2-4. 天邪鬼は誰
「律さんが謝ることは何もないですよ。全部類くんの自己満足でしょうし」
「うはい?」
常盤氏の発言に律は目を丸くした。自己満足とは何のことだ。
「それに着物を見てピンと来ましたよ。なるほど、どうやらそこは来客を勘違いしていたようで」
「肇、いくら君でもそれ以上は怒るよ」
律の隣からやや低くなった類の声が飛ぶ。
背筋にヒヤリとしたものを感じて律が類を見れば、彼は苦笑しながら来客用のソファーの対面に置かれた二つの椅子の片方に腰を下ろしていた。「座って」という口パクをこちらに向かってされた律は素直にその言葉に従う。今のこの空気で、何となく余計なことは言えない気がする。
「おお、怖いですね。類くんの恨みを買うのは嫌なので、これ以上はやめておきます」
「そうしてくれ。で、今日は君一人で来たのかい?」
類がむっつりと足を組み、その上で右膝で頬杖を突きながら常盤氏にそう尋ねる。
これで相手が仕事上の相手や目上の存在、付き合いの薄い知人ならこの姿勢は失礼にあたるものの。類と常盤氏達は同い年で幼い頃からの家同士を含めた付き合いがあり、幼馴染という間柄だ。頻繁に行き来があり、気安い姿勢を見せるのもいつものこと。律もそれを昔からよく見ているので、知っている。
常盤肇の言葉遣いが敬語なのもいつものことだ。この男は、誰に対しても常に敬語を崩さないのである。
「先ほど律さんからも同じことを聞かれました。ええ、僕一人です。そっちの方が安心でしょう?」
「安心、ねえ。いや私はどちらでもいいけど」
椅子の背もたれに背を預けながら、天井を見上げて類が言う。テーブルの向こう側の来客用ソファーの上で、常盤氏は顎に片手を当て、思案げに微笑んだ。
「おや、
「どこが?」
二人の訳の分からないやりとりを横目に、律は黙って自分で淹れたばかりの茶を啜る。今日も茶は無事に美味しい。宇治の煎茶は香りが豊かで濃厚なうまみとほどよい渋みが特徴だ。口に含むと、あごの奥がキュッとなるうまみと、きりりとした渋みが口中に広がり、茶の香りをふくよかに残した。
「慌てて入って来た時の君の顔を思い出すと、『どちらでもいい』とは言えないと思いますがね」
「肇」
「はいはい、今度こそやめておきましょう。後が怖い」
再び低くなり始めた類の声色を察してか、常盤氏は肩をすくめてにこりと笑った。やれやれと片手で頭をかいてから、類は組んでいた足を解いて姿勢を正す。
「それはともかく、本題に入ろう。手紙で言ってたろう、頼みたいことがあるって」
「ああ、手紙ですね、そうでした。実はお二人にお願いしたいことがあるのですよ。詳細は実際に顔を合わせながらということで、ここにお邪魔しているわけです」
後半は律への説明らしい。常盤氏に整った笑顔を向けられ、『聞いております』との意味を込めて律はこくこくと頷いた。
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