2-6. 興味のあることにしか動かない
「あの、さっきの話って終わってないですよね……?」
律は湯呑みを置き、恐る恐るそう切り出した。記憶に間違いがなければ、自分たちが協力要員だと言われたところで話がぱったり途絶えたままだった気がする。
「おや、よく覚えてらっしゃいますね」
おやも何も、そもそも依頼を持ちかけておきながら話を逸らしたのはこの男ではなかったか。律は何というべきか迷い、思わず宙を見上げた。
「類くんがあまり乗り気でないようなので、考える猶予をと思ったんですよ」
「心外だなあ、そんなに私は薄情者に見えるかい」
「基本的に君は興味があることにしか動きませんからね」
「うわ辛辣」
類が肩を竦めて茶を啜ると、常盤氏は笑顔で足を組んだ。
「事実でしょう」
常盤氏の言葉も分からなくはない、と律は思った。興味があることにしか動かないというか何というか、類はやる気にムラが多いのだ。気分屋と言ってもいい。
「まあそれはどうでもいいや。それよりさっきの依頼のことなんだけど」
それを「どうでもいい」であっさり片づけてしまうあたりに、やはり「興味があることにしか動かない」片鱗が見えている。律は先ほどの常盤氏の類への評に、何だか納得するものを感じた。
「困っている天麩羅屋さんを放ってはおけないね。ところでそこの天麩羅は美味しいのかい?」
ふむ、と顎に手を当てて考え込む類の姿に、常盤氏が大きく頷いた。どことなく、笑顔がさらにいつもの三割増しだ。
「伝統の職人技が受け継がれた、老舗の天麩羅です。絶品ですよ」
「よし行こうか、律くん」
「……類さん、天麩羅に釣られてますよね。完全に天麩羅目当てですよね」
絶品と聞いた途端即決した類に、律は思わずそう突っ込んだ。
「美味しいモノ、食べたくない?」
「いやそりゃあ、食べたいですけど」
「では決まりですね。いやー助かりました、人数は多い方がいいですし、律さんが来てくださらないと困るので」
「……? 何をするんですか?」
常盤氏の謎の言葉に、律は首を傾げる。そういえば確かに、盗人を探す手伝いとは一体何をするのだろうか。
「おや、言ってませんでしたっけ」
「まだ聞いてないね。肇、何か案でもあるの?」
「ええ。実はですね……」
そう切り出して、常盤氏は『ある案』を語り出した。
***
時刻は、九時を十分過ぎていた。
「……嫌な予感がします」
「嫌な予感がするね」
律と類はどこからともなく同時に呟いた。顔を見合わせ、よろず屋茶館の部屋にある大時計の文字盤を揃って見上げる。
常盤氏が来て、盗人の仕業に困っている天麩羅屋を助ける手伝いをしてほしいと持ちかけてきたのが昨日。今日はその翌日、常盤氏と合流してから彼の『案』を実行する日だった。
「あの肇様が遅刻とは珍しいですね」
彼は時間を守る男だ。時間設定のある約束をした時には常に最低でも十分前行動。遅刻したところを律は見たことがない。
「うん……」
類がぼんやりと生返事をする。何かを考え込んでいるような虚ろな瞳で時計の方向を見つめたまま、彼はむっつりと黙り込んだ。
静まり返った部屋の中で、律はそわそわと着物の裾を手持ち無沙汰に整える。
今日の律の服装は、男物の藍色の着物だ。海の底のように深く青い、藍でじっくりと染め出した一品に、黒い帯で締めてある。類の言葉を借りるならば「白い肌が映える」らしいけれど、律にはよく分からない。だが、この綺麗な深い青は気に入った。
「……やっぱり今日は君、その格好でよかったかも」
律が着物をパタパタと整えていると、その隣で類がぼそりと呟いた。かくいう類本人は、今日は落ち着いたあずき色の着物に黒色の帯。男性が着るには人を選ぶ色ながらも、いつものように良く似合っている。
律は時間が許す限り類のその姿を見ていたいという心の声を押し殺し、類の方へ顔を上げた。
「はい?」
「いや、何でもないよ。こっちの話」
そう言っただけで類は黙り込み、それ以上は何も説明せずに部屋の大時計の文字盤を見上げる。『見る』というよりも、『睨みつける』という形容の方が正しい目つきだった。
「類さん、今日は何か」
「ん? 私はいつもと同じだよ?」
「……まだ何も言ってませんが」
律の指摘に、類がぐ、と言葉を詰まらせる。この様子も珍しい。
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