2-10. 天麩羅屋の前で
その店は、立派な構えの外観をしていた。
寄木細工のように精密に組み立てられたような印象を受ける木製の壁に、灰色の日本瓦の屋根。建物は二階建てで、一階と二階の間にせり出した廂にも日本瓦が敷き詰められている。
廂の上には木製の柵が備え付けられており、そこには黒に縁取られた白抜きの大きな文字が、堂々と掲げられていた。
『天麩羅
「おや、最近評判の天麩羅屋じゃないか。お座敷もあるところだよね」
「あれ、類知ってた?」
「お客様で何人か、この店の名前言ってる人が居たなあってね」
なるほど、と頷きながら類が店を見上げる。その動きにつられて上を見上げて、律はやっと空の色を見た。
どんよりとした灰色の空だ。うっすらと雲の底の色が濃く、じっと見ていると心の底までざわざわするような感覚に陥る。
――きちんと、お役目を果たさねば。
律は思わずぐっと小さく、自分の手を握りしめる。
なんせ、「盗人」を見つけなければならないのだ。男なのか女なのか、何歳くらいなのか、何も分かっていない今の状況で。
「……そういえば、そもそもその『盗人』は今日来るんでしょうか」
律がそう疑問を口にすると、渉は口角を片方だけ上げてぐるりと目を回して見せた。
「ま、今日はとりあえずお試しだな」
「お試し、ですか」
「そ。ひとまず不審な動きをしてる客がいないか、物を持ち去る人間がいないかどうかを見張ってみるってわけ。店の従業員だって仕事があるんだから、そうそうずっと見張ってはいられないだろ?」
それはそうだけれど。しかしそれでは、下手をすれば現行犯を捕まえない限り、いつまで経っても依頼が終わらないではないか。そう律は思い、心の中で頭を抱えた。
ただでさえこうして律と類が『依頼』を受けるときは呉服屋での非番の日と決まっているのだ。非番の日は一週間に2日しかないのに、ずっと張っているのには無理がある。
「はいはい、そういうことね」
いったいどうするのだろうかと唸っていた律の隣で、類がため息をつく。
「そういうことって、どういうことですか。類さん」
「その前に、君は君で何をそんなに悩んでいるのかな」
質問に質問返しをされ、律は思わず言葉に詰まった。顔に出さないようにしていたつもりだったが、どうやら類にはお見通しだったらしい。
「長丁場になったらどうしようと思いまして」
「今日がなければ、また来ることになるね」
「いや、だからですね……」
何を悠長な、と律はがっくり肩を落とす。
「そうだな、また来ればいいん」
「あ、渉も肇も次からは来なくていいからね」
頷きながら発言しかけた渉の言葉を遮り、類がぴしゃりと言い放つ。
「まだ俺言い終わってないんだけど」
「最初っから君ら……というより君か。狙いが見え見えなんだよねえ」
顔に右手をあてがいながら、類がため息まじりにやれやれと首を振る。なんとなくわざとらしさを感じさせる仕草だ。
「狙いなんてないし」
「どうだか。ねえ、律くん」
突然訳の分からない話を振られた律は目を空中に泳がせるしかない。分からないけれど、これだけは言える。
「ええとあの、よく分からないのですが……早く行った方がよいのでは? お約束の時間があるんですよね?」
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