1-13. オルゴールの謎
「やはり、スイス製ですか?」
類の口から飛び出た言葉に、律は目を見張る。教授は驚いた様子もなく頷いた。
「似たようなオルゴールを見たことがあってな。スイスの有名な職人の品だ、箱の底の右下にサインが彫ってある」
「陣内教授がそう仰るなら、間違いないですね」
満足そうに頷く類の横で、律は悶々としながらお茶を一口飲んだ。
「何か聞きたそうな顔してるね、律くん。いいよ、言ってごらん」
頭の中を見透かされたように類から話を振られ、律は思わず咳き込みかける。律は姿勢を正し、促されるまま質問をした。
「あの、どうして類さんは先程『やはりスイス製か』と聞いたんですか」
あの言葉が意味するところはつまり、教授に聞く前から、類にはオルゴールがどの国で作られたものなのか見当が付いていたということだ。
「根拠があった訳じゃない、推測だよ。この国に入ってくるオルゴールは、今のところスイス製のものしかないと聞いていたものだから。ですよね、教授?」
「その通り。スイスは時計作りで精密な技術力があったから、それがオルゴールにも応用されたのだよ。覚えていてくれて嬉しいね」
「もちろん、教授から習ったことは覚えていますとも」
にこやかに会話を交わす二人の隣で、律はしばし考え込んだ。
オルゴールはスイス製。だが、千代嬢の婚約者の留学先はイギリスだと聞いた。ということは、婚約者は留学先のイギリスでスイス製のオルゴールをたまたま見つけたということだろうか。
「ところで教授、念のため伺いたいのですが。このオルゴールは、壊れているといえますか?」
類が言いながらゼンマイをそっと静かに巻く。「ここでゼンマイは止まります」と申し出て、彼はそのままゼンマイから手を離した。
箱から『蛍』の音楽が流れ出る。今回もやはり、二番――つまり二曲分しか鳴らなかった。
「うむ、全く壊れていないな。『蛍』か……音も素晴らしいものだ」
オルゴールがその曲を鳴り響かせ終わるなり、教授はしみじみと感慨深げに呟く。類と律は顔を見合わせた。
「あの……音を聞いただけで分かるんですか」
「分かるとも」
律が発した恐る恐るの質問に、陣内教授は即答した。
「ゼンマイは回る、曲を運ぶ早さも音も問題ない。これでどこが壊れているのかね?」
「ご依頼人は、『贈り主からは三番まであると伝えられたのに、二番までしか鳴らない』とご心配されているのです」
心底不思議そうな表情をする教授に、類が事情を説明した。
「なるほど……そういうことであれば、壊れているのではない。ゼンマイをどのくらい巻き上げられるようになっているのかの問題だ。ゼンマイを長く巻くほど、曲は続くのだから」
と、いうことは。教授の言葉に、律はしばし黙考する。オルゴールのゼンマイは回し切っていたはずだから、そもそも二曲分しか鳴らないようになっていたのだと言えるのではないか。
「ゼンマイが壊れているというのはあり得ませんか」
「きっちり二曲分で綺麗に終わるところを見ると、よほど偶然の一致がない限りそれはないな」
類の質問にも打てば響くといった様子で答えた教授は、静かにお茶を口にした。類はと言えば、顎に手を当てぼんやりと何かを考え込んでいる。
「ああ、これで解けました。ありがとうございます」
「えっ、あの、今ので何が解けたんですか……?」
類の言葉に律が思わずぽかんとしながら言うと、陣内教授が肩を震わせて笑った。
「相変わらずだな、東雲くんは。秘蔵っ子の前でもそうなのか」
「何の話でしょう?」
笑いを残した声で呟く教授に、笑顔のまましれっと聞き返す類。
「律くん、と言ったね」
「は、はい!」
教授から突然名指しで呼ばれ、律はいっそうしゃんと姿勢を正した。
「この青年はね、昔からこうなのだよ。飄々としているかと思えば人一倍優れた観察眼で勝手に一人で疑問を解くのだ。周りを置き去りにして」
「教授、買いかぶりすぎですよ。しかも『置き去りにして』なんて、ひどいなあ。置いて行っているつもりはありません」
「よく言うねえ、飲みに誘われてもすげなく断り、意気消沈する学友やお嬢様方を置いていった人間が」
「それとこれとは話が別だと思いますが」
目の前の二人の間でぽんぽんと応酬される会話に気圧され、律は黙ったまま茶を啜る。教授も随分突っ込んだ言いようをしているが、その表情は優しく目は笑っているし、類もいつもの笑顔だ。信頼しているが故の軽口だとすぐに分かった。
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