこらへんだよね。にしても危ないよねこれは」
「そうなんですかね」
「うん。その感じじゃ上手く攻撃を避けれたんだろうけど、当たればまあ……大変なことになってただろうね」
そう話す彼女の口調と表情は、まるでそういうやつを山ほど見てきたと言わんばかりで。
「お金に余裕ができたら胸当てでも買いな。それだけでかなり違うはずだよ」
「あ、はい。分かりました」
「素直でよろしい」
今の感じで喋られると買わない以外の選択肢はないというか。この人、見た目の印象だけだけどなんか強そうだし、言うこと聞いてた方が身のためだろ。
そんなことを考えていると。
「んじゃま、ここで放っておくわけにもいかないし、街まで連れてってあげるよ」
うお!? マジで!?
こんな角度で助けを貰えるとは思ってもみなかった。速攻で食いついてしまう。
「いいんですか!?」
「いいのいいの。新人を助けるのは先輩として当然のことだしね」
「ありがとうございます……!」
このままじゃここで迷ったまま第2の生を終わらせることになっていたかもしれない。内心では思いっきり土下座している。
「それじゃ着いてきてね」
「あ、はい!」
そう言って先導して歩き出した彼女を追って、俺も森の中を進みだした。
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